「想人」第二十話 明日への希望


(1)
 

 ユウは夜の浜辺にいた。波はすぐ目の前に来ては、また海へと戻っていく。
(お父さん……)
 ユウは時折不安になると、握っている手に力を入れる。すると、必ず、隣に立っている父は微笑んでくれた。
(お父さん)
 その日の父は顔をもたげたまま、星が瞬いている天空を見上げている。
(お父さん……)
 ユウは声に出さず、波の行方をただ見ていた。
(お父さん、どうして泣いているの)
 

「お父さん」
 ベッドの上のユウは呟いた。
「おとう……」
 ユウは上半身を起こした。息苦しさとめまいで、ユウは体が倒れないようにするだけで必死だった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
 ユウは息を整えながら、記憶をたどっていった。
 エリシュカの父、ベルトフォーオル・ブライズとオウルフがいる部屋。
 「残念だが、君を行かせることはできない」というオウルフの言葉。
 目の前は真っ暗なのに、エリシュカが「ユウ」と何度も叫んでいる声。その声はどんどん消えていく……
 ユウの記憶はそこで止まっていた。
「歩(あゆみ)……」
 ユウは声のする方を見た。
「歩、目、覚めた?」
 ベッドの傍らに母・ユキが座っていた。
「お母さん」
 ユキは小さく頷いた。
 ユウはユキへ向かって手を伸ばす。ユキはユウの手をつかんだ。
 部屋は先ほどより薄暗い。ベッドサイドに明かりが一つ点いているだけだった。
「私たちは軟禁状態。この作戦が終わるまで、この部屋から出る事はできないそうよ」
 ユキはそうユウに告げると、目を伏せた。
(お母さん……)
「マァは」
 ユウの問いにユキは何も答えなかった。ユウもそれ以上、言葉を続けることができず、うつむくユキを見ていた。
 「大丈夫よ、大丈夫」とユキは自分に言い聞かせるように小さくつぶやいた。そんな母の姿を見ていたユウの視線に気づいたのか、ユキは顔をもたげ、笑顔を作って見せた。
「マァは……なるべく巻き込まれないようにしていた。オウルフも皆が暴走しないように気を配っていたわ。でも、皆の考えが必ずしも一致はしていない。この先戦いが始まれば、感情の感応能力に優れたトナティカの人々がどうなるか……」
 ユウはユキの手を両手で握った。
「お母さん」
「ん?」
「巻き込んじゃって、ごめん」
 ユキは小さく左右に首を振った。
「ううん」
「ねえ、お母さん」
 ユウはユキの手を握り直した。
「お父さんだったら、どうするかな」
 ユウがそう言うと、ユキの長いまつ毛が何度もゆれた。
 もう一方の手でユウの手を覆うと、ユキは優しく微笑んだ。
「そうね。たぶん、なるべく戦いをしない方法を選ぶでしょうね。もともと戦うことは好きじゃない人だから」
「そうだよね」
(そうだよね。本当は宇宙を旅することが好きなのに……お父さんにとって宇宙(そら)にはたくさんの思い出がありすぎたんだよね、だから……)



(2)
「お母さん」
 ユウは背を正した。
 ユキはユウに笑みを返すと、大きく息を吸って、ユウの頭を抱き寄せた。
「行くのね」
 ユキの言葉にユウは頷いた。
「でもね、お母さん」
 ユウはユキの体の温かさを感じながら、言葉を続けた。
「必ず地球に帰る」
 ユキの手がユウの頭をなでる。
「サーシャが待っているから?」
 ユウは首を振った。
「お父さんも待っている……」
「そうね」
 抱き寄せられているユウからはユキの顔が見えなかったが、ユキの体は小さく揺れていた。
(ごめん、お母さん)
 ユウはただユキの肩に顔を埋め、ユキに抱きしめられていた。
「あ……」
 ユウの声にユキの手が止まった。
 顔を上げたユキにユウがドア方向を指差した。ドアの側が点滅している……それは誰かの来訪を告げていた。
 ユウとユキは頷きあった。二人の思惑は一致していた。
 


 澪は第一艦橋のユウの席に座っていた。頭上のスクリーンには修理の工程表が映し出されている。
 修理を優先するために、ヤマトは補給できる近くの恒星系に寄っていた。「太陽系付近にボラーの艦隊が集結してくるだろう」という進の判断からだった。艦隊の目標はヤマトであろうことは、誰しも推測できることで、ヤマトは艦の補修とミサイルなどの増産をするために、太陽系よりも若い、小さなこの恒星系に紛れ込んでいた。
 艦長席が降りてくる音に、澪は反応して振り向いた。
(艦長……)
 澪と目が合うと、進は小さく頷いた。
「寂しくないか」
 進の言葉に澪は首を振った。
「いいえ……でも少しだけ不安です」
 進は顔を伏せた澪の様子をうかがっていた。
「歩のことか?」
「いえ、彼はきっと元気です」
 進が首を少し傾げる。
「怖くないですか、艦長」
「怖くないと言えば嘘になる。ボラーは我々を確実に狙ってくる……だからといって、立ち止まっていることはできない。ヤマトは前に進むだけだ」
「前に……」
「そう、前に」
 言葉を繰り返した澪の言葉を、進も静かな声で繰り返した。
「どうして、艦長はいつも前に進むことができるのですか」
 進は目を伏せて、小さく微笑んだ。
「待っている人がいるから」
「待っている人……」
「地球の人たち、そして、ユキや歩……彼らと再び会うために」
 澪は進の言葉に頷いた。ほんの少しだが、進の言葉に小さな光を見たような気がした。



(3)
 次郎は時間をもてあまし、第一艦橋へ登った。
「あ」
 誰も座っていないだろうと思っていた席に澪の姿を見て、小さな声を出した。
 澪もそれに気づいて振り返る。
「航海長、でしたか」
 次郎は、自分の行動をごまかすために、艦長席をちらりと見た。
「艦長なら、さっき、艦長室へ戻られましたよ」
「そう……なんだ」
 次郎がそう言うと、後方の第一艦橋のドアが開く音が鳴った。走り出てきたのは桜内真理だった。
 真理は次郎の姿を確認すると、ニコリとした。
「こちらでしたか、航海長」
 真理は澪がいる事に気づくと、小さく頷いた。
「航海長、今後の航路の試案ができましたので」
 真理は胸に抱えていたタブレットを操作しだした。
「では、私はこれで失礼します」
 澪はそう言って、エレベーターの方へかけて行き、真理とすれ違った。二人はすれ違い様に腕を軽く触れさせた。
 次郎は閉まっていくドアの向こうの澪と、タブレットを操作している真理を交互に見た。
「航海長? どうかしましたか」
「いや」
 次郎は二人の様子を察して微笑んだ。
 真理は次郎の微笑みの意味はわからなかったが、「航海長、それでは」と説明を始めた。


「涼子先生、恋しているんですか」
 涼子は定期健診に来ていた徳川太助に言われて、目をぱちくりさせた。
「機関長、一歩間違えると、それ、セクハラ発言ですよ」
 涼子はあてていた聴診器をはずした。
「いえいえ、最近色っぽいな……すみません、でも、女性がきれいになっていくのは、とってもいいことだと思ってます、ハイ」
 涼子は目を合わせないように少しうつぶせがちになって、髪をかきあげた。
「ユキさんもそんな風で、どんどんきれいになっていったな」
「ユキ先輩?」
「ええ、みんな口には出しませんでしたけど。艦長がひどく照れるから」
 太助が思い出し笑いをする。
「ヤマト……戦いの中にいるように感じませんね」
 涼子はぼそりとつぶやいた。
「緊張感がないってことですか」
 涼子が太助を見ると、太助はニコリとした。
「古代進というのは、私たちにとってそういう人物なんです。彼の判断は間違いない、彼がいれば、うまくいく……私たち地球人にとって、古代進は希望なのです。だから、こそなのか……艦長には幸せになって欲しいです」
 涼子はだんだん真顔になっていく太助をみつめていた。
 涼子はトナティカでの日々を思い出していた。トナティカで進はいつもにこやかな穏やかな顔をしていた。そして、その傍らにいたユキも。



(4)
「ふう」
 坂上葵は小さく息を吐いた。
「これで装甲もなんとかなったか」
 ディスプレイ上の点滅を確認しながら、チェックを続けていく。
「ありがとう、A班は休憩に入って。丸一日近くの作業、ご苦労様」
 マイクでそう伝えると、ディスプレイ上の小さなアイコンをクリックした。開いたのは小さな画像だった。地球での真田志郎と新ヤマト再建のメンバーの写真。志郎はいつも端にいた。葵はそんな志郎に近づけず、いつも離れたところに写っていた。
「もうすぐ帰ることができます」 
 葵は画像に向かって話しかけた。



「ごめんなさい、エリシュカ」
 部屋に入ってきたエリシュカの体をユウが押さえ、もがくエリシュカにユキが声をかけた。
「お願いがあるの。この子を戦闘機に乗せてあげて欲しいの」
 エリシュカは顔を上げて、ユキを見た。
「スヴァンホルムに、この星での戦闘をやめるように伝えたいんだ、エリシュカ」
 ユウはエリシュカの手を後ろへねじる。顔をしかめるエリシュカを見て、ユキはユウの手首を握った。
「歩、もうやめなさい。エリシュカ、あなたしか頼めないの」
 ユウは小さくうなった。
 ユウの手がゆるむと、エリシュカは体をひねり、ユウから逃れるように床を転がった。。ユウはユキにエリシュカの手が及ばぬよう、二人の間に入った。
 ユウとエリシュカはお互いの動きを監視しあうように睨みあった。
「今、動いてどうするんです。あなた方は、この艦(ふね)に乗って宇宙へ出て、そのまま地球へ向かうのです。ユウが今、離艦したら、ユウは地球へ戻れないかもしれない」
 エリシュカはそう叫びながらも体を起こし、足を立てた。
「エリシュカ、歩を、ユウを止めることはできないわ。彼はスヴァンホルムに会うと決めたから」
「一人で戦闘機で出て行っても、撃たれるだけ」
 エリシュカは背中に背負っている小刀に手を伸ばしていった。
「エリシュカ」
 エリシュカが刀に手をかけた瞬間、ユウはエリシュカのすぐ前に体に立った。
「エリシュカ、母には手をだすな」
 エリシュカはユウの言葉に小さく頷き、手を柄から離した。
「一人で飛んでいって、どうする? アンファーブを悲しませることをしたら、許さない」
 構えを解き、立ち上がったエリシュカは、ユウを睨んだ。
「悲しませない……ちゃんと地球に帰る約束を母としたんだ」
 ユキもエリシュカに小さく頷く。
 エリシュカは不服そうな顔をしたまま、息を大きく吐いた。
「……わかった。けれど、トナティカの地理に疎いお前を一人では行かせられない。私もいく」
「えっ」
 ユウは驚き、ユキの顔を見た。ユキは微笑んでいた。
「ありがとう、エリシュカ。二人とも、無理はしないで。そして、必ず、生きて戻るのよ」



(5)
 エリシュカとユウは格納庫へ歩いていった。
「地形は頭に入った?」
「ああ、大雑把だけど」
「なら、いい」
 こんなに人がいたかと思うくらい、昨日までの静かな艦(ふね)には人が行き交っていた。二人は駆け抜けていく人にぶつからぬように急ぎ足で向かっていた。
「このパイロットスーツ、結構きついね」
 ユウは緊張をほぐすつもりでエリシュカに声をかけるが、エリシュカからは言葉は戻ってこなかった。ユウは首の辺りをぐぐっとつまんだ。
 前を歩くエリシュカが止まる。
 ユウは前を見た。
「あれだ」
 見慣れぬ機影がそこにあった。
「ディネス35。お前の機体だ」
   



「何だ?」
 進は何も言わない来客に声をかけた。
「艦長、一人でですか」
 進は背を向け、窓の外を見た。
「その時、一番成功の確率が高ければ、そうするだろう」
 進の言葉を聞くと、男の背に力が入った。



「本当に行かせるのですね」
「ええ」
 オウルフの言葉にユキが答えた。甲板から流線型のラインを描いて立ち上がっている艦橋に、ユキはオウルフたちといた。
「まさかあなたが行かせるとは」
 オウルフは独り言のようにつぶやく。ユキは艦橋の窓に近寄っていった。
「オウルフ、それはお前もだ」
 エリシュカの父、ベルトフォーオルは眉間にシワを寄せてぶつぶつつぶやいた。
「いつの間に……ディネスを出すのも、お前の想定内だったのか。まったく私には理解できない」
 ベルトフォーオルの言葉を振り切るようにオウルフはユキの方へ向かってきた。ユキはオウルフが近づくと、振り返った。
「ありがとう。彼を行かせてくれて」
 オウルフの顔は硬い表情のままでユキを見つめていた。
「彼は囮です」
 ユキは頷いた。
 オウルフはため息をついた。
「無茶なことをするのは父親譲りですか」
 ユキはオウルフの言葉に、首を振った。
「いえ、ただ二人とも、意志が強いのです」
 ユキはにっこり微笑んだ。



(6)
「人は過ちを犯す。そして、国も」
 スヴァンホルムはそう言う古代進の横顔を見ていた。
「最前線の現場でしかできない判断もある。自分はそう思ったから、この星に来た」
 ボラー本国への定期的に送っていた貴重な鉱石が送れなくなり、スヴァンホルムは途方にくれていた。工場が災害で長く稼動できなかったことは報告しても、期日を守れというのが本国からの返事だった。それを察して、進は地球の企業と話をして融通をしてもらってはという提案を出してきた。スヴァンホルムは迷っていた。
「その事で、誰かが窮地に追いやられるとか、生死に関わるようならば、それを避けなければならない。そうじゃないのか」
 スヴァンホルムは、遅れなかった時のことを想像する。まずは工場長に処罰がいくだろう。それだけでなく、その災害を予測できなかったのかと、工場長だけでなく、他の者も、もしかしたら自分のところまで、多くの人が罰せられる可能性がある。
「私に勧めたことが地球に知られたら、君は」
 目の前にいた進は首を振った。
「その時はそれに従うよ。ただ、地球側はこの件に関しては、人が死ぬような処分はださない」
 進は微笑んだ。
 スヴァンホルムは、進が時折見せる強い意志を秘めた笑顔を不気味に思うことがあった。それは不安や怖さではなく、普段の進からかけ離れた強さを感じていたからであった。
 スヴァンホルムは何人かの部下たちのためだと、進の提案を受けた。
「南部は地球の一企業だ。すまないが、約束はきちっと守って欲しい」
 
「どういたしましょうか」
 スヴァンホルムは隣で顔色をうかがっている男に返事を求められていた。
「こちらに向かっていたボラーの艦隊が、ガルマンガミラスに阻まれているのだろう。この地域を防衛しろというのが命令ならば、我々はこの星を死守する」
 スヴァンホルムはそう言いながら、艦橋から周りを眺めた。港には今すぐにも飛び立てることができるように、戦艦や輸送船に荷が運び込まれている。
 古代進だったらどうしていただろうかとチラリとその事がスヴァンホルムの頭の隅をかすっていった。
(人は過ちを犯す。国家も過ちを犯す……)
 その言葉をスヴァンホルムは飲み込んだ。
(過ちだと誰が判断するんだ、古代)
 スヴァンホルムは拳をぎゅっと握り締めた。


「ユウ、あなたが先だ」
 ヘルメット内側にエリシュカの声が広がる。ユウは始動ボタンを押した。
 エイシュカとユウの機体に息が吹き込まれたように、小さな光がともり、エンジン音が響き出す。
「ありがとう、エリシュカ。見送ってくれたら、君はこの艦に戻るんだ」
 エリシュカからの返事がない。
 ユウは諦め、スイッチを次々と入れていく。
「自分の目的を忘れるな、ユウ」
 ユウは頷いた。そして、エリシュカの機体が見えるモニターをちらりと見る。。
 エリシュカまでを巻き込むことはなかったのではないかという思いがよぎったが、ユウの手は次の動作へ移っていった。
「エリシュカ、行こう」
 ユウは息をスッと吸うと、機体を発進させた。ぐんと体がシートに押し付けられる。ユウは久々に重力による負荷を体に感じていた。


(7)
 部屋に戻ったスヴァンホルムの元に、一つの連絡が入った。
(外部からの正式ではない通信……)
 艦橋を通しての連絡ではないことは、音声のみという点滅で予想がついていた。
 スヴァンホルムが受信のボタンを押すと、男が慌ててしゃべりだした。
「ス、スヴァンホルム様、外部からの通信ですが……」
 声の主は、もぞもぞとしゃべるので、スヴァンホルムは後半の言葉が聞き取れなかった。
「何だ。もう一度はっきりと言い給え」
「はい、実は」
 スヴァンホルムは通信の内容を聞きながら、頭の中では、このトナティカに停泊している複数の艦をどのように運行させようかと考えた。
(人は過ちを犯す……)
 自分がやろうとしていることが過ちなのか、それとも、これを無視するのが過ちなのかとスヴァンホルムの気持ちはこの二つの選択の間を行ったり来たりしていた。しかし、「イシュタリムの」という言葉を聞いた途端、スヴァンホルムの気持ちは固まった。
 スヴァンホルムは「わかった」と通信を切ると、艦橋へ 通信を入れた。
「そうだ、定刻通り発進するんだ」
 


「ユウ、もうすぐだ。どうする?」
 歩いての移動が多かったせいか、距離感にユウは戸惑った。あっという間に、ボラーの艦艇が並んでい宇宙港がすぐ近くに迫っていた。
 トナティカに不似合いの人工的な輝きを放つ建物は、人や植物、動物が皆無な世界だった。まさか飛行艇が飛んでくるとは思っていないのか、迎撃機もまだ飛んで来る様子がない。
テューテューテューテュー
 パネルが人工物の片隅に人影を見つけたと危険信号を鳴らす。
(まさか)
 ユウがパネルの映像を拡大している最中に、もう一つ別の警告音が鳴る。ボラーの迎撃機がこの空間にいることを別のパネルが表示していた。
 ユウを追い抜くようにエリシュカの機体がスッと前に出て行く。ボラーの機体は2機。ユウはそれらをエリシュカに任せると、もう一度、人影の確認をしてみた。
 画像をできる限りの拡大をしていく。
(そんな)
 ユウは思わず裸眼でその位置を確認した。



 スヴァンホルムはスクランブル発進をしていったボラーの機体を見上げた。
(動き出したな)
 スヴァンホルムは自分の選択が自分を危うくしているだろうことを察知した。しかし、引き返すことはしなかった。
 スヴァンホルムは上部がオープンになっている車両のスピードを上げた。そして、この宇宙港に似つかわしくない人影を探した。
 上空ではボラー機が見つけた敵機に攻撃をかけている。
 スヴァンホルムは助手席に横たわっている銃をちらりと確認しつつ、そのまま車を走らせた。
 頭の上で大きな爆音が響き、スヴァンホルムはボラーの2機が沈んだことを知った。
(相手は 有人機か。やはり無人機では無理だな)
 トナティカでのボラーの人員はギリギリまで減らされていた。
(戦線を広げすぎたのだ。本来、中立地帯であるトナティカまで支配しようとするのは、無理なのだ)
 スヴァンホルムは笑みを浮かべた。
(古代、私の選択は過ちなのか、正解なのか、もうすぐわかる……)


(8)
「なるほど」
 車両から降りたスヴァンホルムは、銃口を目の前の二人に向けた。
「君が古代の息子?……残念だね。古代の息子とはつい最近まで一緒にいたんだ。だが……なるほど」
 スヴァンホルムの頭の中に、過去の思い出の映像が鮮明に戻ってきた。
「今日は騒がしいな」
 イシュタリムの屋敷に立ち寄ったスヴァンホルムは、人の話し声を聞いた。静かなイシュタリムの屋敷があんなに騒々しかったのは初めてであった。
「なんだ、動物でも入り込んだのか」
 イシュタリムは微笑んでいた。
「今日はお手伝いの子達がいるの。ユキの所に荷物を運ぶのを手伝ってくれるのよ」
 スヴァンホルムは差し出されたカップに口をつける。スヴァンホルムはこの飲み物があまり得意ではない。
「ユキは出産近くの妊婦をたくさん診察してくれたの。この星の出産率はとても低くく、出産の時の事故で障害を持つ子も多い。星の人口は減りつつあるし……私たちはあなたたちの文明を簡単には受け入れないけれど、あなたたちの医療知識や技術はすばらしいわ」
 人の気配が強くなる。
「イシュ、これでいい?」
 イシュタリムは声のする隣の部屋にかけていった。
「ええ、そう。こっちの荷物と一緒に運んでいって。私もあとから行くわ」
 スヴァンノルムはカップを口から離し、ドアの隙間から隣の様子を伺う。大人の手前だろう少年二人が荷物を抱えている。
「プファン、アユ、気をつけて」
 箱をいくつも抱えた二人をスヴァンホルムの前を通っていく。髪の色が少し違うだけで、背格好や顔立ちが似ていた二人だった。
 後日、スヴァンホルムはイシュタリムからこの二人の少年のことを聞いた。
「そうね、あの二人は兄弟のようによく似ているけれど……一人はトナティカの子だけど、もう一人は、ユキと古代の子なのよ」
(古代の子ども……)
「そして、その子が、イシュタリムの?」
 腕の中で抱かれて寝ている幼子をスヴァンホルムは見た。
「確かに、古代の息子なら、そんなこともやりそうだ。だが」
 上空に見慣れない機体がまた飛んでいく。スヴァンホルムはそのエンジン音を追うように空を見た。
 その機体に向かって、二筋のミサイルが向かっていく。
 ミサイルが機体近くに差し掛かるのを見ていたスヴァンホルムは眉間に皺をよせた。
(一機は迎撃できたようだな)



(9)
「ユウ」
 エリシュカの声でユウは我に帰った。そして、ユウは戦闘中に冒してはならないことをしてしまったと気づいた。
 ミサイルが飛んでくる。避けるために機体を大きく旋回させようとする。しかし、半分手遅れであることもユウは気づいていた。不慣れな機体とはいえ、他のことに気を取られすぎたことをユウは後悔した。
 エリシュカの叫び声が聞こえ、ユウの機体は衝撃とともに、操縦不能になる。けたたましく警告音が鳴る。
(こんな時は)
 ほんの瞬間なのに、ユウの頭の中には『地平線』という父の言葉が浮かんだ。
(まったく……)

 トナティカ行きが決まってから、初めて宇宙へ出るユウは、18歳未満の子どもとはいえ、最低限の訓練を受けなければならなかった。
 それ以上に、父である進は十何年かのブランクを埋めるために、かなりハードなスケジュールで、訓練や打ち合わせをこなしていた。それでも、ユウの訓練は、ほとんど進が一緒に行うことが多く、ユキもただ、それを見守っていた。
 その日も、忙しい進の代わりにユキに連れられ、飛行場にユウは来ていた。
「昨日から何時間も飛んでいます」
 そう言う男は昔、ヤマトに乗っていたことがあるらしく、「艦長は昔から変わりませんね」とユキ告げる。
「そうね。自分に厳しい人だから」
 ユキは黙っているユウに話しかけた。
「あなたのお父さんは、あなたと飛びたいのよ」
 そして、数時間後、ユウは進の後ろに乗って、飛行訓練を受けた。
 ヘルメットをかぶってから、ユウの耳元に進の声が届く。
「目をつむるな。自分の目でちゃんと見るんだ。特に地平線」
「地平線?」
「飛んでいると、どちらが上か下かがわからなくなることがある。その時は地平線を探すんだ」
「地平線……」
「そう。どんな時でも冷静になって、地平線を見つけるんだ。今から、その訓練を始める」
 ユウは進の操縦する機体がどんな動きをしても、地平線を探した。
 何度も確認するうちに、日はすっかり傾き、空の色は刻々と変化していった。
 

 ユウは地平線を見つけ、なんとか機体を元に戻すと、脱出装置に手をかけた。
 届くかどうかわからなかったが、ユウは叫んだ。
「エリシュカ、帰るんだ」
 キャノピーが外れると、あらゆる力がかかってくる。
 体が軽くなったと思ったとき、もう一度地平線を確認した。
(どうやら、機体から脱出できたようだ)
 それからユウは、建物の位置を確認して、さっきの人影を探した。
(マァを助けなければ)



(10)
 エリシュカはユウの脱出に気づくと、もう一度、敵機に向かっていった。
(ついて来い)
 エリシュカはミサイルを避けながら、そのまま突っ切る。無人の敵機はエリシュカの機体の後ろについていく。エリシュカはできる限りの急上昇をすると、スッと急降下して無人の機体に向かって機銃を撃つ。一機撃墜を確認すると、もう一機を連れながら、更に宇宙港から離れていった。
(ユウ、健闘を祈る)
 エリシュカは面前の計器で、後方についてきている機体を睨んだ。
 ボラーの機体を連れて戻るわけには行かないエリシュカは、また、急上昇をする。
「ユウ」
 エリシュカはミサイルの発射ボタンの上の指先に力を入れた。



 地震が起きたように、大きく空間が揺れる。
 地上へゆっくり降りているユウも、その揺れを感じていた。
(何?)
 何かが爆発したのかとユウは周りを見渡す。地上から炎のような光が揺らめくのが見える。そして、音が広がった。唸り声のような低く、響く音。ユウの体に鳥肌が立った。
(ダメだ)
 ユウは叫んだ。
「いけない、やめて、イシュ」
 ユウは自分の言葉に驚いた。
(そう、これは爆発とかではない。イシュタリムの声だ)
 ユウは地上の光に向かってもう一度叫んだ。
「イシュ、声を止めて。叫ぶのを止めて」
 ユウの言葉に反応するように、光は輝きを増した。それはユウの行動を嘲笑っているかのようだった。
 ユウは自分の無力さを感じながら、光に向かって手を伸ばした。しかし、無情にも次の音の波動がユウの体を光から引き離した。
(イシュ、あなたの声に、みんなが反応してしまう……)



(11)
 スヴァンホルムは大きな振動を感じて、思わず、体を低くした。一瞬、光が溢れた時、スヴァンホルムは自分のところに爆弾か何かが炸裂したのだと思った。
(熱くない……)
 自分には何も害がなかったことで、スヴァンホルムは光の中心を探し、目を細めて、その中心を見つめた。光は幾分小さくなったが、それでも中心は強く輝いており、その中心が何であるのかをわからなくしていた。
「グアア」
 獣のような声が響く。スヴァンホルムは、低姿勢のまま、光の中に揺らめいて見えるモノを見続けた。
「グワアァ、ワアァ……」
 光が増すと再び声が振動とともに響いた。
 だが、スヴァンホルムはその音や光に不思議と怖さを感じることがなかった。スヴァンホルムは立ち上がった。
「君は……」

 着地したユウは、光に向かって走っていた。数百メートルはあろうかという距離を一秒でも早くたどりつかねばと思いながら。
(お願いだから)
「ハアァ、ハアァ」
 息を整えるために歩みを緩めたが、ユウは光とスヴァンホルムたちがいる方向を再度確認すると、重い足で思いっきり地面を蹴った。
 その瞬間、目を開けていられないほどの光が、ユウの前方から届く。ユウは思わず両手を前に出し、その光をさえぎろうとした。
 ユウはその光の中に、幾人かの人影を認めた。
(駄目だ、撃っちゃダメだ
 光は爆発でも起こしたように、さらに広がっていった。
 ユウは意識を保つことができず、体ごと、その強い光にのみこまれていった。
撃っちゃダメだ



(12)
「いつ、目を覚ますのだ」
「間もなく」
「我々はとにかく地球を目指す。最速で」
「わかっています」
「ヤマトはボラーをかわすことができるのか」
「複雑な航路を取っていれば、出会う確率も低くなる。だが、彼ならそうして戦闘を避けるでしょう」
「我々は間に合わせなければならない」
「大丈夫です」
 薄暗い部屋の中で、言葉が飛び交う。意識と感覚が少しずつ戻ってくると、ユウの耳に幾人かの声と人が動き回る気配が飛び込んで来た。
 強い光とともに、体に強い力がかかったあと、ユウは意識を失った。
 バラバラになったのではないかというくらい、体に何かがぶつかってきた。そして、弾き飛ばされたように体が飛ばされた感覚だけが記憶に残っていた。
 思い出そうとしても、強い光と衝撃だけしか思い出せない。
 先ほどの声と人の気配がなくなると、ユウは今度は自分の手を少し動かしてみた。明らかに、ベッドらしきものに体は乗っており、指先には柔らかい布の感触がある。ユウは徐々に自分の感覚を取り戻そうと意識を集中させた。
「あっ」
 もう一度、思い出そうと、記憶をたどる。けれど、目を開けていられなくなるくらいの強い光が記憶を遮っていた。その時の恐怖で、目を一気に開けることができなかったが、ユウは恐る恐る、目を開けた。
(暗い部屋……)
 どこだろうとユウは考えた。少なくとも、あの強い光とものすごい勢いの力で飛ばされたにもかかわらず、なんとか盲(めしい)にならずに済んでいるし、感覚がまだ薄いものの、体も麻痺しているわけでもなかった。
「ここは……」
 思ったことがつい口に出てしまった。ユウは自分の感覚がまだ正常に戻っていないことに気づいた。
「ここは、宇宙船クジュメディカの中。あなたはこの船の中に飛ばされてきた……たぶん、イシュタリムがそうしたのでしょう」
 聞きなれた優しい声に、ユウは目を開けようとするが、体がそれ以上の光を拒否していて、目を開けることができなかった。
「お母さん、イシュが……」
 かろうじて、ユウは口を動かして言葉にすることができた。
「そう、イシュタリムがあなたをここへ送ってくれた。トナティカでも、そんな強い力を使うことは滅多にないわ、複数の能力者の力があなたをここへ送ってくれたのかもしれない」
 ユウは光の中で、何があったのか……記憶の中をたどっていった。
(ああ)
 ユウはまた暗い世界へ落ちていった。
 暗い中、ほのかな明かりが、少しずつ光を増していった。その光の中にゆっくりと一本の羽がゆっくりと上から舞いながら降りてくる。
「プファン……」
 ユウが飛ばされたのはイシュタリムの力だったかもしれない。けれど、ユウを守るように、別の力もかかっていた。
(プファン、君だね。最後は君が守ってくれたんだね)
 そう結論が出ると、羽はユウの手元に落ちてきて、ユウの手に触れると同時に消えてしまった。
(ありがとう、プファン)
 ユウの中にまた強い光が広がり、感覚が薄れていった。

「大丈夫よ、エリシュカ」
 ユウの手を毛布の中にしまうと、ユキは傍らにいたエリシュカに声をかけた。
「今の歩は疲れて果てているだけ。力が戻れば、きっと、何があったか思い出せるでしょう」
 ユキはユウの頬に流れる涙を手でそっと拭った。
「少しずつ、彼は思い出す」
 エリシュカはユキの言葉に小さく頷いた。



(13)

 光の中、ユウはその中に自分と似た青年と幼児の姿を見た。
「プファン、やめるんだ」
 プファンは微笑んでいた。まるで、神様が二人を作ったみたいだと、プファンとユウの姿は似ていた。「あなたたちはどこかで兄弟だったのかもしれない」……初めてプファンと会ったとき、ユキはそう言って笑っていた。 
「イシュ、気づいて」
 ユウは叫んだ。
「あなたが守りたかったのは」
 光の中で銃が見える。ユウは無我夢中で叫んだ。
「撃っちゃダメだ」
 スヴァンホルムの指が動く。
「撃っちゃダメだ」

 
「ダメだ……」
 ユウは、自分の声に驚き、体を起こした。
 次の瞬間、ユウは体を抱きしめられ、一瞬、体がビクンとなった。
「お母さん?」
 目の前の母・ユキが心配そうにユウの顔を覗き込んでいた。
 ユウは自分がなぜ艦の中の部屋にいるのかがわからず、さっきの夢の続きを思い出そうとした。
 スヴァンホルムの笑顔が頭の中によぎる。
(撃たなかったのか、スヴァンホルムは。それとも……)
 それは現実だったのか、夢だったのか。ユウは頭を抱え、記憶をたどろうとした。思い出そうとすればするほど、光が遮る。
 ユウは肩に、優しい感触を感じ、顔を上げた。
 ユキはユウの髪をやさしく撫でた。
「少なくとも、イシュタリムの暴走は起こらなかった。トナティカの人たちは、落ち着いていたわ」
 ユキの言葉に、ユウは体を起こそうとする。しかし、体に力が入らず、起き上がることができなかった。
「私たちは何が起きたかはわからない。けれど、イシュタリムの叫びは消えて、彼女が発していた光も収縮していった。あなたは、イシュの暴走を止めることができたのよ」
 「イシュの暴走……」とユウはその言葉を繰り返した。
 ユキはうなずき、言葉を続けた。
「いろいろな人の意思の中、自分を失っているイシュタリムは更に追い詰められてしまっていた。私は彼女を助けることができなかった」
 ユキは話しながら、ユウの体をベッドへ戻し、そっと毛布をかけなおした。
「もともと彼女は純粋な人。そして、トナティカの人々を導くはずの人。あの時、何かが起こって、彼女は目覚めることができた……あなたの行動は無駄ではなかった」
「じゃあ、トナティカは……」
 ユキは微笑んだ。
「今は大丈夫よ」
 ユウは意識が薄れていった。それは、幼い日、母に抱かれてうつらうつら眠っていったように、穏やかで、心が休まっていった。

 ユウの頭の中で、白く眩しい光が、やわらかな黄色がかった光となった。輝きの中から小さな羽根が形を現した。女の人の手がその羽根をつかまえる。
 ユウはその女性の顔を見た。
「よかった……」
 そうつぶやくとユウは体を丸め、静かな寝息を立て始めた。
 ユキはユウの額にかかる髪をなでて整えた。
「おやすみなさい、歩(あゆみ)」
 



「これ以上は、騙せないな」
 進は差し出された航路表を見ながら、つぶやいた。
 診察をしていた涼子は、「艦長のお体も、です」と進に告げる。
「艦長、艦長の体はもう薬だけでは」
 涼子はその先を敢えて言わなかった。
「手術はしない。不安定要素は作らない。私が指揮する」
 涼子は進の言葉に答えなかった。
「薬が変わります。副作用が少し強くなるかと。食事が摂れない時は、点滴をします」
 進は上着を羽織ると、「ありがとう」と一言だけ涼子に告げ、第一艦橋へ下りていった。



(14)
 「イシュ・ファ・アロ ドウダ イシュ・ファ・アロ ドウダ」
 女の歌声が響く。
 ユウは光の中に立っていた。明るくて、まぶしくて、周りのものが見えない。
 鈴の音のような、かすかな金属のこすれるような音がユウの真上から聞こえる。
「プファン……」
 ユウが叫ぶと、まぶしかった光が一気に消え、周りの景色が明らかになっていった。
(ボラーの基地だ)
 ユウは光で見えなかったあの場所にいた。
 プファンは抱いていたマアをユウに渡すと微笑んだ。
「君は帰るんだ」
 プファンに銃口を向けていたスヴァンホルムは、その銃の先をユウの方へ向けた。
 だが、プファンはユウたちを守るように、二人の前にたちはだかった。
 シュッ
 ユウはマアを抱きしめた。プファンは右腕を押さえている。
(プファン)
 ユウはあたりを見渡した。
(イシュ、気づいて)
 ユウは叫んだ。
「スヴァン、あなたが守りたかったのは」
 スヴァンホルムの指が動く。ユウは無我夢中で叫んだ。 
「撃っちゃダメだ。あなたが一番守りたかったのはイシュタリムなんだ。だから、撃ってはダメだ」
 



「島、この航路でいく……ただし、ワープ後、すぐにもう一回ワープできるように、すぐに航路計算できるように」
「はい」
 島次郎は、進の言葉に大きく頷いた。
「ここからはもう今までのように逃げているばかりでは、地球へ近づけない。まずは大きく一歩踏み出す……罠が張られているかもしれないが、我々は前に進む」
 進は、大きな作戦変更を艦内放送で告げた。乗組員たちは、進の声で、これからの航海が安寧にすまないことを悟った。
 徳川太助は機関部員たちに檄を飛ばす。次郎も、航海班に航路観測をすばやく行うように桜内真理に指示を出した。


(15)
(水の音?海の近くなのか……)
 スヴァンホルムの耳に波のような音が届いていた。
 音はぼんやりと聞こえていたものの、体には力が入らない。スヴァンホルムは、自分の体が自分の意思では動かないことに気づいた。
 生きているのか、死んでいるのかもわからない。ただ、手足や体の感覚はなかった。が、ほんのりと温かい感触を感じていることから、誰かの側にいることと、微かに見える風景から、トナティカの海辺であることだけが推測できた。
(生きているのか)
 あの時、二人の青年と小さな少年に銃口を向けていた。何がいけなかったのか。ほんの一箇所歯車がずれてしまって、自分も、あそこにいた彼らの人生が大きくずれてしまっていた。何度も正当化しつつも、悔いていた。
 「あなたが一番守りたかったのはイシュタリムなんだ」という言葉……
(イシュさえいれば、何もいらないと思っていたのに)
 スヴァンホルムは笑った。体が言うことをきかないので、顔の表情は動かなかったかもしれないが、心の中で笑った。
(古代、私はお前の息子に助けられたのか)
 何も感じないはずの体なのに、唇に何かが触れる感触を感じた。スヴァンホルムは唇を動かしてみようと努力してみた。確かにやわらかい感触を感じる。
(私は生きているのか)
「スヴァン」
 聞きなれた声がかすかに聞こえる。
(ああ、イシュ)
 答えることができなかったが、スヴァンホルムの心は穏やかだった。
(ああ、君のところに……)



「撃っては……」
 ユウは金縛りにあったように動かない体を動かそうとした。
 目を開けると、周りは先ほどと変わりなく、母・ユキが傍らにいて、微笑んでいる。
「スヴァンホルムはイシュタリムを撃たなかったということか」
 突然の男の声で、ユウは体を起こした。ユウのベッドサイドにオウルフが立っていて、ユウを見下ろしている。
「ええ、たぶん、そうです」
 どこまでオウルフは自分の寝言を聞いていたのかと思うと、ユウは恥ずかしくなった。
「すみません、そのあたりの記憶が曖昧で……。ただ、プファンや私をかばおうとイシュタリムが近づいてきて、『撃ってはダメだ』と私が叫んだのが最後の記憶です」
 ユキは二人の様子をただ見守っていた。
 オウルフは目を閉じ、一人考えていたが、考えがまとまったのか、イスに座り直した。
 ユウは居住まいを正すと、オウルフと目を合わせた。
「我々は、今、地球に向かっている。ボラーはヤマトの帰還を阻もうとし、ガルマンガミラスはそのボラーをかく乱している」
 ユウは小さくうなずいた。
「我々は地球政府とガルマンガミラスと友好の条約を結び、トナティカの人々を独立させ、以前のような状態をめざしている」
「独立した星ですか」
 ユウの返した言葉に、今度はオウルフがうなずいた。
「地球も同じだ。ボラーでもガルマンガミラスでもない、独立した星。その星に住む人々が自分の星のことを決める」
 オウルフは立ち上がった。
「できる限り、君たちには協力してほしい。もちろん、君たちへの協力も惜しまない。この艦のクルーとしての乗艦も認める」
 ユウは傍らのユキを見た。ユキはただ、微笑んでいるだけだった。
「わかりました」
 オウルフは自分の右手のコブシを左手に打ち付けていた。どうにも、自分の手に負えなくて歯がゆいのだろう。
「ヤマトの現在位置はガルマンガミラスも見失ってしまったそうだ。しかし、ヤマトは地球に近づきつつある。古代艦長の腕の見せ所だな」
 ユウはにこりとオウルフに微笑んだ。
「大丈夫です。古代艦長は、必ずやり遂げます」
「我々も今、最短コースで地球をめざしている。ボラーを回避しつつ進んでいるヤマトと違い、あと数日で太陽系へたどりつけるだろう」



(16)
 オウルフが退出したあと、ユウはベッドから起き上がり、服を着替え始めた。
 首周りがきつく、地球と着付け方がちがうシャツのボタンに戸惑っていると、ユキが手を伸ばしてきた。
「ほんとに体つきまで似てきたわね」
 襟の形を整えながら、ユキはボタンを一つ一つかけていった。
「そこからは自分でやるから」
 下の方になると、恥ずかしさもあって、ユウはユキの手伝いを拒んだ。
 ユキは小さく息を吐いた。
 ユウはさすがに強く拒みすぎたかと、ユキの方を見る。
「ごめん」
 その言葉に、ユキは小さく笑った。
「そういうとこまで、似ちゃったのね」
 ユキはユウの胸をポンッと軽く叩いた。
「あなたのお父さんは、ヤマトの旅を必ずやり遂げていた……自分のこととなると、ちっとも約束してくれなかったけど」
「約束?」
 ユキがうなずく。
「前にね、私の最期のとき、あなたの胸の中で眠りように逝きたいって言ったら」
 ユキはふいに手で目を押さえた。
「……返事をくれなかった」
「それは」
 ユウは父の気持ちを思った。
「わかってるのよ」
 ユキの言葉に、ユウはただうなずくことしかできなかった。



(17)

「ワープ」
 島次郎の声とともに、艦内には微振動と空気の壁が突き抜けるような感覚が広がる。普段ならこの感覚が嫌な者は目を閉じて、その一瞬をやりすごすのだが、今回は違っていた。ボラー連邦の艦隊の待ち伏せがあることを前提に行動をしなければならない。
 ワープが明けると、皆、確認作業を急いだ。
「この空間に異常を認めず」
 橘俊介はレンジ内に艦影がないのを見ながら、倍率を上げていった。
(小惑星帯なのか?)
「前方、小惑星帯でしょうか。多数の小天体があります」
 俊介の言葉に次郎も反応する。
「迂回をしますか」
 進は目の前のパネルの様子を確認すると、「そのまま直進」と命を出す。
 坂上葵の手が動く。葵が前方の小惑星帯の構成物質を調べ始めている。真理も前方部分の小惑星を映し出し、次郎がより安定した航路を選べるように情報を送っている。
(このまま、何も出ませんように)
 俊介だけでなく、他のスタッフも同じ気持ちだろう。
「そのまま、第二種戦闘配備」
 進の声で、澪や南部康人がそれぞれの部署へ伝える。
(動くなよ)
 俊介は祈るようにレーダーを見続けた。
(あっ)
「七時の方向、イレギュラーな動きあり」
 不意に隠れていた鬼が飛び出してきたように、俊介は一隻の艦艇の動きを確認した。
「ミサイル、来ます」
 俊介が叫ぶ。
「迎撃。進路はそのまま。スピードは落とすな」
 進の声と重なるように、康人の「撃て」の声が響く。
 その後、艦が大きく揺れる。
「左舷後方、被弾。ダメージコントロール急いで」
 葵がマイクに向かって叫ぶ。
「島、とにかく、ここを突き抜けるぞ。桜内、ワープの準備」
「はい。現在航路検索中です」
(まずい)
 小惑星に隠れていただろう艦艇が20近く動き出していた。
「艦影多数確認。小惑星に隠れていたものと思われます」
 俊介は、レーダーにさらに艦影が映りこんできたのを確認する。
「艦長、前方新たに艦影13。ガミラスの艦隊です」
 俊介は振り返り、進を見た。
「進路、そのまま、後方艦隊を振り切る」
 進の命令は、ガミラス艦に対しては警戒はしないということを示唆していた。
「艦長、今、ワープすると、245Aの岐路コース近くにでます」
 真理の声を聞くと、進はすかさず、「フェイ」と呼びかけた。
「地球に通信文を送れ。コース245A」
「はい」
 次郎は真理から送られてきたデータを見ながら叫んだ。
「機関長、エンジン全開」
 機関長の徳川太助がにやりとした。
「エンジン全開」



(18)
「ヤマトの位置を確認できたと、ガルマンガミラスから通信が入りました。ボラーの艦隊に追われているヤマトをガミラス艦隊が助けたのだそうです」
 艦橋にいたオウルフが、艦橋に上がってきたベルトフォーオルとエリシュカに説明をする。
「ほう、それで位置は?」
 ベルトフォーオルは前面のパネルに映すよう、指先をパネルに向けた。
 映る画面を見ながら、ベルトフォーオルはうなずいた。
「ふむ、ここからだな」
「ええ、ここまでくれば、日程の心配よりも、ボラー艦隊との遭遇をいかに避けるか……」
 オウルフは画面にクジュメディカの航路を映させた。
「こちらも、ボラーと出会わなければ、追いつくことができる」
 二人の会話をエリシュカはただ聞いていた。
 オウルフとベルトフォーオル顔を見合わせると、頷き、また、そろってパネルのほうに視線を戻した。
 オウルフがパネルに向かって指をさす。
「このポイントからワープをします。ガミラスからの天体記録では、この空間を進んでいった方が長距離のワープが可能で、より早く地球に着くことができる」
「そうだといいな」
 ベルトフォーオルは薄くなった後頭部をなでた。エリシュカは心配性な父の様子を胸の奥で笑った。
「エリシュカ、ユウに声をかけてきてくれないか」
 オウルフの顔はそんなエリシュカの心を察したのか、微笑んでいた。
「今後のことについて、彼に説明をするよ。私から」



(19)
「はい、栄養ドリンク」
 食堂でぼんやりしていた島次郎は、不意に差し出されたボトルに躊躇していた。自分の番ではないのに、つい第一艦橋に詰めていて、航路をあれこれ考えていた。「飯を食ってこい」という機関長の言葉で、やっと席を立ち、食堂に来たのだが、食事に手が出せないでいた。そんなとき、柳原涼子が見かねたのか、声をかけてきた。
「食べられないんでしょ」
「ああ」
 涼子はぐいっとボトルを押し付けてきた。
「だめよ、少し長丁場になりそうなんだから、ちゃんと食べなきゃ」
「わかってる」
 次郎は涼子の差し出すボトルを受け取ると、一気にのどに流し込んだ。
「次郎」
 涼子は小さい声でつぶやくように次郎の名を呼んだ。
「あなたにだけは言っておくわ……」
 次郎は涼子の顔を見た。
 涼子の唇が少し動く。そして、小さな声で次郎の耳元でささやいた。
「艦長、たぶん、指先にしびれがでている……薬の副作用で」
 次郎はそのあとの言葉が出ず、涼子の目を見た。涼子の目がやわらかく微笑んだ。
「そんな……なんで俺に」
「誰に言ったらいいのか……たぶん、ユウがいたら、あの子に言うんだけど……」
 涼子は次郎から目線をそらした。
「ごめんなさい。でも、あなたに言っておかないと、きっと、私もあなたも後悔する……」
「涼子……」
「ごめんなさい。いつも頼っちゃって」
 涼子は頭を下げた。
 去って行く涼子の後姿を見ながら、次郎はつぶやいた。
「そうか……俺の一番は……」
 自分がずっと進だけを見てきたことに次郎は気づいた。兄を感じさせてくれる進の側にいることが一番心地よく思っていた。いつの間にか夢中になっていた。
「飯、食わなきゃ」
 次郎は食堂の列にやっと足を向けることができた。



(20)
 真田志郎は司令部の端のパネルを見ていた。
「ヤマトは245Aだそうですね」
 相原義一が後ろから話しかける。
「艦隊が動き始める……な」
 志郎は義一が話したかった言葉を先に口にした。
 義一は頷いた。義一はパネルの側に近づくと、キーを打ち、艦隊の位置を表示させた。
 『245』……ヤマト発進時に何パターンの岐路の航路が決められていた。地球の艦隊はヤマトが戻ってくる間、どの航路をヤマトが選んでも対応できるように訓練を続けていた。
 義一は『245』と打ち、ヤマトの予想航路を表示させる。
「皆がヤマトの動きについていけるか……ですね。古代さんの判断は結構早いですから」
 志郎は腕を組み、画面を見つめ続けている。
「ボラーの艦隊、動いてます」
 義一は、パネルの表示を変え、ボラー艦隊の位置を表示した。ヤマトの位置が点滅している。
「あと三回のワープか」
「そうですね。このボラーの艦隊に対しては、外周艦隊の一部が最初に接触をして、ヤマト追わないようにします。他の外周艦隊は海王星付近に下がっています」
 志郎は手を伸ばし、ヤマトの予想航路を何度も画面に表示させた。
 志郎は小さな息を吐くと、志郎の言葉を待っていた義一に向かって小さく頷いた。
「ヤマトにデータを送りたい。できるか」
 義一は微笑んだ。
「大丈夫です。予想航路の方向に暗号で飛ばすことは可能です。必ずヤマトに届くかどうかはわかりませんが、古代さんなら受け取ってくれそうです」
 志郎は昔の進の姿を思い出していた。進なら、細かなイレギュラーを確実に察知し、解析をするだろう……
「急ごう。そして、ヤマトに必ず届けよう、最新のデータを」


(21)
「全員、ヤマトを降りる準備、ですか」
 メインスタッフを前に説明をしていた進に対して、次郎が言葉を返した。
 進は顔色一つ変えず、席に戻ろうとしていた。
「艦長はお一人で」
 次郎が追いかけようとするのを太助が腕をつかみ、阻止する。
「航海長、艦長がそれがベストだと決めて、われわれに話してくれたんだ」
 次郎は腕を振り払った。
「だから、何なんですか」
「艦長がそう決めたのだ。それが実行できるように、自分の力を尽くすのが、われわれのやるべきことではないのか」
「私は」
 進は振り返り、そう言いかけた次郎を見た。
 次郎は言葉を飲み込んだ。
 太助はもう一度、次郎をにらむと、進に向かって叫んだ。
「艦長、われわれもやってみます。迅速に皆が退艦できるように」
 進は小さくうなずくと、艦長席へ移動していった。
「今回はちゃんと、話してくれたんだ」
 次郎は太助の呟きを聞き逃さなかった。
 次郎が顔を上げると、横に立つ太助ののど仏が大きく動くのに気づいた。
「それに答えるのが、俺たちのできることじゃないのか」
 太助の声はくぐもって、のどの奥から吐き出すかのように出た小さな声だった。それに対して、次郎は小さく「はい」と答えるのが、精一杯だった。


『想人』第二十話 おわり

第21話はこちら

なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね
SORAMIMI 

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