
廣 石 さ ん の ペ ー ジ で す
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鮫島 彩は、なでしこリ−グ一部の東京電力マリ−ゼのDFを務めるサッカ−選手です。
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2008年のペキン五輪の年に、この鮫島の母親から「今、なでしこジャパンの一員として、ベトナムに遠征している。」という話を聞いた。その後、新聞の紙面で18名の枠に入れず補欠になったことを知った。
それから暫くして、母親からの手紙で、次のロンドン五輪を目指しているから、マリーゼの試合を観て応援してほしいという手紙を頂いた。早速、家内を伴って、横濱の三ツ沢(日産)スタジアムに駆けつけた。
私が、女子のサッカーの試合を観戦するのは、これが初めてである。その頃の鮫島は、背番号9番で、攻撃的MFとして活躍していた。従って、得点にからむことが多く、いつの間にか彼女のシュートの度に、私もサポーターと一緒に歓声を上げ,生で観るサッカーの面白さにのめりこんでいった。 |
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それからは、パソコンでマリーゼのオフイシャルサイトを、毎日必ず見るようになった。 |
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鮫島の活躍をレポートや動画で追いかけ、三ツ沢,西ガ丘、調布等のサッカー場で試合があれば、応援に出かけた。
このマリーゼのホームは、福島県広野町にあり、海に面しているところから、このチーム名がつけられている。Jビレッジ競技場は、大変整備されたサッカー場と言われている。今年は是非「大人の休日クラブ」を使って観戦したいと考えている。
鮫島氏は、会社員で、女子サッカーの指導員であり、公式審判を務めることもある。、奥さんは看護の仕事に従事している。
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2009年に入ると、マリーゼの監督は、野村 貢氏から,菅野 将晃氏に代わった。今度の監督は湘南ベルマーレで、コーチや監督の経験を持ち、堅実さ大切にする戦術を取ることで定評がある。
彼が、着任後、最初にやったのが、鮫島彩のMFから、DFへの配置換えであった。彼女は、日本代表でベトナムへ遠征した時にDFを経験しているが、その時の佐々木監督の意向を受けてのことだろうか。それ以降、彼女は全日本代表の強化合宿に呼ばれるが、すべてDFとしてである。
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私が、この配置換えの意味を理解したのは、一年後の全日本女子サッカー選手権の準決勝の対日テレ・ベレーザ戦である。
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ベレーザは、五輪を経験した、澤、永里、大野、岩清水、宇津木、近賀、荒川等のタレントぞろいの強豪である。
私は、鮫島の動きを練習中から注目していた。試合直前、彼女は監督から何か指示を受け、それからピッチ上の仲間の輪の中に入っていった。
試合開始直後は、ベレーザのボール支配率が高く、永里や大野の攻撃に守勢にまわされたマリーゼであったが、10分過ぎ、サイドバックの鮫島が敵陣深く得意のドリブルで持ち込み、きれいにあげたクロスボールに、前線にうまくつめたFWがヘッデイングであわせゴールを決め、マリーゼが先制した。
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前半は、このまま1−0で折り返した。しかし、後半に入ると、スーパーサブの荒川等を投入したベレーザに2点を返され逆転された。この後、マリーゼの監督は、DFに新手を入れ、鮫島を前線に変え、攻撃態勢に移った。しかし、それも実らず、悲願の国立競技場での元旦の決勝戦へは進むことができなかった。
しかし、私にとっては、この試合を通して鮫島の素質とそれを見込んでの監督のサイドバックへの配置換えの意図することが理解できたことは何よりの収穫であった。 |
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