「想人」第二十一話 星の海を越えて


(1)
「機関長、あれでいいんですか」
 橘俊介は機関室への通信し終わった徳川太助の耳元でささやいた。
 太助は眉をひそめた。
「しかたないだろう。頭では納得できても、心が納得できないこともある」
 俊介は、さっき次郎が出て行った後部のドアを見、そして、ぼそりとつぶやいた。
「心が納得できないことがある……」



「艦長、島です」
 次郎は中からの返事を待った。ただひたすら、進の声を待った。
「入れ」
 次郎はその声に頭を下げた。
 艦長室に入ると、進はイスの横に立っていた。腕を組んで、窓の外を見ている。
 次郎は、進の背中をただ、見ているだけだった。
「島、私に何かを言いに来たのだろう」
 次郎は両手をギュッと握った。
「艦長」
「なんだ」
 進は答えるが、振り返ることも振り向くこともせず、ずっと背を向けたままだった。
 次郎はつばを飲み込み、唇をかんだ。
 次郎は顔を上げた。
「艦長、私も艦長と共に残ります」
 進はゆっくりと振り返った。
「それは許可できない」
 言葉とは裏腹に、進は笑顔で答えた。
 次郎は「そんな」と小声でぽつりと言うと、もう一度進に向かって叫んだ。
「艦長」
 進はいつもの通りにこやかにうなずく。
 次郎は体から振り絞るように、言葉を吐いた。
「も、もし、島大介が、この場で私と同じことを言ったとしたら、艦長は許可するのですか」
 

(2)
「許可しない」
 次郎の言葉が終わらないうちに、進は答えた。
 進はまた窓の方を向く。
「島大介は、今のお前より若くで亡くなった。お前と同じ歳の島大介がどんな航海士になっただろうかは、私には想像できない。でも、お前以上の航海士であっても、私は許可しないだろう」
 進は次郎に近づき、次郎の肩に手を置いた。
「今回は、乗組員のほとんどを退艦させねばならない。退艦もスムーズに行かねば、作戦時間を無駄に食う。無駄に時間を使うことになれば、リスクを負う」
「艦長……」
 次郎はその先を言葉にできなかった。
「スムーズな退艦は難しい。誰かが異論を唱えて、残ると言い出せば、他の者の心が揺れる。それは、おのずと行動に出る」
 進のよどみのない言葉とまなざしを受け、次郎はうなずくしかなかった。
 進の手がぽんと次郎の肩を叩く。次郎は進が微笑んだように見えた。ただ、次郎は涙が零れ落ちないようにするので精一杯だった。
「さ、行きなさい。お前にはやることがあるはずだ」
「はい」
 次郎は声に出せたのかわからなかったが、そう答えた。


(3)
「現在、複数の箇所で戦闘中である。この艦は、ヤマトの任務完遂を見届けるために、太陽系内に入って、ヤマトの航路を追う予定である」
 エリシュカの父であるベルトフォーオル・ブレイズの言葉に、ユウはうなずいた。
「トナティカ周辺はガルマンガミラス軍が包囲網を敷いている。ボラーの艦隊は近づけない状態であり、トナティカ内では、我々の仲間であるトナティカの人々が、ボラーの基地等を押さえている。これで、次の段階へ踏み出せる。地球が現在の危機を脱して、我々の意思に賛同してくれれば、ガルマンガミラスやボラー連邦とも優劣なく対等に交渉できる。君には、我々と地球の架け橋になってもらいたいと思っている」
「はい。ですが」
 ユウはベルトフォーオルに請うように言葉を続けた。
「私はできる限り、ヤマトの、父のサポートができたらと思っています。それは私の気持ちからですが、この艦もヤマトのサポートができれば、その後の話し合いも優位に進めるのではないでしょうか」
 それを聞いていたオウルフは、「ほお」と小さく声を立てた。
 ベルトフォーオルは、オウルフの声に構わず、大きくうなずいた。
「できる限りのことはしよう。我々の意思に賛同してくれるのであれば、それほど心強いことはない」
 


「艦長、これで貧血は解消するでしょう」
 佐渡酒造は使った注射器をケースに収めると、進がベッドに横たわるのを眺めていた。
「完全にすっきりとはならんかもしれませんが、とにかく休養が一番です。時間ある限り、休んでください」
 進は袖を整え終わると、シーツを体にかけた。
「ありがとうございます……ところで、佐渡先生」
 進は片づけが済んだ酒造に声をかけた。
「人に魂があって、死んだ後、体を離れた魂が好きなところにいけるとしたら……沖田艦長の魂は、どこへいってしまわれたのでしょうか」
 酒造は目を見開いた。
「すみません。ここで寝ていても、沖田艦長の夢を見ることはなくて。やはり、沖田艦長は地球でしょうか」
 進は微笑んでいた。
 酒造は不思議な縁(えにし)を感じ、目の奥の熱くこみ上げてくるものをぐっと我慢した。
「古代艦長、わしはこう思っとる。もし沖田艦長の魂がこの世にいらっしゃるのなら、それはあんたのとこだろう」
「私の所……」
「古代艦長、あんたは沖田艦長の希望だった。多くの部下を亡くし、家族を亡くされた沖田艦長にとって、あんたとの出会えたことはどんなにか意味のあることだったか。自分が果たせないことをあんたならできると思われていた」
 進は目を閉じ、小さく息を吸った。そんな進の様子を見ながら、佐渡酒造は言葉を続けた。
「もし、魂が好きなところに行けるのなら、沖田艦長の魂は、あんたの側にいつも寄り添って見守っているんじゃないか……そうじゃないですか、艦長」
 酒造は最後の言葉は進から視線をはずし、窓の外を見ながら言った。
「古代艦長、あんたは、まだまだやらなきゃならないことがたくさんある。沖田艦長は側でそれを見届けてくれていると、わしは思うよ。そうじゃろ」
 酒造はメガネの下の涙をこすった。


(4)
 クジュメディカの操舵室は、艦の上部構造物の最下部にある。ディスプレイが多く並んだその部屋の中、ユウはディスプレイに浮かぶ見慣れた星間図を見つめていた。
「ここまで帰ってきたのか……」
 ユウが見ていたディスプレイの画面が、予定進路図に変わる。ユウが近くにいるオウルフを見ると、オウルフはディスプレイを見るように指差した。
「我々はここを避ける」
 ベルトフォーオルは、画面に矢印を表示させた。そこは、ボラーと地球の艦隊がぶつかり合う予定のポイントであった。
「地球の艦隊はとにかくボラーの艦がヤマトに近づかないように、何十もの守りでボラーの進入を阻止する、だろう?」
 オウルフはユウに諭すように静かに話す。
「ヤマトはガルマン・ガミラスから受け取った、ブラックホールを中和させる反ブラックホール砲を撃つはずだ。我々は地球からこのコースの進入許可は取っている。ただ、他のことについては地球側も無言だ。ボラーに通信を傍受されるのを恐れているためだと思われる」
 ベルトフォーオルは別の矢印を表示させ、さらに五つのポイントが三角を組み合わせたマークとして、浮かび上がらせた。
「ガルマン・ガミラスの予想だとこの五つのポイントにヤマトは向かっているだろうとのことだ。もちろん、地球側はヤマトから詳細な位置データが送られてきていて、ヤマトを死守するために艦隊を展開するだろう」
 ベルトフォーオルは、五つのポイントのうち、二つをさらに金色に光らせた。
「我々の予想はこの二箇所。君はどちらだと思う?」
 ユウはベルトフォーオルの言葉を聞きながら、もう一度ディスプレイの金色に輝きながらくるくると回転している二つのマークを見つめていた。
「ここからは二分の一。さあ、どっちだ」
 オウルフがニヤニヤしながら、ユウを見る。
(そんな……)
 ユウは口を真横一文字のまま、二つの光点を見つめた。
 ユウは、目を閉じて考えた。

「どっちも同じだよ」
 進はにこやかな顔で微笑む。
「自分の勘を信じろ」

 子どもの頃、何度も選ぶことをさせられたのを、ユウは思い出した。
「み、右の方だと」
 目を開けると、ユウは口を開いた。
 オウルフはにこりと笑った。
「それでいい。この二つの違いはない」



(5)
 地球艦隊は細分化して、ワープアウトして太陽系に近づくボラーの艦隊に対応していた。
「どれだけの艦隊がいるのか」
 鮎川樹(いつき)のYAMASEはアンザック、スチュアートと共に戦艦ニューヨークとクイン・メリーと組んで移動していた。
 幾つかに分かれた艦隊が担当地域を重点的に守り、ボラー軍のワープを予知、または感知した場合は、近くの艦隊も集まりながら、戦い続けた。
「まったく、休む間がないですね」
 副長が嘆くのを聞きながら、鮎川は髯が目立ってきたあごを叩いた。
(眠い)
 疲れがたまってきていたことに気づくと、副長に手がすいた者から食事を先にとるように伝える。
(ヤマトは)
 鮎川は、普段は優しげな面立ちをしている進を思い出していた。
 艦を動かすこと、仲間を失わないことに心を砕いていて進のやり方に最初は不平をもらす者も多かった。所属地域の違う艦を組み合わせ、全体的なバランスをとること、能力の底上げをすることをめざしていた進のやり方は、次第に賛同を得るようになる。機動力と、何よりもそれぞれの艦のパフォーマンスを引き出せるような組み合わせをこの数年試行錯誤を繰り返しながら、自分たちで考え、艦隊を作ってきた。鮎川はそれこそが進の一番の狙いだったのだと最近は気づくようになった。
(さて、あなたは、あれからどんな風にヤマトをヤマトのクルーを育ててきたのか)
 鮎川は、一人、にやりと笑った。
「艦長」
 その言葉で鮎川は現実に戻った。
「隣の宙域にボラーの艦跡10、ワープアウトだそうです」
「座標データ来ました」
 矢継ぎ早に新たな情報が入る。鮎川はマイクに向かって指示を出す。
「ニューヨークへ移動準備の確認をしろ」
 艦内に緊張感が走る。
 「艦長、食事取れなかった者にはメシ届けてます」
 あわてて戻ってきた副長の言葉に、鮎川は頷いた。


(6)
 ユウは窓の外の星を見ていた。
(もうすぐ、太陽系……)
 艦内は、近づきつつある戦闘のために、皆、それぞれの持ち場で最終チェックや調整している。その中でユウは自分のいるべき場所を見失っていた。
 そんなユウをユキは静かに見つめていた。
 ユウは振り返り、ユキを見た。
「この瞬間、」
 ユウは言葉を口にした。
「この瞬間、ヤマトは戦っているかもしれない」
 ユウは何もできない自分を腹立たしく思えた。
「そうね」
 ユキは答える。
 ユキは部屋の小さな窓から、真っ暗な宇宙を眺めていた。
「昔、あなたのお父さんから、一度だけお願いされたことがあった」
 太陽系が近いと言われてから、ユキは窓から外をよく眺めるようになっていた。
「多くの戦いをくぐりぬけたあなたのあなたのお父さんは、ヤマトを失ってから、苦しい日々をすごしていた。戦いから遠のき、あなたが生まれて、平和な日々だったのに」
 ユキは目を閉じた。
「あなたのお父さんは、私に言ったの。『歩と暮らしたい』と。軍とも距離を置いて、私とも距離を置いて、でも、歩と暮らしたいって。あなたとの日々は、彼の心を支えていた。誰にも、彼を救えなかったけれど、あなたとの日々が、彼の折れかかった心を支えていた」
 母の頬に涙が流れていくのを、ユウはただ見ていた。
「彼を助けて」
 ユウは母の側へ行き、体を抱きしめた。
(何ができる? )
 ティティー、ティティー
 通信機の音がし、二人は顔を見合わせた。
「エリシュカ、わかった。格納庫へ向かうよ」
 通信機に言葉に答えるユウを見ながら、ユキは涙をぬぐった。
「行くよ、おかあさん」
(何ができるか、わからないけれど)
と言葉を続けたかったが、ユウはそれ以上言葉にしなかった。



(7)
(やばいな)
 鮎川樹は、稼動できる砲塔をちらりと確認した。
 応援部隊は来る様子がない。
(それにだんだん囲まれてきている)
「艦長、クイン・メリーが」
 戦艦クイン・メリーが完全に分断されて、孤立しかかっている。
「2時方向に、火力集中しろ」
 鮎川は叫んだ。
(くそっ、これじゃ助けるどころか)
「艦長、3時の方向、ワープアウトする艦があります」
(もう、これ以上は防げない……)
「艦長、ヤマトです。ワープアウトした艦は、ヤマトです」
(古代さん、何やっているんですか、ホントにあなたは)
 鮎川樹は艦の配置図をもう一度確認すると、通信士に向かって怒鳴った。
「スチュアートとアンザックに、2時方向に集中しろと伝えろ」
 そして、ヤマトの艦影をにらんだ。
「我々はヤマトの前に移動するぞ。ヤマトに一発もあたらせるな」


(8)へつづく

なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね
SORAMIMI 
 感想、御意見のある方、メールはこちら


押し入れTOP