ホワイトアウト (満ち足りた時間?)


 1971年5月2日、春山合宿で設営した岳沢BCからコブ尾根に向かう。事前の天気予報は良くはなかった。しかし気象係だったオコジョは、良くはないが行けると結論を出してしまった。(どうも作った天気図になにか不備があったか、又は大事な要素を見落としたかしたらしく、結果は酷い荒天に出会ってしまった。)濃いガスに覆われたコブ尾根に取り付きしばらく登っていくと、先行の他パーティが 次々に撤退してくる。しかし行けると信じていた我々は撤退など考えもせず、そのまま 登り続けた。岩峰のクロワールもザイルを結ぼうなどとは考えず、オコジョが先頭でガシガシと登って行った。やがてルートは急な雪壁になった。ガスはますます濃くなって いて、周りは何も見えない状態だったが、傾斜が急なので真っすぐ登れば良いと思い登り続けた。途中でふと気づくと、後ろが来ていない。岩峰で少してこずっていたらしい。このまま先に行っても、風が強い稜線で待つのは問題なので、ここで待つことにした。雪壁にピッケルで穴を掘り、1人が座れるベンチのようにして腰を落とした。
  膝を抱えるようにして座りこんだ周りは、雪面と空間の区別どころか、少し延ばすと自分の手さえも全く見えない状態で、まさにホワイトアウトの状態だった。荒天の雪壁にザイルも着けずポツンと独り座っている。考えればかなり不安になりそうな状況だったが、不思議に穏やかな心境だった。妙に満ち足りた時間にひたっている自分に少し驚いてもいたが、この上もない幸福を感じていた。(変な話だと思うけど・・)
 この後は、追いついてきた仲間と雪壁を登り切り、雪庇を切り崩し稜線に出た。途端に飛騨側からの猛烈な吹雪にさらされた。その頃使っていたテトロンのヤッケの湿りが一瞬でバリバリに凍りついた。でもオコジョは「ヤッケが凍りつくと風を通さず暖かいな。」などと脳天気なことを考えていたのだ。吹雪の中、天狗のコルへの下りは、稜線が妙に広く、ルートが判りにくかった。何度か飛騨側に引き込まれそうになっては戻るを繰り返しながら降りて行っていたが、なかなか 判然とせず、ちょっと休もうということになった。
 雪が少し溜まった所に、ピッケルで竪穴を掘って皆でもぐりこんだ。「今日はここでビバークか。」などと笑っていたが、しばらくしてふと仲間の顔を眺めると、二人程顔色が悪い。いわゆるローソク色になっているのだ。「あれ、この二人は朝まで持たないな・・」もともとビバークする気など無かったのだがこれを機に、「さあ!遊んでないでさっさと降りよう!」ということで、穴から飛び出した。すると不思議なもので、この後は下降ルートが簡単に判り、アッと言う間に天狗のコルに 降り立ち、岳沢に向けて天狗沢を駆け降りて行ったのだった。(お気軽だったな・・)
 この途中でひとつ忘れられない事が有った。緩いが足場の少ないスラブが有り、そこを 降りかけていたのだが、5mくらい下が平坦になっていたので、「ここなら滑っても大丈夫 だな」と、ふと思ってしまった。(春山ではアイゼンは殆ど使わなかった)すると思った瞬間に本当にスリップしてしまったのだ。下が平らだったのでずるずると滑り落ちただけで何事も 無かったのだが、お気軽に見えても山ではいつも神経を張り詰めているのだなと、改めて 感じた時だった