自由落下は無重力状態か  

(2011年11月19日)


 自由落下とは英語でFree Fallという。物が下に落ちるということで、自由は拘束されないという意味でつまり力を受けないということを表している。手につまんだボールを静かに話したときに落ちていくボールが自由落下である。正確には空気抵抗を受けるので厳密に自由落下ではないが、ここでは空気抵抗を無視して問題を簡単にする。

 ではボールを真っ直ぐ上に投げ上げた場合はどうであろうか。ボールが手に触れている間は、手から何らかの作用をボールが受けているから自由落下ではないが、手から離れた瞬間からボールは自由落下に入る。ボールは上に向かって動いているときも落下というのはおかしいように感じられるかもしれないが、物理現象としての自由落下は重力以外の作用がないときの物体の運動を言うのである。

 野球の投手のようにボールをキャッチャーのミットにめがけて水平方向に投げても、投手の手を離れた直後から自由落下に入る。プロ野球の投手が力一杯に投げたボールであればキャッチャーのミットに届くまでにボールは少ししか落ちない。始球式に担ぎ出された女優のボールは山なりに投げられて、しかもミットまで届かないこともある。投げられたボールの速さに関わらず、手から離れたボールは自由落下の状態にある。

 アインシュタインはエレベータの思考実験で自由落下を考えた。綱の切れたエレベータの中で人はどのようになるかを考察したのである。そして彼は1907年に生涯最高の思いつきをしたと言っている。その思いつきとは「自由落下の状態にあるエレベータでは重力が消えている」というものである。

 現代の人ならTVで宇宙飛行士が宇宙ステーション内で活動している様子を見て、容易に無重力状態を認識することは出来るだろう。そして無重力状態にあるのは重力と慣性力が釣り合っているからという説明に満足し、アインシュタインの思いつきが少し大げさな表現のように思えるであろう。宇宙ステーションは大よそ高度400Kmを水平に方向に8Km/秒ほどの速度で運動しているが、空気抵抗もない自由落下の状態にある。

 「重力が消えている」ということは「重力と慣性力が釣り合っている」という意味ではないのだ。力というのは必ず釣り合い状態にある。ボールを投げる時の手の力はボールが手を離れる瞬間までボールの慣性力と釣り合っている。宇宙空間でロケットのエンジンが発生する推力はロケット全体の質量が発生する慣性力と釣り合っている。

 これまでのニュートン力学では、自由落下状態にあるエレベータの中にいる人や物体は重力と慣性力が釣り合っているから無重力状態にあると説明する。そして、力の釣り合い状態にあるにも関わらず、物体が変形しないのは分子レベルで釣り合っているからという解釈になる。

 ニュートン力学の解釈で良いのではないかという人も多い。しかし、科学というのは実証できなければ思想に留まる。自由落下するエレベータが力の釣り合いにあるということは実証できないことである。否、如何なる加速度計を据え付けても力が働いていないことを意味するゼロを表示する。加速度計はまず力を検知することによる機器だからである。

 エレベータが落下していることを認識できるのは外からの観察によるか、エレベータに窓を開けて外を見て動きを観察するしかない。外からの観察にしても、外を見ての観察にしても、判ることは重力加速度で運動をしていることだけであって、力が働いていることの観察は出来ないのである。

 ここで加速度があれば力が働いていることはニュートンの運動の第2法則から明らかなことではないかという反論はあり得る。この反論はチコ・ブラーエの惑星運動の観察データからケプラーの法則がつくられ、そしてケプラーの法則を元にして、ニュートンが万有引力の式を作った歴史に遡る。

 ニュートンはケプラーの法則から逆2乗則の万有引力の式を作るときに、F=maの運動の第2法則を使っているのである。加速度があるから力がある筈と早合点している。

 自由落下という自然現象は重力によるものであるが、自由落下するエレベータに固定した座標系でエレベータ内の物体をみると当然ながら加速度もゼロであるから力もゼロなのである。質量や実際の力は座標系の取り方によって消えたり現れたりしない。座標系の取り方によって現れるコリオリの力は見かけの力であるのと同じ意味で、重力による力、つまりニュートンの万有引力は加速度に質量を乗じただけの見かけの力である。

 以上の考察から、自由落下にある物体は無重力状態というよりも無重力そのものであるということになる。


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