12月23日、オスプレイ配備撤回!米兵による凶悪事件を糾弾する「怒りの行動」が、沖縄・普天間基地と神奈川・厚木基地周辺で同時開催された。いずれも曇天で肌寒い一日だったが、日米両政府に対する怒りの声が充満し、熱気あふれる集会とデモが展開された。私たち沖縄講座は、手分けして二つの行動に全力で取り組んだ
厚木基地正門近くの東柏ケ谷近隣公園(海老名市内)で開かれた「怒りの神奈川行動」には、約800人が結集。集会ではオスプレイの普天間配備や相次ぐ米兵の事件・事故を批判、普天間飛行場からのオスプレイ撤退を求め、厚木基地などへの飛来や低空訓練飛行反対を訴えた。沖縄平和運動センターから「神奈川でも同時行動が展開されることに、心から勇気を覚える」との連帯メッセージが読み上げられると大きな拍手。オスプレイの訓練拠点として名前が挙がっているキャンプ富士を抱える静岡からも連帯挨拶。東京から沖縄一坪反戦地主会・関東ブロックのメンバーらも合流し「オスプレイ沖縄配備撤回」「オスプレイはアメリカに帰れ」「低空飛行訓練反対」と訴え、厚木基地正門までデモ行進。ゲート前を包囲するようにして抗議の声を浴びせ、配備撤回と米軍犯罪の根本解決などを基地司令官に申し入れた。
普天間基地近くの宜野湾市海浜公園では、オスプレイ強行配備と相次ぐ米兵犯罪に対する怒りを音楽や踊りで表現する「怒りの御万人(うまんちゅ*)大行動」が開かれ、3000人以上が参加した。11時から始まったプレイベントでは、まず沖縄市山里青年会が、勇壮な演舞を披露。4人姉妹の民謡グループ「でいご娘」が登場すると、大山ゲート前で早朝行動を続ける熟年者のグループ「命どぅ宝・さらばんじぬ会」のメンバー40人が舞台前に現れ、民謡に合わせて踊り、会場を盛り上げた。
12時から集会が始まる頃には、会場の屋外劇場座席がほぼ埋まってきた。司会の沖縄平和運動センターの山城博治事務局長は、元気よくシュプレヒコールを繰り返した後、自民党の安倍晋三総裁が21日の記者会見で「普天間飛行場の名護市辺野古への移設推進」を明言したこと(22日の地元紙は一面トップで報じた)に触れ「屈することなく、県内移設に反対する沖縄の総意を突き付けよう」と呼び掛けた。普天間爆音訴訟団の桃原功さん、ヘリ基地反対協の安次富浩さんから闘争報告と提起。安次富さんは、年明けに政府が辺野古沖の埋め立て申請に踏み切る情勢の中で、仲井真知事が「名護の地元が反対しているから辺野古は無理」と微妙な言い回しで繰り返している点に注意を喚起。2014年1月の名護市長選挙の帰趨が重大な意味を持つと指摘し、参加者に名護市長選勝利へ向けた協力を要請した。続いて沖縄選出の国会議員団から発言があり、集会アピールを採択。
13時過ぎから、公園から普天間基地の大山ゲート前まで、約2.3キロをサウンドパレード。沖縄出身の若いアーティストが乗った車両約10台がデモの列の間に入り、ジャズやテクノ、フラダンスなどを披露。デモ参加者は体を揺らしながら「オスプレイ撤去」のプラカードを掲げ、沿道やドライバーに笑顔でアピールした。大山ゲート前は沖縄県警の警備車両でいっぱいだったが、基地に通じる道路脇の公園を参加者が埋め尽くし、基地に向かって怒りの声を浴びせた。ゲート前の総括集会で、沖縄平和運動センターの山城事務局長は「きょうのサウンドデモは画期的。沖縄の闘いは新たな地平に立った」と若いミュージシャンたちを讃え、実行委共同代表で第三次嘉手納爆音訴訟原告団の新川秀清団長は「75年の人生でこんな楽しいデモは始めて。しなやかに闘うことが必要だ。音楽を鳴らしながら来年も声を上げ続けよう!」とにこやかに語った。
26日に安倍内閣が発足し沖縄問題(=日本問題)の解決は遠のいたかに見えるが、沖縄も神奈川もあきらめるわけにはいかない。自民党沖縄県連も保守の仲井真知事も、今のところは「新政権になってもオスプレイ配備に反対し、普天間の県外移設を求める立場は変わらない」と明言している。1月27日には沖縄県下41の全市町村議会代表が上京し、日比谷大集会と28日からの政府要請行動を予定している。
(*「うまんちゅ」とは沖縄の言葉で「すべての民衆」を意味します)
【怒りの御万人大行動
東村高江ではヘリパッド建設反対運動、名護市辺野古では普天間代替基地建設反対運動が続き、与那国では自衛隊基地建設に反対する取り組みが始まった。
日米両政府に購蹴され続ける沖縄の怒りを発信しオスプレイ配備反対の決意と米兵の凶悪事件を許さない怒りを表明する。全国から参加を求め飛行訓練の中止を求める。平和的なデモ行進として音楽や踊りで演出した、したたかでしなやかな大衆運動をつくり日米両政府と米軍当局に対峙し続けていく決意を表明する。