あっ!靴が!

 正月の明神池の畔は雪に覆われた白い世界で、我々のパーティ以外は誰も居なかった。養魚場の跡に大型のテントを設営し冬合宿のBCとしていた。ラジオで 安曇野の穂高神社が初詣で賑わっているとのニュースが流れていたが、その奥宮は我々が独占している。何か贅沢な 時間を過ごしているような気分だった。そしてメインプランの明神主峰東稜アタックを翌日に控えた晩、我々の会と しては珍しく、宴会でお酒を飲んで楽しんでいた。しかし山では当然夜更かしなどはしないので、間もなく寝ること になった。その頃のオコジョは冬山ではダウンの半シュラフ、上半身はダウンジャケット、そしてシュラフカバー。 テントマットは少し重たいエアーマット。シュラフの足元に白金カイロを放り込み、さらにザックに足元を入れ、枕 は凍結防止を兼ね袋に入れた山靴。この時も酔っていながらもいつもの手順で準備をし、眠りについた。(つもり だった。)
 翌朝まだ暗いうちに目を覚ます。皆も目を覚まし始めている。とりあえず一度外に出ようと思い、枕にしていた山 靴を取ろうと後ろ手に手を伸ばした。しかし探っても手は山靴の入った袋に触れない。振り返って探す。「あれ、あ れ、あれ、靴が無い!」さらに周りを探すがどこにも無い。混乱した頭で事態を整理しようとしていたのだが、実は この時既に分かっていたのだと思う。そう、有ってはならないことだが、オコジョの山靴はテントの外に有る。恐る 恐る入り口を開け外を見てみると、入り口の脇に皮の山靴がきちんと揃えて置いてありました。手を入れてみると見 事にカチンカチンに凍り付いたオコジョの山靴が・・・・。それでも初めはあまり深刻には考えてはいなかった。出 発までにある程度温めておけば、歩いているうちに何とかなるだろうと思っていた。とりあえずホエブスで温めてみ ることにした。しかし直接火にあてれば皮が焼けてしまうので、少し離してするしかなく、しばらく温めてみたが何 の効果も無く、出発の時刻が迫ってきた。仕方なく足を入れてみることにした。足は何とか入れることができた。冬 山なのでニッカーホース(ニッカー用の膝までの靴下)と厚手のソックスを履いていたので、思ったより足は冷たく は感じず何とかなるかなと思った。しかし身支度を整えていざ雪の中を歩き出してみると、徐々に冷たさが足を包み 始め、直ぐに痛さを感じるようになって来た。我慢しながらしばらく登って行ったが、凍った硬さはいくら歩いても 一向に緩んでは来ない。このままでは凍傷になりそうだなと思いながら歩き続けていったが、宮川のコルの手前あた りでは、痛さが頭まで登ってきて耐えられなくなっていた。さすがにこれ以上は無理と思い、ここでリタイヤ。一人 寂しくトボトボとBCに戻りました。もちろんこんなミスはこの時一回限りでしたが、今思い出しても恥ずかしくな ります。  2022

朗読