あっ!靴が・・・  その2

 それは谷川岳の幽ノ沢に岩登りに行った時のことだった。 谷川に行くには上野発の最終列車に乗り、早朝に(というより夜中に)土合駅に着き、 長い階段(462段)を登り、登山センターに登山届を出した後、 林道を各沢の出合まで歩いて行くのが普通だった。しかしこの時は、 仲間の車に4人で乗って行くことになった。まだ暗いうちに幽ノ沢出合に着き、 車内で短い仮眠をした。やがて周りが薄明るくなって来たので、出発することになった。 車のハッチバックを開けザックと装備を取り出し、さて靴を履き替えようとしたが 「あれ?・・」「あれ・・・靴は何処?」焦って車の中を探しまくったが、 結局靴は見つからない。車に乗せ忘れてしまったのだった。 そうなれば仕方がない、自分はここで待っているので、他のメンバーで登ってきてくれるように頼んだ。 しかしこの時のメンバーは、まだ経験の浅い者ばかりだったので、 皆不安そうな顔をして戸惑っているようだった。今日のルートはV字状岸壁右ルート、 易しいから大丈夫だよと言ってみたのだが、3人とも初めてのルートなので不安だと言う。 しばらく相談をしていたが、それでは取り付きまで案内しようということになった。 その時履いていた靴はスエードのウォーキングシューズのようなものだったが、 紐をしっかり締めればアプローチぐらいは大丈夫だろうと考えてのことだった。 ところが歩き始めてみるとこれが思ってもみなかったほど快適で、 特にカールボーデンの緩いスラブ状の処は、柔らかいソールがフリクションもよく効き、 スイスイと登れる。そして、あっという間に取り付き点であるルンゼ手前のテラスに着いてしまった。 それでは自分はここから戻るので、あとは頑張ってねと言ったのだがここで又、 相談が始まってしまった。それは3人とも初めてなのでルートもよく判らないし3人で ザイルを結ぶのは慣れていないし、時間もかなりかかるので避けたいということだった。 しばらく話し合っていたが、靴を忘れたのはこちらの一方的な落ち度なので、 ルートの易しさもあって一緒に登ることにした。装備を整え、ザイルを結んでトップで登り始めてみると、 初めはソールの柔らかさに少し緊張していたのだが、スタンスが広いものが多いので余り気にならなくなってきた。 といっても途中にはスタンスが細かいところもあり、そういうところは、 しかっりしたホールドを探して少し手に頼った登り方をせざるを得なかった。 終了点に近い草付の部分はソールの食い込みが浅いので慎重に登った。 結局あまり危険なことも無く全てトップで登り終えた。この後は中芝新道を下り車に戻ったのだが、 ソールの薄い靴では下りのほうがきつかった。 もちろんこんなことはこの時一回だけのことだったが、今思い起こすとちょっと怖いかな。