コマの回転は慣性運動か

 
 

(2015年7月8日)


 いつものように熊さんが中学生の太郎君を連れて、大家の縁先にやってきました。

(大家) 熊さん、今日は何だい。

(熊) 先日の続きだよ。慣性というのは物体の持つ普遍的な性質だったよね。

(大家) 学問的により正確に言えば物体と言うより質量(mass)の性質だね。慣性と言うのは運動状態を保とうとする性質というべきかな。太郎君は慣性の法則を覚えているよね。

(太郎) 慣性の法則と言うのはニュートンの運動の第一法則です。「何も力が働かないとき、静止している物体は静止を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける」というものです。そこで、何も力が働いていないときの物体の運動を慣性運動と言います。

(大家) その通りだ。そして、慣性運動に自由落下を加えるべきことに気が付いたのがアインシュタインだった。実際、宇宙では全ての星から遠く離れた空間でない限り、重力の影響はどこにも及ぶから慣性運動とは自由落下運動そのものであるということを説明したよ。

(太郎) 学校では重力を力だと習っています。自由落下をしている物体は重力と慣性力が釣り合っているということです。

(熊) 大家は学校で教えることと違うことを言っているのだから、太郎は困るよね。力が働かない時の運動を慣性運動と言うのだから、大家の言うとおり自由落下が慣性運動だということは重力が力でないことになるね。それでいいのかい。

(大家) そうなんだ。重力(gravity)が力でないから、重力に従った運動、つまり自由落下は慣性運動なんだよ。

(熊) まあ、いいとするか。今日のテーマは違うぞ。ニュートンの慣性の法則によると力が働いていない時の物体の運動は等速直線運動をするだったよね。すると、なんだい。一度回したコマは抵抗がなければ何時までも回り続けるがこれは直線運動ではないぞ。

(太郎) 昔の気象衛星「ひまわり1号」はスピン衛星でした。宇宙空間では抵抗がないので何時までもスピンを続けていられました。この回転運動は慣性運動と言って良いのでしょうか。

(熊) 「超絶凄ワザ」というNHKの番組でコマの回転を競うものがあった。この番組で勝った女性チームのコマは32分も回り続けた。負けた男性チームのコマでも20分程度回っていた。このコマが回転を持続するのは慣性運動と言って良いのかい。それとも、ニュートンの運動の法則には抜けがあるのかい。

(大家) うーん。困ったね。スピン衛星やコマが回転を続けるのは質量の特性である慣性、つまり同じ運動を続けようとする性質、であることは確かだが、確かに直線運動ではないね。

(熊) ニュートンは慣性の法則に、等速直線運動だけでなく、等速回転運動も加えるべきではなかったのかな。力を加えない限り、回転しているものは何時までも回転を続けると。

(大家) 力に長さを乗じた量を回転モーメント、またはトルクという。物体の中心軸からその物体の質量がどのように分布しているかを示す量として慣性モーメントが定義できる。トルクと慣性モーメントの組み合わせは、ちょうど力と質量の組み合わせに対応する。従って、ニュートン力学ではニュートンの慣性の法則に回転運動を加えなくて済むという考えなのだろう。

(熊) ニュートンは剛体の運動まで考えが及ばなかったのかも知れないね。少し科学史を勉強してみるか。

(大家) 剛体の回転運動が解明され出したのはニュートン以後だろうね。地球の自転を実証したのはフーコーで19世紀の人だし。回転体の運動には歳差運動(precession)や章動(nutation)もあるよ。

(熊) 何だい、歳差運動とか章動というのは。

(大家) 日本大百科全書の解説には次のように書いてある。
歳差運動(さいさうんどう)
剛体が回転運動をしているとき、外力のモーメントが付け加えられると、その回転軸が周期運動をする現象をいう。たとえば、こまが、重力によって倒れようとするとき重力のモーメントが加わると、こまの回転軸は「みそすり運動」をするが、これは歳差運動の一種である。

地球の歳差運動は非常に遅い動きで1回転するのに26000年もかかる。1万年後では北極星の位置が今と違って見えるということだ。章動というのは歳差運動で動く間にさらに小さく揺れている運動だ。この周期は約19年なので章の動きと名付けられた。

(熊) コマの回転でだんだん頭を振り出す運動のことかい。

(大家) うん、それが歳差運動だな。コマは静かに回っているときはコマの重さを軸に触る床からの反力で支えているが、コマが少し傾くとこの重さと床の反力がコマを倒そうとするトルクとなって回転しているコマに働く。すると回転軸と直角方向にトルクが作用すると回転軸とトルクの方向との両方に直角方向にコマは動く。コマが動くとトルクの方向が変わるのでまた動く方向が変わる。このようにして、コマは常に倒そうとするトルクがかかっていてもなかなか倒れない。これが歳差運動だね。

(熊) コマを回す曲芸師のコマが重力に反しているかのように見えるのも歳差運動というわけか。重力は反力と一緒になって常にコマにトルクを与えているのであって重力が消えたわけではないのね。回転運動というのは複雑だね。章動というのはどうして。



(大家) 回転運動は必ずしも安定でないのだね。だから慣性の法則を拡張した形で、いつまでも定速回転運動を続けると言えない状況もある。宇宙飛行士が宇宙ステーションの中で実演してくれたのだが、ニッパのような工具を開いた状態で回転させて宙に浮かせると、浮いて回転したニッパが突然回転の方向を変えるような動きをするのだ。つまり、同じ軸の周りの回転を続けないのだよ。

(熊) 映画で小惑星がごろんごろんと回転しながら飛んでいるのがあったが、あれも理論的に正しい絵だったのね。

(大家) 物体には直行する3軸の慣性主軸があって、慣性モーメントが一番大きい軸と一番小さい軸の周りの回転は安定しているが、中間の軸の回転は不安定なのだ。慣性モーメントが一番大きい軸の周りの回転は地球ゴマのように大きな円盤が水平に回るような回転で、慣性モーメントが一番小さい軸の周りの回転は、やり投競技のやりのようなもの。槍を手から離すときに回転を与えている。

(熊) やり投げのやりが回転しているのは確かかな。

(大家) 回転を与えていないと途中で方向が曲げられて距離は出ないよ。弓道の矢は矢の後ろに羽根が3枚ついているから空気力による方向安定が効いて的に向かって真っすぐに飛ぶ。もし羽を取ってしまうと、的に向かう途中で曲がってしまうから絶対に的に当たらない。矢が横を向いてしまうと空気抵抗で勢いも無くなるしね。

(熊) コマの回転運動は慣性運動というのか言わないのかはどうでも良くなった。

(大家) しかし、誰かが明確にしておいてくれた方がすっきりして良い事は確かだ。その前に、自由落下が慣性運動だと納得することが先だよ。熊さんは本当に判ってくれたのかな。

(了)


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