「想人」第十二話 サーシャ(澪)

(1)

『ちっ』
 うまく使わなければとあせるユウの手が握る箸先から、小さく角切りに切られた野菜がこぼれた。

『もう少し、箸の使い方をちゃんと練習すればよかった』
 両隣の島次郎と徳川太助の慣れた箸の使いと比較して、ため息をつきたいのも抑えながら、ユウは食事を続けた。
 顔をあげれば、目の前には、進がいる。
 昔から、箸の握り方を注意されながらも、『大人になれば、自分で直そうとするはずさ……』と執行猶予付きで許されていた。なるべく、進の前では、まともに箸を使っているように振舞おうと思っていたが、箸を持つ手が悲鳴をあげ始めていた。

 
 空いた器が視界から消え、代わりに、少し小さめの茶碗が置かれた。

「機関長、こちらにお代わりのご飯がありますので、どうぞ、ご自由に」
 
「それは、ありがたい。おいしい料理だが、量が少し……いやいや卑しい性分ですみません」
 太助が小さく体をすくめた。

「では、ごゆっくり」
 給仕をしていた炊事班の男が頭を深くさげ、空の器を運んでいった。
 
『ご飯か……』
 味を楽しむ余裕がないユウは、目の前の茶碗を恨めしそうに見た。

「ざっくばらんな会席だ。気を使わなくてもいい」
 その進の言葉に、ユウは顔をもたげた。

「そのために洋食でなく、和食にしたのだから」
 目の前の進が、ゆっくりと頷いた。

「食事の途中だが、今日の本題に入ろうと思う……」
 進が箸を下ろした。
 ユウと次郎と太助の背中が、自然と伸びる。三人とも、この食事会が、ただの食事会ではないことを知って集まっていた。しかし、始終和やかな進と何も言い出せないユウや次郎との間の緊迫した空気は、誰にも口火が切れさせないような緊張感を生んでいた。


「艦長はお一人で行かれるつもりなのですか」
 次郎が最初に口火を切った。

「その予定だ」
 進は、お茶の入った湯飲みをつかんだ。ゆっくりと、一口だけお茶を飲む。

『私にお供をさせてください』
 ユウはそう言い出せずにいた。
 半ば自分が招いたこの状態である。進がここでうんと言うはずはないことも、ユウには重々わかっていた。

「最善を尽くしましょう、艦長。みんなで選んだ道ですから。なあ、航海長」
 太助は次郎に同意を求めるように、体を次郎の方に乗り出した。
「戦闘班長も」
 不意に自分の方に向いた太助の笑顔に、ユウは慌てた。

「最悪のことを考えて、私が何かあったときは、3人に今後の航海を任せる。今日はそのための打ち合わせも兼ねている」
 進は、ファイルを取り出し、次郎とユウと太助に手渡した。

『艦長……』
 ユウには、そのファイルが数十キロのダンベルを持たされたように、ずしりと重たく感じた。


(2)
 ファイルの中身の討論中、ユウは、ファイル越しに進を見た。次郎達と質問を丁寧に答えている進は、昔、家に来た学生と話し合っていた進と同じだった。指のしぐさ、考えている時のくせ、相手の目を覗き込むように話す姿……
 昔は、学生と進の輪の中に入りたいと思っていたが、今は、自分がその中にいる。

「森はどう考えているんだ?」
 
 進の話よりも、しぐさを見ていたユウは、体を緊張させた。進の覗き込むような目が、ユウの胸の鼓動をさらに速くさせた。

「えっ、は、はい。艦長の手術の時以来、私たちも艦長不在の時の対応は考えて来たつもりですが……すみません、あまり考えたくないということもあって、具体化していませんでした」
 
 進は、ユウの言葉に頷いた。
「では、いろんな場合を想定しながら、各班、ミーティングを行って欲しい」
 
 進の言葉でユウは、なお一層、気持ちが重くなった。
 
「わたしからは、以上だ。ヤマトは単艦行動を取っている、特殊な艦だ。あまり、今までの経験に捕らわれないように。どんな緊急時も、この艦の乗組員しかいないんだ。それぞれ個に戻った時の特性が、うまく活かせるよう、アレンジしていって欲しい」
 
 進の口元が緩んだ。
「ふっ、そんなに気張る必要はない。みんな、もう少し、自分を信頼してもいいぞ」
 進は言葉の後、微笑んだ。食事を食べている時と大きく違っている、三人の緊張した面持ちを、進は微笑みながら見ていた。
 
「それが、難しいんですよ、艦長。自分たちでは、ベストを尽くしているつもりなんですが、自分がとんでもない愚か者であるってことにも気づいている……」
 太助が広げていたファイルを閉じると、テーブルの隅に置き、また、箸を手にした。

「コック長の作ったこの料理以上に、確実に信頼できるものはわたしにはないですが、何事にも最善を尽くしたいと思ってます。艦長」
 太助は、止まった分を取り戻すかのように、急いで、残りを平らげようと箸をせわしく動かした。
 ユウは、相変わらず箸を箸置きから取れず、ファイルも置くことができず、太助の姿を遠くから見るように、眺めていた。

「俺たちも、食べるか」
 ユウは、次郎にそう促されて、箸を手にするも、やはり、目の前の進が気になって、もう一度箸を置いた。
 そうして、ユウは、食べることもできず、質問することもできず、反論することもできなかった。

 
「紅茶を持ってまいりましたが、皆さん、飲まれますか」
 ドアの向こうからの声に、ユウは目を大きく開いた。

(3)
 やさしい香りが口の中で広がった。
 口の中に新たな香りを取り込むことで、ユウのやや重たかった気分は、別のさわやかな気持ちへ向かい始めた。

 自分の煎れた紅茶とずいぶん違うことに気づいたユウは、この紅茶のために、わざわざ艦長室に来たコック長の顔を見た。
 コック長の長谷川がポットを持ち上げた。
「戦闘班長、もう一杯いかがですか。少し濃い目ですが」
 
「いいえ、この一杯で充分です」
 
「そうですか。では、わたしはこれで失礼します」
 三人に向かって、それぞれ頭を軽く下げると、コック長は、部屋を辞した。

 ユウは、箸をとった。
 まだ、皿に残っている料理を見て、コック長は何を思っただろうか。せめて、少しでも失礼のないように、食べることが、この紅茶に対してのお礼となるだろう……

「不思議ですね。食べ物は」
 大介は、紅茶を飲み干すと、小さく息を吐いた。

「タイミングと香り、そして、このメンバー……2度とないかもしれないこの料理の味に感謝ですね、艦長」
 太助の言葉に思わず、ユウは頷いた。

 すぐ側にいるのだけれど、目の前の景色を見ているユウは、一歩後ろから見ているような気がした。それは、運動会に一生懸命走った後、クラスメートの喜ぶ顔をぼおっと他人事のように見ているときのようであった。
 ユウは、ぼんやり眺めながら、この風景が、いい思い出の一つになればと考えていた。

「どうした?」
 次郎がユウを呼ぶ声を聞くまで、ユウは、その感覚の中にいた。

「また……ボラーとの会談が済んだ後、また、食事会をしましょう。反省会を兼ねて」
 ユウが微笑んだ。

「賛成だな。今度はどんな料理が出てくるか、楽しみだ」
 太助が、ひざをポンッと打って、笑う。

 静かに笑う進がいて、その姿を見て、安堵した顔をしている太助と次郎がいた。

 ユウは、『この時』をすごせたことに感謝した。


(4)
 コック長の長谷川啓は、一人、片付けが終わった調理室で、道具のチェックをしていた。
「いかんな、入っている場所を間違えてる……」
 啓は、間違っている道具を別の引き出しへ戻した。

 ピッピッピッピ
 音と共に、啓は体の向きを変え、足早にまだ火が点いているコンロへ向かった。

「いいだろう」
 大きななべの蓋を覗き見るように開けると、小さく頷いた。火を消し、なべの蓋を固定すると、調理室のチェックを再び始めた。

「……よし。……よし」
 小さな声で確認しながらチェックをしている啓の耳に、小さな異音が届いた。
 コツン、コツン……
 顔を起こした啓に気づいたのか、足音は、早く、大きくなっていった。

「戦闘班長……どうなさったのですか」
 啓の手元だけを照らすライトの端に、ユウの姿が浮かび上がった。
 
「お仕事…じゃましてます? あの、待ちます。私用ですから……」
 
「いいですよ。明日の分のスープストックもできましたし、調理室のチェックもできたところですから」
 薄っすら浮かぶ啓の口元が微笑んだかのように見えた。

「少し待ってくださいね」
 啓は、コンロへむかい、さっき何重に閉じた蓋をあけた。蓋を閉じる時に、もう一度、覗きこむ動作をした。
 蓋が閉まっているかどうかの確認をすると、啓は、ユウのいる場所へ戻ってきた。

「明日のスープです。まだ味がついていないものです。味見をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」

「は、はい……」
 ユウは、両手で差し出された器をすくい取るように、啓の手から受け取り、そして、啓に促されるまま、口をつけた。
 
「おいしいです……今日の料理もおいしかったですが、別の雰囲気があって……うまく言えないんですけど、明日の料理が楽しみです」
 
「よかった。あなたにそう言ってもらえて。今日は、ゆっくり眠れそうです」

「?」

「不安になるんですよ。これでよかったかと。少なくとも、あなたは、艦長と一緒に過ごした方だ。味とか、においとか、きっと鋭敏だ。……うまいまずいというのは、人それぞれ違うので、私はそんなに気にしていないのですが、私の感覚が落ちてきているんじゃないかと、日々心配なのです。艦長がお元気ならば、艦長にお願いしていたのですが、今日は、もう、お疲れのようでしたので、確認ができず、落ち着かなかったのですよ」

「そんな…私はそんなに敏感じゃないです」

「でも、あの紅茶に気づいたのでしょう」
 スッと何かが舞い降りたように、啓の言葉がユウの中へ入っていった。

「あたりです。実は、あの紅茶についてお聞きしたくて来たのです」
 
 ユウの言葉に啓はニコリと微笑んだ。


(5)
「触らないで」
 ヤマト底部の格納庫に澪の声が響いた。もともと、金属で出来たものばかりで囲まれているせいか、音はキリッと金属的に響く。澪の声は、皆が一斉に振る向くに足るほど、響き渡った。

「すみません。わざとではありません」
 頭を下げる男の前に澪は、腕を組んで立っていた。

「今のは、すれ違う時に、ちょっと接触しただけじゃない。謝っているんだから許したら」
 山県さおりが澪の肩を軽く一回叩いた。澪は振り向かず、体をこわばらせた。

「澪、これ以上、こじれるのなら、戦闘班長に入ってもらうことになるわよ」
 さおりは、他の人には聞こえないように、澪の耳元でささやいた。澪は、もう一度、相手の男をにらむと、自分の愛機のコクピットへ飛び込んだ。
 さおりは、小さなため息をついた。

「さあ、残りの作業を続けよぅ」
 さおりは、側の男と今までの様子を見ていた者たちに向かって声をかけた。

 さおりは、澪の愛機を見た。澪の体は、愛機の中にもぐったままだった。



「艦長からです。艦長室に来るように……とおっしゃっていました」
 調理室のインターフォンをとった啓(ひろむ)がユウに話の内容を伝えた。

「嫌ですね。どこにいるかわかっちゃうなんて」
 
「しかたがないですよ。ここに仕込まれている」
 啓は、ベルトのバックルを指差した。
 バックルから出る、個々を判別しているサインは、第一艦橋などでチェック可能で、また、最寄のインターフォンへ連絡できるようになっていた。

「ちょうどいいチャンスですね」
 啓の言葉に、ユウは、小さく息を吐いた。
 
「大丈夫ですよ」
 啓の笑顔につられるように、ユウは頷く動作をした。


(6)
「艦長、森です」

「入れ」
 
 大きく息を吸うと、ユウは自分の手をドアに伸ばした。
 ガタッと少し重たいドアを手に感じながら、ユウは、この艦の懐古主義的設計を恨んだ。ドアを開けるたびに、心まで重たくなるような気持ちになる。

「失礼します」
 進は上着を羽織った状態で、ベッドに腰をかけていた。ユウは、かまわず、ワゴンを艦長室の中に押し入れた。
 進の目はワゴンを見ていた。ユウは、小さく深呼吸をした。

「あの、紅茶をお持ちしました」

「寝る前に紅茶か」

「す、すみません。考えが及ばなくて」

「いや、いい。寝る前に、紅茶は、よく飲んでいた。医者はいい顔をしなかったが」
 進は顔を伏せたが、その口元に笑みを浮かべているのをユウは、見逃さなかった。
 小さく一礼をすると、ユウは、紅茶の用意をし始めた。

「さっき、コスモタイガー隊の隊員から、澪が神経質になっているという話をきいた。何か、心当たりはないか」

 ユウは手を止めた。
「……」
 
「やはり、原因はお前か……」
 
「好きだと……澪に言いました。軽い気持ちではありません。一人で辛そうな彼女を、少しでも支えることができたらと思って言いました」
 ユウは再び手を動かし始めた。

「一人で辛そう……か」

 ポットにお湯を注ぎこむと、ユウは、砂時計を立てた。砂がさらりと落ち始めた。その様子を見ながら、進が言葉を続けた。
「支えきれるか」

「わかりません。でも、今は支えたいと思ってます」

「彼女のすべてを?」

「はい……」

「澪はなんと?」

「まだ、答えをもらっておりません」
 進の顔を見るのを故意に避けるため、ユウは、砂時計の砂の流れ落ちるさまを見ていた。

「……澪を頼む…」

 ユウの頬は火照ってきた。とくんとくんと勢いよく血が流れ始めた。

「お前にできるのなら、彼女が背負っている重たい運命を支えてくれないか」

『重たい運命……』

「私も、真田も、彼女の運命を見守ることはできても、支えることはできなかった。お前にその気持ちがあるのなら、彼女を支えていって欲しい。ただし」

「ただし?」

「途中で投げ出すようなら、彼女のことはあきらめなさい」

 勢いよく駆け巡る血を制止するように、ユウは、両手のこぶしをぎゅっと握り締めた。
「私は、投げ出しません」

「彼女がこれ以上傷つくのを、見たくないのだ」
 
 ユウは、唇をかんだ。
 
 進は、ユウの顔をしげしげと眺めた。ユウの視線の先が砂時計であると気づくと、進も自然に目線を砂時計に移した。

「彼女には、同情はいらない。彼女は、相手が自分のことをどう思っているか、とても敏感に感じることができる。同情や心にもない言葉は、彼女をより傷つける」
 
 蒸らしの時間を計っていた砂時計の砂の最後の塊がさらりと流れた。最後の砂は、吸い込まれるように、スッと消えていった。
 進は、砂時計から視線をはずし、座っている姿勢を正すために体を少し動かした。

 ユウは、ポットをつかむと、カップに柔らかいライトブラウンの液体を注ぎ込んだ。手を揺らさぬよう、進のベッドの脇のサイドテーブルにセットすると、ユウは、一歩下がった。ホッと小さな吐息を立てたユウは、進の手がカップへ伸びていくのを、その位置から眺めていた。
 
 目の前に置かれたカップを持ち上げると、進は、紅茶の香りを楽しむように、鼻をカップに近づけた。小さく息を吸い、香りをかぐ。そっと、熱さを確認するかのように、カップに唇を寄せた。

『同情……』
 ユウは、進の喉の動きを見ていた。上下するのど仏の様子を見ながら、進が飲んでいるのを確認していた。その間、頭の中は、さっきの進の言葉を何度も繰り返していた。


(7)
 何分ぐらいすぎたのだろうか。ユウの空っぽの頭の中に、音楽だけが鳴り響いた。不思議とそれは、南十字島に住んでいる頃、進が好んで聞いていた曲だった。星を見ながら、音楽を聴きながら、進は時間が止まってしまったかのように、一人考え込んでいたことがあった。そんな進の姿を、ユウは、子どもの頃に何度か見たことある。紅茶を飲み終え、どこか遠くを見ている目の前の進の姿が、その姿と重なった。

「澪を……」
 進の唇がゆっくり開き、一旦止まった。

「お前に任せる」
 進は、ユウの目をまっすぐに見ていた。ユウは小さく頷いた。


「水?」
 ユウは、目をぱちくりさせた。

「そうですよ。地球の水は、その場所ごとに、成分が微妙に違うのです。水で作る料理やお茶類は、水の種類で味が左右される。これは、南十字島で使用されている水です」
 啓は、一本のビンを差し出した。

 食後に出された紅茶は、子どもの頃に飲んだ紅茶の香りや味を蘇らせてくれた。そのなぞを確かめるべく、コック長を訪ねたユウは、答えのそのものであるビンの中身を揺らしながら、狐にだまされたような気になった。

「何本か取り寄せておいたのですよ。南十字島の水を」

 コック長の長谷川啓の片目が、ビンの中の水に反射した光に反応せず、にごった魚の目のような色に光った。
 ユウはぼんやりした記憶の中に、長谷川の不思議な瞳と同じ瞳を持った人がいたことを思い出した。
「あの、コック長はご存知ですか? 僕が生まれた頃、艦長が軍を辞めたことを……すみません。いろんなことをご存知なようなので」

「いいえ、私は知りません。私は、その頃、遠く離れたところにいましたから」

「そうですか……」
 ビンの中の水が小さくぴしゃんとはねた。

「でも、きっと、軍人として生きることが、一番やりたかった仕事ではなくなったのでしょう」

「では、どうして戻ったのですか」

「やるべきことができたからではないでしょうか」

「やるべきこと……」

「艦長は、あなたや奥様をとても愛していらした。そして、自分たちを育んでいる地球や宇宙のことも。昔、自分の命をかけて、地球を護った人だから……もしかしたら、軍を辞めている間も、ずっと、地球を護っていたのかもしれないですね。艦長のやり方で」
 海洋生物が地球の海に、自分の力で生きていけるように、いろんな海獣や哺乳類を飼育して研究していたのは、そういう理由だったのかもしれない。進が子どもの頃見た自然を、いつも話して聞かせてくれたことをユウは、その時の進の顔を懐かしく思い出していた。

「あなたは、今、この艦(ふね)の乗組員の一人だから、艦長は、父としてあなたに言いたいことがあっても言えないのだと思います。でも、あなたと艦長は、ずっと繋がっている。それは血だけではなく、いろいろな物に対する考え方やたくさんの思い出で。同じ時を同じところで過ごしたあなた達は、同じ視線でいることができるはずです。あなたがこの紅茶で感じたことと同じことを、艦長もきっと感じているでしょう」

 ユウは、ここがヤマトの艦長室ではなく、南十字島のあの家ならばと一瞬思った。そうであれば、目の前の父は、やさしく微笑んで言ってくれたであろう。『がんばれ』と。そして、……
 
 ユウは目を閉じ、その考えを頭の中から追い払った。目を開くと、ユウは、進の真正面に立ち、背筋をこれ以上ないくらい伸ばした。深く一礼し、体の向きを変えると、ユウはそのまま艦長室をあとにした。



(8) 
「寝る前に紅茶ですか。まあ、寝酒よりマシでしょう」
 夜の診察に来た佐渡酒造は、日本酒の独特のにおいを体から発しながら笑った。通常勤務中は、飲酒はご法度だが、佐渡は、代々のヤマト艦長から黙認されている。佐渡は、カバンから取り出した機械の末端部を、手際よく、進の体につけ始めた。
 
 ベッド脇のテーブルの上には、飲み干したティーカップがそのままになっていた。
 進は、さっきのユウのことを思い出していた。

 トゥートゥートゥー……
 医療機器についているディスプレイの数値が動き始める。佐渡は、メガネの柄の部分をつかんで、メガネのレンズの位置を動かし、数字を確認している。
 佐渡はメガネの柄を、そっと持ち上げ、元の位置に戻した。メガネ越しから見た進は、何かを考えながら、それを否定するかのように首を振っていた。
「何かありましたか? 艦長」
 
「わかりすぎるのも、いけませんね。それ以上言えなくなる……」
 佐渡は、その言葉の意味することが分からなかったが、その目と手は進の診察をそのまま続けた。メガネの奥の小さな目は、進の体につけた医療機器の数値を次々に読み取っていた。

「つい、手や口を出したくなる。言葉に出せば、どうなるかわかっているのに」
 進は、窓の外の星々に目をやった。

「お手を失礼」
 佐渡は進の手をとり、袖口のボタンをはずし巻き上げた。手首部分に指を添え、脈をはかり始めた。進はその間、口をつぐんだままだった。

 脈拍数は機械でも測ることができるのだが、佐渡はいつも、それを診察に付け加えていた。丁寧に、進の指先から手のひらを眺め、普段どうりの血色と温かさを確認すると、佐渡の診察は終わった。

「数値はクリアしてます。明日は無理をなさらないようにしてください。艦長。時間が長くなるほど、体と頭の回転は鈍くなります。休めるときは、休んでください」
 佐渡は、進の診察のために開けた進の衣類を元の状態に戻し始めた。

「先生……」
 進は、佐渡の手の動きを見ながら、声をかけた。しかし、その先はなかなか言葉にならなかった。一旦、顔を上げた佐渡は、そ知らぬ様子で片付け始めた。進は、その姿を目で追いながら、小さな吐息をつくと、言葉を続けた。

「ヤマトの最初の航海のときのことを憶えていますか、佐渡先生。ユキが仮死状態になったときのことです。私はとても後悔していました。それは、彼女に、自分の気持ちを伝えてなかったからです」

 佐渡は見ていた。仮死状態になっていたユキの側にいた進の姿、ユキが目覚めた時の進の喜ぶさまを見ていた。しかし、佐渡は何も言わず、ただ黙々と片付けを続けた。

「言えなかった方が良かったのか、言った方がよかったのか……」
 進は、言葉を止めた。

「どう転んでも、人間、いつかは、立ち直れますよ。石橋は叩かなくとも、実際わたってみることも必要です。たとえ、崩れてしまいそうな橋でも、わたる必要がある時は、渡らなければならない。渡る必要がなければ、大回りしてもいい。それを決めるのは自分、誰の責任ではない。そうでしょう? 艦長」
 進の口もとは、にゅっと歯を出して笑う佐渡の笑顔につられるように緩んでいった。

「そうですね」
 言葉と裏腹な進の顔を見ていた佐渡は、初代艦長沖田十三の言葉に答えていた、若い頃の進の横顔を見ているようだと思った。



(9)
 ユウは手を止めた。先ほどから続けてノックをしているのだが、澪の部屋の中からの反応がない。
 
 『澪をお前に任せる』と言った進の言葉が、ユウの中でどんどん大きくなっていった。

 ユウは、最後だと言い聞かせて、小さなノックを一つだけした。
 トンッ
 それは、叩いた直後に吐いたユウのため息の方が大きいのではないかというほど、かすかに聞こえる程度の音だった。

「はいって」
 ユウは、どこからか響くその言葉に、あたりを見渡した。

 カシリ
 ドアの鍵がオフになる音が響く。ユウは、回したドアノブの感触で、確かに鍵が開いていることを確認した。

「入るよ」
 ユウは、入り口のドアのノブを押した。部屋の中は暗い。だが、誰かが見ているかもしれないとユウは、ドアの小さな隙間に身をすべり込ませるように部屋に入った。

 澪の部屋は、暗かったが、たった一つだけ、足元のライトが点いていた。目が慣れていくと、ライトの灯りの端が澪の足元をほのかに照らしていた。
 ユウは、目を細め、暗さに目が慣れるのを待った。薄ら灯りの中に澪のシルエットが、足元からだんだんと浮かび上がってきた。バスロープを羽織っている澪が、まるで浮いているように、ふわりと立っていた。
 体を覆っていた澪の髪は、床からの光を受けて、柔らかな光を発していた。その豊かな髪にかくれるように、澪は顔を伏せていた。

「あっ」
 ユウは、思わず声を発してしまいそうになった。澪の足元からの光をたどって、伏せた顔を覗き込もうとした瞬間、澪のバスロープの下から白い肌が現れた。
 しゅっと、自然に滑り落ちるように、澪のバスローブは、床へ落ちていった。

「ちゃんと見て」
 顔をそむけようとしたユウに、澪の言葉が飛び込むように入ってきた。

「私をちゃんと見て」
 
『彼女は、相手が自分のことをどう思っているか、とても敏感に感じることができる』
 進の言葉を思い出し、ユウは、一度下げた頭をもたげ、もう一度、澪の姿をみつめた。


(10)
 ユウの目は、次第に、部屋の暗さに慣れていった。慣れていくにつれて、髪の下の澪の体も薄っすらと浮かび上がってきた。光が作る体の陰影が、澪の肌の白さをより鮮明にしていた。

 ユウは、澪に向かって歩き出した。

「来ないで」
 少しうつむいていた澪が顔を起こした。

「お願い、私の話を聞いて」
 その言葉にお構いなしに、ユウは澪の側に近づき、澪の足元のバスロープを拾い上げた。澪は、その様子を微動することなく、ずっとみつめていた。
 
 さっと伸びたユウの手が、澪の体を覆うように左右から近寄っていった。その動きに反応して、澪の体にきゅっと緊張が走った。

「ダメだよ。もっと、自分を大事にしなきゃ」
 ユウのささやきと共に、澪の両肩に、バスローブがふわりとかぶさった。
 ユウの目の前には、唇をかんでいる澪がいた。澪は、ユウの胸をそっと押し、これ以上接近しないように、二人の間に空間を作った。

「お願いよ。私の話を聞いて……あなたにだけは、ちゃんと自分から言いたいの……」
 ユウの鼓動は早くなっていった。
 澪は、言葉を続けた。

「私は、人じゃないの。地球の市民権だってない。私は、ただのコピー……」

「コピー?」

「そう、オリジナルじゃない……私は、イスカンダル人と地球人の間に生まれた少女のコピー」
 
 進と真田志朗と共に写っていた少女の笑顔が、ユウの脳裏に浮かんだ。
 『クローン』
 その言葉と共に、地球連邦の憲法の中に謳われている〈我々地球人は……〉という言葉を思い出した。宇宙の平和維持のための努力、人としてのいろいろな権利が羅列されている。その中の一節……

 我々地球人は、人の中から産まれし生命体であって、何人も、これを冒すことをしてはいけない

 それを冒した者は、厳罰に処せられる。そして、人工的に生まれしモノは処分されると言われている。

 澪の頬に、小さな宝石のような雫が流れ落ちた。
 
「君は、君だ」
 ユウは、肩からずり落ちそうになっていたバスロープをつまみ、そっと、首筋へ引っ張り上げた。澪の体が、また一段と萎縮していったのをユウは感じた。

「僕にとっては、君は、一人の人だ。誰のコピーでもない。僕の真田澪は、君一人しかいないんだ」
 澪の頬に幾筋の涙が流れていく。ユウは、震える澪の体を両手で抱きしめた。

 澪は、それ以上何も言わず、ただ、泣くばかりだった。肩を震わせ、怖がって泣いている子どものように、体を小さくして、ユウの胸に顔をうずめていた。
 ユウの指先は、そっと澪の後頭部をなでた。澪の柔らかい髪の毛が、指の間をすり抜けた。
 
 『ああ、そうだ、僕も泣いたときにこうしてもらっていたんだ……』
 今、澪を愛しいと思う気持ちが、昔の思い出から続いていたのだと、ユウは気づいた。


(11)
「温かい……」
 二人は、狭いベッドの中、寄り添っていた。素肌を重ね、指を絡ませる。

「これでよかったの?」
 澪は、ユウの言葉に小さく頷いた。

「こんな風に、安心できる所があったんだ……」
 澪は、ユウの首に手を回し、ユウの体と自分の体をさらに密着させた。
 
「涙?」
 ユウは、首筋に感じた濡れた感触を手で確認した。涙で潤んだ澪の瞳から澪の頬へむかって、涙がこぼれ落ちていて、その涙が、ユウの首筋へ伝わっていた。
 ユウは、澪の頬をそっとなでた。

「大丈夫。嬉し涙だから」
 澪はうずめていた顔をユウの胸から離した。二人の顔は、鼻先が触れるほど近く、向き合っていた。
「なら、よかった」
 ユウは、微笑んだ。
 
 ユウの笑みは、次第に大きくなっていった。
「どうしたの?」
「ううん。君に内緒にしてきたことがあったんだ」
「何?」

 ユウは、澪の耳元の髪を手ですくい上げた。
「こんな風に、君の髪を触ってみたかった」
 澪の細い髪の毛が、ユウの指に絡まる。
 澪は、自分の髪を何度もすくう、ユウの指先を見ていた。

「いいよ、ユウなら……私ももう一つ内緒にしていたことがあったの」

「何?」
 ユウは手を止めた。
 ユウは、黒く輝く瞳を包むように、何度もまばたきをした。澪は、そのユウの驚いた顔に笑った。

「私には、サーシャという名前があるの」

「なんだ……」
 ユウは、一つ息を吐くと、頷いた。
「よかった、もっとすごい話が出てくるかと思った。でも、僕も、もう一つ、内緒にしていたことあるから、あいこかな」

「何? 何?」

 ユウは、澪の耳元に唇を寄せると、そっと囁いた。
「……」

「えっ、そうなの?」
 今度は、澪が長いまつげを上下に揺らした。

「誰にも言わないでね」
 ユウは、澪の唇に、人差し指をそっと近づけた。

「あなたもよ」

「ああ、誰にも」

 二人は、ぎゅっと相手の体を抱き寄せ、相手の肌を感じあっていた。二人の体は、よりがかかった糸のようにさらに体を密着させていった。


(12) 
 澪は、手を伸ばした。
 隣に何かがあることは分っていたが、それが、ユウではないことは確かだった。指先に感じるのは、昨晩触れていたユウの肌ではなく、動かぬモノだった。
 体を起こすと、その物体を抱きおこした。枕だった。その枕に手紙が、部屋にあったひもによってくくりつけてあった。

「ばーか」
 澪は、枕についていた手紙を頬に摺り寄せた。

〈出撃前のチェックをしてきます〉
 
 澪は、その字を何度も何度も読み返した。

「ばーか」
 澪は、枕をぎゅっと抱きしめた。



 ユウは、アナライザーと共に、コスモゼロを整備していた。アナライザーの体がチカチカと光り、ユウは、手に持っていた端末の数字を少しずつ変えていった。

「よし」
 ユウは、端末からアナライザーに伸びていたコードをはずした。
 複座式のコスモゼロの後の座席からコードをたどり、前の座席のアナライザーの体に刺さっている部分を引っ張ると、さっきまでちかちかしていた光りが一斉に消えた。

「熱心だな」
 ユウは、顔を上げた。
 声をかけてきたのは、ヤストだった。ユウは、反射的に端末を体の陰に隠した。
「ちょっとね」

「ふーん」
 ヤストは何度も頷いた。
「ほどほどにしろよな」
 
「ああ」
 

「艦長の乗るのは、複座のコスモゼロの方?」
 ヤストの後ろから、桜内真理の声がした。
「二人そろって、何をしているんですか?」
 
「アナライザーが入るかどうか心配で」
 ユウは、アナライザーの体をトントンと触った。

「入るわよ。葵がちゃんと入るように特別な座席にしたみたいだから」
 真理の目の下には、薄っすらとクマが出ていた。ここ数日、寝るのを惜しんで、作業をしていたせいであった。
 
「桜内さん、あなたは何をしに?」

「格納庫の人に、ワープの時の体制についての確認よ。こちらの形勢が不利な場合は、ワープをしてこの空域から避難しなきゃならないから。ここの段取りがきちんとしていないと、スムーズにワープできないの」

「なるほど」
 ユウとヤストは同時に答えた。二人は、互いに手を差し出して、次の言葉を譲り合った。真理は、目を細めた。その目が、他人事のように演じる二人をにらんだ。

「砲術長。あなたの管轄部署にも、これ、配ってきましたから、ちゃんと、目を通しておいてください」
 真理は、手に持っていた冊子を振った。

「わかりましたー。戦闘班長、寝る時は、自分の部屋にしろよ」
 ヤストは、笑みをユウに送ると、サッと体の向きを変えた。


(13)
 
「……以上、今回は、三つの隊に分かれて、臨機応変にそれぞれ役割を負う……しかし、第一の目的は、艦長の護衛であることを忘れないよう。攻撃は軽軽しく行わないように」
 格納庫に集合していたコスモタイガー隊の面々は、ユウの言葉を逃さないよう、静かに耳を傾けていたが、ユウの最後の言葉を聞くと、何箇所からざわざわと声が出始めた。

「チーフ、もし、相手が攻撃を仕掛けてきたら、OKですよね」
 三上大樹が手を上げ、発言すると、またフロアは静かになった。

 ユウが答えにつまっていると、ヘルメットの調整をしていた進が助け舟を出した。
「向こうが作戦として攻撃をしてくるのなら、OK。個人的なアタックなら、少し様子を見る……今回は、外交的な要素が大きい。後々、こちらが不利になるような行動は慎む……」
 進は、話しながら、コスモタイガー隊のメンバーの顔をサッと見、微笑んだ。

「まあ、学校では、そう習う所だが、戦闘が始まれば、どの攻撃が作戦なのか、個人的なものなのか、の判断ができるわけではない。攻撃するにしても、撤退するにしても、それは、各隊の隊長の判断に任せるが、隊員全員が無事帰還できることを第一に考えて欲しい。戦闘の後でなんとでもなる。しかし、君たちの命は一つしかないことを肝に銘じて行動してくれ。そして、自分の命は、自分だけのものではないことを……戦闘班長、これでいいかな」
 
「ありがとうございます。艦長」
 ユウは、進に頭を下げたあと、背をピシッと伸ばした。
 進は、緊迫感をコスモタイガー隊のメンバーそれぞれの緊張した面持ちを。
「この後は、各隊でそれぞれ打ち合わせをしてくれ」
 
 ユウの言葉を聞きながら、進は、また、ヘルメットをかぶり、通信系統のチェックをし始めた。

 それぞれ散っていく隊員たちを見ていたユウは、自分の目が、澪を追っていることに気がついた。澪もその視線に気づいたのか、ほんの少し立ち止まって、にこやかな顔で軽い敬礼をした。ユウも、それに答えるように、手を額に持っていった。

 ユウは、どきりとした。澪が方向を変えて走り出す時の、ほんの一瞬見せた美しい横顔。目元、口元、頬……澪のすべてが、ユウに微笑みかけている。すべてがユウに向けられている。
 
『写真の母のようだ』
 ユウは、自分と母であるユキが写っていた写真を思い出した。母の笑顔が澪の笑顔と重なる。人は、幸せな時に、一番美しい笑顔をするのだとユウは思った。そして、その笑顔を見ることができた人は、一番の幸せ者だと思った。
 ユウは、金髪を揺らして走る澪の後ろ姿を眺めた。

「おい、三上」
 ユウは、澪を追いかけるように自分の前を通り過ぎようとしていた三上大樹の首を、腕で抱きかかえた。
 顔を近づけると小さな声でつぶやいた。
「補佐頼むな。最近、たまに調子が悪くなる」

 一瞬何を言われているのか気づけなかった三上は、ユウの視線の先に澪を見つけると、にやりと笑った。
「わかりました。澪さん、出して大丈夫なんですか?」

「出るなって言っても、かくれて出るからな。とにかく澪の調子が悪くなったら、サファイア隊は下がれ。第一艦橋のヤストにも言い含めてある」

「心配性なんですね。彼氏として」
 ユウは、噴出しそうになったが、三上大樹の首に巻いていた腕に力をいれ、さらに、ぎゅっと絞めた。
「バカ。オレは公私混同はしてないからな」

『壁に耳あり……だな』
 小さい艦内では、ヒミツは難しいことは、なんとなくわかっていたが、皆の周知になることに恥ずかしさはなかった。

「戦闘班長、オパール隊の打ち合わせをお願いします」
 
「ああ、すまない」

 パターン別の行動カードを配りながら、ユウは、ヘルメットをかぶりコスモゼロの後部座席に乗り込む進の姿を、確認していた。


(14)
「……この隊は、一番、フレキシブルな動きをする。非常時には、艦長の帰艦を最優先に行動すること」

「以上ですか?」
 隣にいたオパール隊副隊長の片桐が、ユウに確認を求めた。

「このオパール隊は、三隊の中で一番早く発艦して、帰艦は最後となり、文字通り殿(しんがり)となる。艦長が帰艦した後は、とにかく、みな無事に帰艦できるよう、気をぬかないように。以上」
 副隊長の片桐は、ユウが話し終えるのを確認すると、一言付け加えた。
「次の命令が来るまで、発進準備……ですね」
 ユウが頷くと、オパール隊メンバーは、待ちきれない様子で、個々の愛機へむかって駆け出していった。

「片桐」
 ユウは、自分の側にまだいる片桐の名を読んだ。

「君は、もう一機、萩原とともに、艦長がヤマトへ完全に帰艦するまで、艦長の機の護衛についていてくれないか」
 片桐は、その言葉を聞くと、顔を曇らせた。

「戦闘班長は戦闘が始まったら、どうなさるおつもりなんですか」
 その声は、不満に満ちていた。

「もし、艦長の機が狙われたら、私が他の隊を指揮する。戦闘になったら、各隊ごとに動くことは出来ないからね。君と萩原は、艦長の機から離れないで護衛だけに専念して欲しいんだ。もちろん、艦長が着艦して無事ヤマトに着けば、2機とも戦闘に戻ってきてもいい」
 片桐の緊張した顔が、少しずつ緩くなっていった。ユウは、片桐が、根っからのファイターであることを知っていた。
 
「片桐、護衛は大事な役割だ。敵は、艦長を狙ってくる。気をつけてくれよ」
 ユウは、片桐の腕をぽんぽんと2回叩いた。

「わかりました。戦闘に遅参することになりますが、必ず無事、艦長機を帰艦させてみせます」
 
 戦闘は、命を失う可能性がある行為である。できる限り、自分の思い描く戦い方をしたいというのは、当然の欲求である。ユウは、片桐の気持ちがスッと切り替わっていく姿を見、自分の中の小さな決心を思い出した。
『あとは……』

 ユウは、ヘルメットを装着し、耳元の通信スイッチを押した。

(15)
「艦長、コスモタイガー隊の準備完了です。定刻通り発艦できます」

「了解」
 進の声を聞くと、ユウは、耳元の通信スイッチをそっと押し、オフにした。
 ユウは、進がいるだろう辺りを見上げていた。コスモゼロの翼の近くに立つユウからは、進がこちらを向いてくれなければ、顔を見ることができない。

「艦長、お気をつけて」

 コクピットの風防ガラスは開いていたが、ヘルメットを完全につけている進には、ユウの声は届いてはいなかった。それでもユウは、あえて声を出して、手を胸に持っていき敬礼をした。
 進の前の席に座るアナライザーの体がチカチカ光っている。その後ろに座る進の姿は、肩の辺りが少し見えるばかりだった。見慣れた背中……ユウは、暫く、進の背中を見たあと、わずかに微笑んで、愛機へむかって駆け出した。
 


「オパール隊、発進しました。次は、艦長のコスモゼロがでます」
 目の前の画面の隅のカウントと艦艇のカメラに映る発進口付近の様子をチェックしていた桜内真理の無表情な声が第一艦橋に響いた。第一艦橋のスタッフは、立ち上がって、前面のパネルに映し出された画像を見た。

 パネルの画面には、銀色の側面をきらめかせながら、暗い空間へ飛び出していくコスモゼロが映し出されていた。画面から、その姿が確認できなくなると、島次郎は、フッと体の力を抜いて、イスに腰をおろした。




 澪は、ヘルメットの上から、触れるはずのないこめかみ付近を両手で押さえていた。目を開けていられないほどの激痛が何度も走り、澪の額には、汗が浮かんできた。

「隊長、次は、サファイア隊が発進する番です」
 澪の耳に、三上大樹の声が届く。

「隊長、大丈夫ですか」
 澪は、首を小さく振った。

「大丈夫よ。武者震いってこういうことかしら。ゾクゾクしてきたわ」
 その言葉を逆らうかのように、澪の額の汗が、首筋まで流れて落ちていった。


(16)
 発艦後、計器類が異常なく動いている事を確認した進は、深呼吸をした。心の片隅では、しこりのように決心つかないことが残っていた。
『自分の意志を通すか、それとも……』

 ヤマトから出てきたコスモタイガーの機体は、次々に周りを囲んできた。
『まるで捕らわれているみたいだな』
 
 

「コスモゼロの操縦は?」
 イスに座って、パネルを見ていた次郎が質問をする。
「アナライザーがやっていると思います」
  ヤストの答えを聞いているのかいないのか、次郎はそのあと何も答えなかった。

『艦長を艦外に出してよかったのか?』
 次郎は、ぎゅっとこぶしを握った。
 


「古代は、どうするかな?」
 
「どっちに転んでもいいんですよ。時間がないことにあせっている地球市民もいる。ボラーの提案がうさんくさいっていう市民もいるし、とりあえず、飲める条件で命が助かるのならっていう市民もいる。世論をうまく持っていかないと、不満を持っている者が暴動を起こす。古代が行くことによって、少しでも、皆が納得できればいい……政府の見解なんか、そんなもんですよ。古代が人身御供になってしまっても、英雄として祭られるだけです。だから、古代は、どんな結果であれ、生きる方を選べばいい。無駄死にする必要なんてないです。そうですよね、真田さん」
 相原義一は、真田志郎の問いに、吐きだすように答えた。



「サファイア隊、ルビー隊、配置完了」
 ユウの元へ、ヤマトからの通信が届いた。これと同じ言葉が進にも届いているはずだった。
 ユウたちのオパール隊は、大きな三角、その後ろには、進の乗るコスモゼロを頂点に萩原機と片桐機が小さな逆三角形を作っていた。サファイア隊とルビー隊は、小さな三角を上下にはさむ三角形型に編隊を組んでいた。

 点にしか見えなかったトナティカの衛星が、徐々にせまってきた。

「トナティカの衛星アフィラの柳の丘の端にある、ボラーの基地に下りるようにとの連絡が入りました」
 フェイの声が耳に届く。
 
 トナティカのアフィラ……心の中の泉と言われ、星の形・表面はいびつで、見る人の心の状態よって見え方が違うと言われている。山脈が行く筋も走っている地面は、トナティカの太陽の日を受け、それによってできる陰によって、地表の様子を変えていた。柳の丘というのは、地球人が名をつけたらしく、トナティカで呼ばれている本当の名前は、ユウにもわからなかった。というより、名前があるかどうかもわからなかった。柳の葉が風に吹かれてなびいているように見えたから……そんな話を誰かから聞いたことがあった。しかし、ユウは、トナティカに住んでいる時、一度も、それが柳に見えたことがなかった。

『柳……いや、ちがう……』
 柳がなびいているというより、長く細い指をした魔女が手招きしているようにユウには思えた。



 小さな逆三角形だけが、衛星アフィラの柳の丘へ下りていく。

『艦長の目には、あの地表はどんな風に見えるのだろうか』
 ユウは、他の2機より大きい胴体のコスモゼロが、ゆっくりと下りていくのを見守っていた。


(17)
「来たか……」
 窓がない部屋にいたスヴァンホルムは、インターフォンから知らされた情報を聞くと、小さく足を鳴らした。カツンと乾いた音だけが部屋に響く。スヴァンホルムは、上着の襟元を整えた。

「話し合いがうまくいかなかった場合は、拘束ですか?」
 先ほどからのスヴァンホルムの動きを見ていた副官が、声をかけた。
 スヴァンホルムは、その問いに答えず、部屋のドアへ向かっていった。

 ふと、思い出したように、スヴァンホルムは立ち止まった。あとからついて歩いていた副官は、スヴァンホルムとぶつかりそうになった。
「拘束はまずいだろう。私にも誇りがある。ボラーの政府にもその程度の誇りはあるだろう」
 副官は一歩下がり、胸に手をあて、目を閉じた。ボラーでは、その動作は、自分も同意した場合にする。

「一人で来ているのだ。こちら側に粗相のないように」
 スヴァンホルムの言葉を聞くと副官は、耳の外耳につけていた小型マイクを口元に持っていった。

「スヴァンホルム指令が部屋に向かわれる。客人に粗相のないよう、部屋に案内しろ」



「どうかなさりましたか? ヴィ・クァ・アンファーブさま」
 異形な月を見つめる人影を、一人の老女が声をかけた。

「こんな所に出てきてはなりませぬぞ。ボラーも、このうぶすなの島には、直接手を出しませんが、彼らの鉄の鳥(人工衛星)は、この星の周りにたくさんいるのです」
 女は、頭から覆っていたベールをさらに深くかぶった。

「今宵は、空気に異音が響いております。こんな時は……」
 老女が言葉を止めた。

「あぁーあー、わあー」
 遠くから聞こえる叫び声に、老女は、眉間にしわを寄せた。
「あれ、あのように、彼女も、音を聞き取ったようです。私は、彼女を迎えに行ってまいりますが、あなたさまは、お屋敷にお戻りください」
 老女は、足早に声の方向へ向かったが、何かを感じたのか、立ち止まり振り返った。
 先ほどまでいたベールの女の姿をもう一度探した。女は、先ほどと同じところに、先ほどと同じ姿勢で立っていた。

「やれやれ、お声のきこえないヴィ・クァ・アンファーブさまとのお付き合いは大変じゃ」
 老女は、また、声のする方へ走り出した。

 ベールをかぶった女は、ベールの端にちらちらとのぞかせていた銀の髪をしまい込むと、背を曲げて、夜陰に紛れ込むように消えていった。
 
 

「イシュ・ファ・アロに渡ろ イシュ・ファ・アロに渡ろ」
 進は、案内された部屋の窓から見えるトナティカを見ながら、トナティカで聞いた歌を口ずさんだ。

「イシュ・ファ・アロには、帰れない 大人になったら帰れない」
 その先が思い出せずに、歌は、途中で止まってしまった。

『スヴァンは知っているだろうか』

 その時、扉が開いた。


(18)
「ようこそ。というより、よく戻ってきたな、古代」
 スヴァンホルムは、両手を差し出した。
 進もその動きにあわせるように手を差し出した。

 お互い相手の肘をつかんだが、スヴァンホルムは、進の肘を押しやるように、体をつけ離した。
「相変わらず、だな」
 スヴァンホルムは、鼻で笑った。
 
 スヴァンホルムは、肘をつかむ挨拶の意味を語ることをあきらめた。そして、バカ正直に一人で来た進にあきれていた。
『相変わらず、無防備な男だ。だが、それは、見せ掛け、私はだまされない……』

「スヴァンホルム、君は、イシュ・ファ・アロの歌を知っているか」
 
「本当に、君は、不思議な男だ。ここがどういう話をするために来た所かわかっているのか」

「君なら、イシュ・ファ・アロの歌の続きを知っているはずだと・・・・・・そう思ってきた」

「大丈夫だ。君の言いたいことはわかっている。私たちは紳士的にこの星を支配している。聖地であるイシュ・ファ・アロには、入っていない」

「イシュタルムがよく歌っていた……君なら、憶えているかと思ったからだ。今度、イシュタルムに聞いておいてくれないか」
 進の言葉に、スヴァンホルムの唇は、きゅっと閉じてしまった。
「すまない、イシュタルムと君は、一緒にいるものだと思った」

「君たちが去ったあと、君たちを逃したということで、本国へ私は引き戻された。そう、イシュとも、会っていない」
 
 今度は、進が唇を閉ざした。

「イシュ・ファ・アロに入れない……大人の男…女を知った男は俗物だからな、大人になったら入れない。神の子を産む女性は、神の子を宿す子宮を持つ。だから、特別に神に一番近いイシュ・ファ・アロに入ることができる……根強いよ。まだ、発展途上のこの星の人々は、迷信を信じる。イシュ・ファ・アロを汚したら、彼らは、死ぬ気になって、戦いにでる。でも、今は、我々が、ちゃんと管理していることをわかっているので、彼らもおとなしくしている」

「そうだろうか」

「我々は、ガルマン・ガミラスよりよっぽど紳士的だ。ガミラスに攻められたことのある地球人なら、わかるだろう」
 スヴァンホルムの唇の先端が顔を裂くように伸びていった。
「ガルマン・ガミラスも、あちこちほころびかけている。崩壊も近い。デスラー総統が、実は、もうこの世にいないからだというのが、一番の理由らしい」


(19)

「心理戦だな」
 真田志郎はつぶやいた。

「心理戦?」

「ああ、お互い自分が不利になる情報は、相手には言わないだろうが、相手が心理的に揺らぐような話を持ち出しながら、情報を得る」
 太田健二郎の疑問に、相原義一が丁寧に答える。

「二人は、三年前に会っていた……というより、結構仲が良かったらしい……古代自身は、トナティカのことはあまりしゃべらなかったが、トナティカからの帰還者からの話によるとね。だから、かなりプライベートな質問も多いだろうってことさ」
 義一は、少し自慢げに、健二郎に話した。

「それって、ユキさんのこととか?」
 
「まあ、ユキさんのこともあるけど、古代も、相手の事を知っているはずだから、相手が動揺するような話も出すだろうな」
 
 真田志郎は、義一と健二郎のやり取りを聞いていた。
『飲まれるなよ、古代……』
 志郎は、祈りたい気分になった。



 一方、トナティカでは、広い部屋に置かれたイスに座った二人の男が、黙ったまま、座っていた。

「デスラー総統と君の関係は、こちらも周知なのだ。デスラー総統がどういう理由で君たちに呼びかけたかはわからないが、彼は、長く人前に出ていない。ガルマン・ガミラスとしては、君たちを緊張地帯におびき寄せて、我々ボラーとの戦闘を有利にしたいと思っているだけだ」
 進は、答えず、じっとスヴァンホルムの様子を眺めていた。

「ヤマトは唯、航海しているだけでいい。ボラーの勢力圏内をヤマトが航行すれば、私たちボラー連邦が、普段と違う配置になる。ヤマトに気を取られている隙に、ガルマン・ガミラスが攻めてくる……ガルマン・ガミラスは、君たちのことなど考えてない。あくまで、自分たちにとって、有利になることだけしか頭にないのだ」

 スヴァンホルムは、イスから腰を上げ、体を少し乗り出し加減に座りなおした。
「私たちボラーは、地球人とは友好な関係を望んでいる…」
 スヴァンホルムは、醒めた目をして話を聞いている進に気づいた。

「君は、変わったな、古代」
 
 進は、組んだ手をはずした。
 スヴァンホルムは、自分の腰へ手を伸ばした。ちょうど後ろポケットある辺りに、銃のホルダーがある。
 
 進は、両手の平をスヴァンホルムに向けた。
「銃は、持っていない。それは、昔、君と会っていた時もそうだった」

「君は軍人ではないと言っていた。でも、どうだ、本当の君は、ボラーでも、ガルマン・ガミラスでも、名が通っている戦士だったじゃないか」

「あの時は、本当に私は文官として、トナティカへ来たのだ」
 進は、口を閉ざした。スヴァンホルムの顔は、みるみる赤くなっていった。

「方便でしかない……君の言葉は」
 
「そうかもしれない……スヴァン、君にはきちんと話しておくべきだった。別に隠していたつもりではなかったのだから……」
 
『ただ、自分の過去を人に話すのが億劫だった。自分のすべてを話さなくてはならなくなるから』
 進は、考えを切り替えた。

「スヴァン、私は、君と過去の修復にきたわけではない。君もそうだろう。話を先に進めてくれないか」

(20)
 スヴァンホルムは、前のめりになっていた体を起こし、背を伸ばした。
「確かに。残念だが、私は、君を信頼していない……では、ボラー連邦からの提案をさせてもらう……1. トナティカに地球人を避難させはどうか。 2. このことを契機にボラー連邦に地球も加わる。もちろん、独立国としてだ。 3. 友好条約内には、必ず、トナティカにボラーの軍を残留させること。これは、このトナティカという特殊な位置にあるため、ボラー連邦にとって、大切な星であるため、ガルマン・ガミラスからの攻撃に対するけん制の意味もある……どうだ、古代、決して悪い条件ではない。我々、ボラー連邦は、多大な被害を地球に与えてしまった代わりに、できる限りの事をしたいと思っているのだ」

「ボラー連邦を信じろと?」

「そうだ」

 進は、目を閉じた。
 スヴァンホルムに伝えるべき言葉を、一つずつ選びはじめた。

「スヴァン、私は、君を信じることはできる。だが、ボラー連邦を信じることができない」
 
 進とスヴァンホルムの目があった。

「なぜだ?」
 
「君は、人を愛することも、そして、大切に思うこともできる。けれど、ボラー連邦はそうではない部分がある。君も知っているのではないか」
 
 スヴァンホルムへの今の質問は、言葉に出すべきではなかったと、進は反省しつつ、次の言葉を探した。
「すまない、今の話は、私の個人的な意見だ。適切ではなかった……話をもとに……トナティカには、多数の民族が住んでいる。それも星全体に、そこに地球人が住めると思っているのか」

「大丈夫だ、彼らは、文化も文明もうんと低い。トナティアカの人々だけは、他の星との交易もあって、文化文明は高いが、それでも、彼らは、単独で、宇宙に出られるほどの文明を持っていない。充分、住むのは可能だ」

「スヴァン、彼らは住んでいるのだよ、生活をしているのだよ」
 進は、ゆっくり、低い声で、諭すように話し出した。
 
「ある程度エリアを限定して、移動してもらえばいい。私たちの調査では、この星の人口は、この星の資源と比較して、決して多くない。もっとたくさんの人々が生活できる資源と土地がこの星にはある」

「代々住む土地から追い出せと?」

「気候も資源も豊かな土地だ。それでは、地球人が、あまり人の住んでいない寒冷地域や乾燥地域に住めばいい。多少の先住民の移動は、いたしかたないと思わなければきりがないぞ」

「それでも、移動させられる人がいるのだ。長く住み慣れた土地から離れて住むのは大変だ」

「大変ではない。彼らは、まだ未開な生活をしている。資源があれば、それなりにどこでも暮らしていける。それよりも、地球人は、住む所がなくなるのだぞ。贅沢を言っている場合ではないんだぞ」

「彼らは、自然を神とあがめ、それぞれの部族がそれぞれの信仰をしているのは、君も知っているだろう。岩を、森を、木々を、そして、イシュ・ファ・アロのような聖地を持っている」

「私たちだって、聖地には、入らないようにしている。イシュ・ファ・アロのような所へは特にね。……古代、一体、君は、この私たちの提案に乗る気はあるのか」
 進は、スヴァンホルムの力の入っていくこぶしを見ていた。
 
「ないよ」
 
 スヴァンホルムは、ダンッとイスを倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「ふざけるな、古代」

 進は、荒立つスヴァンホルムの姿を、イスに座ったまま静観していた。

(21)

「どうして、ここへ来た? その気がないのに、どうして来たのだ?」

「君に会いに来た、君ではなかったら来なかったかもしれない」

 進は立ち上がり、スヴァンホルムに歩み寄ると、右手を差し出した。
「ありがとう。君に会って、やっと気づけた……トナティカに置いて来たモノを」

「?」

「私も愛する人とあの星で別れた。そして、今まで何よりも大切にしていた家族まで失って、彼女を取り戻すことばかりを考えていた。けれど、今、思い出すことができた。何が大切なのか、私がなぜ、この航海に出たのか」
 
 二人の眼前の窓に、エメラルドグリーンに輝くトナティカが姿を現した。
 進は、トナティカの透き通るような海と緑豊かな大地を見て、目を細めた。

「揺らいでいたのは私の気持ちだった。乗組員たちの心に不安をばら撒いていたのは、私だった」

 スヴァンホルムは、初めて進に会った時を思い出した。その時と同じ、大きく、深く包みこむ力をスヴァンホルムは進から感じていた。

「スヴァン、君なら、トナティカのことをわかっている君なら、この星の人と共存できる道を見つけることができるかもしれない。ボラー連邦の気持ちはありがたく受け取りたいが、私たち地球人は、誰の土地も侵したくない。たとえ、宇宙をさまようことになっても、誰かの故郷を奪うことはしない」

 スヴァンホルムは、進の差し出した手を無視するように、一歩後退した。
「どうして、お前は、いつも思っていることをすらすら並べて言うのか。これは、外交問題なのだよ」

「君を友だと思っているからだ。君なら、今の私の気持ちをわかってくれると思ったからだ。人とつきあう時の基本ではないのか。私は、まず、君に理解してもらいたい。そうしたら、君の周りの人に理解してもらえるはずだ」

「私たちの申し入れを断って、ガルマン・ガミラスと組するのか」

「ガミラスとは、同盟関係も何もない。それは、今後もだ」

 スヴァンホルムは、両手を後ろに組み、進の行為を拒否する姿勢を示した。

「この交渉は、不成立だな。残念だ」

「この機会をくれてありがとう。でも、また、この地に必ず来るよ。必ず」
 一礼すると、進は、スヴァンホルムのすぐ横を通り抜け、部屋の出口に向かった。

(22)
 
「交渉、不成立です。艦長が戻られます」
 フェイの声で、島次郎は、事前に決めていた通りに操艦しだした。それと同時に他の部署にも指示を出す。

「格納庫ははいつでも着艦できるように準備を」

「はい」

「南部!」

「こっちは、いつでも発射可能状態です」
 ヤストの目の前のレーダーには、衛星アフィラとコスモタイガー隊の位置を示すポイントが、細かく動いていた。




「艦長が出てきます」
 ヤマトからの通信を確認すると、ユウは、目の前の衛星アフィラの柳の丘方向にレーダーのレンジを合わせた。

「片桐、荻原、頼むぞ」
 ユウは、進の機を守るように飛ぶ2機のコスモタイガー機を確認すると、自分の機をその2機の後ろに飛んでいるコスモゼロに進路をあわせた。




「すぐに攻撃命令を出してください」
 上昇していくコスモゼロの機体を見ながら、スヴァンホルムの副官は、叫んだ。
「交渉と称して、攻撃をかけたなどと言われるぞ。戦闘機を集中させろ。アフィラから500のラインを超えたら、攻撃開始だ」
 
「しかし、このままでは……」

「ガスティスの艦隊は?」

「指示された所に」

「それでいい。今は、戦闘機に集中だ」




「サファイア隊、前に出るわよ」
 オパール隊が動き出すと、澪は、サファイア隊に指示を出した。

「澪さん、ダメですよ。私たちは、一番後方担当なんですよ」
 三上大樹の言葉を無視するかのように、澪は、指示を続けた。
「戦闘機が出てくるわ。艦長狙いよ」

「行くわよ」
 澪は、即座に通信機を切った。
「うっ」
 そのタイミングを待ち受けていたかのように、激痛が走る。戦闘機の数が前から、後ろからと、無数の点となり、レーダーの画面を埋めていく。
 頭の中で瞬時にひらめくように浮かぶ空間の様子をたよりに、澪は、愛機を飛ばせた。

「ちぇっ、切られたか」
 一抹の心配を抱えながら、三上は、澪を先頭として進むサファイア隊の最後尾に機体を向かわせた。


(23)
『澪?』
 ユウは、一つの編隊が、自分たちの編隊へ突っ込むように進んできたのに気がついた。

「サファイア隊は下がれ」
 ユウは叫んでいた。




「衛星アフィラから戦闘機、多数」
 橘俊介の声は、第一艦橋だけでなく、ユウや進へも届いていた。

「ヤマト、後方に気をつけろ。退路確保。アフィラからの戦闘機に気を取られるな」
 ユウは、進の指示の声を聞くと、進の機体の側へ愛機の機体を近づけた。
 
 機体がすれ違う瞬間、ユウは、文字通信を進の機へ送った。アナライザーの体の光りが、一斉に輝きだした。
 次の瞬間、迫ってきたボラーの戦闘機隊から、光の筋が伸びてきた。

『攻撃開始か』
 進は、アナライザーの席から操縦のスイッチを切り替えようと解除ボタンを押した。

『どういうことだ?』
 何度押しても、画面表示は、固定し、拒否するかのようにそのたびに音を立てた。
<手動操縦不能。只今、プログラミングされた航行を行っております。手動操縦不能……>
 同じ言葉だけが画面隅に繰り返し表示されていた。

『やられた……』




『艦長はよしと……』
 ユウは、進の乗るコスモゼロと、それを守る2機を見送ると、すぐ横の編隊の動きが気になった。

 相手の戦闘機からの攻撃が有効になってくると、ユウは、攻撃開始の檄を飛ばした。
「攻撃開始だ。サファイア隊は下がれ。ルビー隊はヤマトを守れ」

 戦闘機が入り乱れ、編隊が入り乱れていく。

「下がれ、サファイアは下がれ」
『聞こえないのか……』
 澪の返事が聞こえないまま、ユウは、いらだちながら、澪の機隊を探した。
 
 ユウが見つけたは、数機に囲まれているコスモタイガー機だった。

『澪……』
 
「サファイア隊・オパール隊下がれ、できるだけ早くヤマトへ戻れ」
 ユウは叫びながら、澪の機体の周りに群がる数機に攻撃をかけていた。

「戦闘班長、澪さん、通信切っています」
 ユウは、三上大樹の声を聞きながら、減らないボラー機にいらだっていた。

「澪、聞こえるか、澪!」
 
 澪の機体が大きく旋回し始め、明らかにヤマトへと方向を変え始めた。三上の機も、澪の機体を護衛するように同じような動きを始めた。
 いつの間にかしんがりになってしまったユウは、レーダーのレンジ幅を広域にして、全体が映るように切り替えた。

『艦長は、あと少しでヤマトにたどりつけるな』
 ユウがホッとしたその時、ユウの乗るコスモゼロの機体を突き刺す光が飛び込んできた。

 大きな振動のあと、真っ暗な空間に浮かぶグリーンの大きな球体だけが、ユウの目に入った。宝石のように透き通っているように輝いていた。
 それは、3年前見たトナティカ脱出の時に見た光景と似ていた。半分光に透けているようなエメラルドグリーンの惑星トナティカ……

 機体はすでに、操縦不能に陥っていた。
『お母さん、やっとわかったよ……置き去りにされる人より、置いていく人たちの方がうんと悲しいんだ……お父さんは、また悲しむのかな……』
 ユウは薄れていく意識の中で、輝くトナティカに手を伸ばしていた。その輝く球体は、さらに輝きを増し、光りのかたまりとなっていった。光の糸が徐々にほどけ、人の形が中から現れた。
 
 ユウは、いくら伸ばしても届かぬ自分の手をぎゅっと握った。
『サーシャ、ごめん……』


第12話「サーシャ(澪)」終わり
第13話「別離」へ続く

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SORAMIMI 

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