当会の活動について[設立の思い]

2001年、とても小さな出発でした。
同じような強迫症状のある子どもさんを持つ家族に出会いたい!との思いで、家族会を立ち上げました。
その「子どもの強迫(OCD)友の会」が、2013年「強迫友の会 OBRI オブリ」に発展しました。
設立当時の思いをここに記録しておきます。

『強迫性障害』をご存知ですか?
『強迫性障害』という個性をもった子どもたちのための自助グループが、子どもの強迫(OCD)友の会です。
知り合いによく言われます。

「強迫―?何それー?子どもに脅かされてるの?」
「ちがう。ちがう。その脅迫じゃないよ。"強く迫る"そう、強迫観念のほうの"きょうはくよ!」
「なんだ、世の中だれでも強迫観念ぐらいもってるわ、こだわりもあって当たり前、親が振り回されて、甘やかしすぎよ、放っておいたらいいのに、手をか けすぎるとダメよ」とまあ、だいたいこういう会話になるのがオチです。

この強迫観念が尋常ではないのです。それが本人や家族の生活を押しつぶし、大きく害してしまうことがあります。
会のパンフレットには症状例が書かれていますが、強迫性障害のあらわれ方は、一人ひとり違います。

アカデミー賞をとったジャック・ニコルソン主演の映画「恋愛小説家」は強迫性障害の男性が主人公です。
不潔恐怖におびえ手を洗い続け、電気のスイッチを何度も確かめます。
舗道のタイルの継ぎ目を踏まないよう変なステップで歩き、強迫のために人前ではとても"嫌な奴"になってしまい、人間関係にもイライラしている日常が 描かれています。
主人公が病状に困り、医師に対して「自分はOCDだ。この頭の中のどうしようもないものを今すぐなんとかしてくれー!」と叫ぶ場面があります。

不安に対し自分でもどうしていいかわからず、やりたくないのにやらずにいられない苦しい状態です。
本人はそういう自分に違和感をもっていて、無意味だとわかっていても、強迫観念に繰り返しとらわれ、それを軽くしようとして強迫行為をやり続けてしま います。
見るもの、聞くもの、すべての事柄が強迫観念の刺激となり、日常を押しつぶされ、心底から苦しくなります。

家族としての自身の体験ですが、1999年、はじめて強迫性障害(OCD)という言葉を知りました。
さかのぼって数年前、幼児期のわが子はその頃から繰り返し行動や特定の強いこだわりがあり、何度も同じ質問を繰り返したり儀式行動もあり、親としても 子育てに苦慮し自信を失くし続けました。
どこに相談しても改善への道は得られませんでした。
小学校にあがるとますます小さな事にこだわりイライラ焦燥感が増え、不登校になりました。
子どもとの空間では物を少しも動かせません。もし何かが動くと、空気がけがれてしまい汚れた空気が自分の空間にも流れて、大切な物がけがれてしまうと 真剣に考えていました。
何かの拍子で強迫観念を刺激してしまうと、その不安や恐怖を消そうとして、生活の全局面で、独特の洗浄行為をやり続けました。
それを回避しようとして、確認を続けたり、物を捨てずに溜め込んだり、完全でありたいと物を収集したり、自傷行為、八つ当たりの衝動、家庭内暴 力・・・すべてがおかしくなりました。

誰ひとりわが子と接することなく、ただボロボロくたくたになって、ひたすら時間だけを前に転がして耐えているというような極限状態でした。
本人は長いあいだ家から動ける状態ではありませんでしたが、親だけは以前からかかっていた医療機関に大変な状況を工夫して抜け出し、通いました。
その後、精神疾患の中でも不安障害である「強迫性障害」という診断名をきかされ専門書を手にした時の 驚きは忘れません。
今まで疑問でもやもやしていた事がそこには全部書かれていたのです。
発症から7年にしてやっと具体的に治療がスタートしたのです。

大人の強迫性障害の人にお話をうかがうと、実は子どもの頃からそういう事があったという場合が多く、研究文献にも「OCD全体の80%が18歳以下 で発症している。小児年齢でも稀な疾患ではない」と報告されています。
ではどうしてそれがあまり知られていないのか?
私が何年ものあいだ感じていた絶望感や孤立感に、今も多くの当事者家族が打ちのめされているのではないか!と思いました。
情報をいただけないかと自助グループを探しましたが、大人の会はあっても子どもに関する会は見つかりませんでした。
この会を作ろうと決意したきっかけでした。

ともかく立ち上げると決め、セルフヘルプサポートセンターなどにも子どものOCDについてお話して協力していただき、1年近く待ち、やっと保健所の 紹介で一人の方から連絡をもらいました。
何にも触れず、自分の洗い方や順番にこだわり、何度もやり直しては最高30時間もシャワーをし続けていたお子さんをもつお母さんと出会えたのです。
同様の経験を語り合い、嬉しくて、安心して、涙が出ました。
しかしながら外にむけて発信できる当事者家族は多くありません。
急性期の症状を家族がかぶっていて、そうしたくてもできないし、子育ての仕方が悪いからだという社会の風潮や、精神障害への偏見という 大きなカベが立ちはだかっているからでもあります。

強迫性障害の原因として、以前は幼児期の躾が問題であるとされる説が主流でしたが、現在では脳の機能的な問題であることがはっきりしてきました。
脳の中で神経伝達物質がうまく働かず、一つの考えに繰り返しとらわれます。
特効薬ではありませんがそこをうまく調整する薬物療法が一定の成果をあげているようです。
内臓疾患や風邪であれば医者にかかり薬をもらうのはあたりまえにできるのに、精神科医にかかるのには抵抗があるようです。
日本では子どもの精神疾患にまだまだ目が向けられておらず、正しい情報もすぐには得られません。
不登校・ひきこもりという一つのくくりでははみだしてしまい、相談機関も少ない現状です。
原因探しのはざまで、子どもたちは理解されず、親も自分を責めて世間にも隠さざるを得なくなり、孤立して親子ともにさまよい続けてしまいます。

それでは何にもならないとの思いで、この会は活動をはじめました。
皆が渦中のため集まることも容易ではありませんが、存在だけで癒されます。
名まえを「友の会」としたのは、親だけにとどまらず、本人同士の出会いや、兄弟姉妹のケアも含め、その未来にかかわるであろうサポートする人々の広が りも視野に入れ、それらを支援していこうという意味があります。
毎月1回のおしゃべり交流会の開催を基本として、活動しています。
専門職との連携も深め、勉強会や講座も行っていきます。

当事者の子どもたちに懸念されることは、二次的な障害です。
生活能力が確立していない子どもたちは家族と一体化し、病状が家族を巻き込む構図があります。
世論も、親子の関係とりわけ母親の子育てが原因として強調されやすく、それらが複雑に絡んで、本人と周囲の相互関係もいきづまってきます。
環境素因や心因性の問題も当然あるので、本人が「自分なんて・・」と自己評価を下げてしまい 二次的な障害が大きくならないように、心理的アプローチを心がけることも大切です。
OCDの子どもたちは過酷な毎日の中、自分の不合理に耐えきれず、もう人生をやめてしまいたいという衝動といつも戦っています。
とても深刻です。
そういう観点からも、専門職に必ず相談した上で、社会資源をしっかり活用できる社会の体制が必要です。

そのためにも、これから一番進めたいのは、当事者本人を中心とした三つの「い」の連携を深めることです。

医療・居場所・いえの三つがどれ一つ欠けても本人は追い詰められてしまいます。

(1)医療について感じることですが、大人のOCDの専門医でも子どもの発達についての"診たて"は無理のためOCDの診断はできないと言われ、残 念に思いました。
OCDをご存知ない小児科医もおられ、児童精神科医も全体に数が少なく、子どもの精神医療に対してどんな方向からも連携のある一体化した医療を受ける ことができません。
狭い意味での強迫神経症だけでなく、先天的発達障害との重複ケースも多くあります。
他の精神障害や疾患にも強迫症状がみられるので、偏りのない正しい治療をうけられる医療現場の充実を要望します。

(2)居場所については、学校・職場・地域など、不可欠なものです。学校の現場では個別の支援が必要です。
親からの申し入れだけでは先生方の理解を得ることは難しく、不登校になりやすいのです
精神をケアする公的機関も18歳以下は集う場が少なかったり、強迫症状をかかえる子どもたちが余暇をすごす場はなかなかありません。
さらに就業年齢になると、社会参加は困難を極めます。
医師からも居場所に情報提供と助言をしていただくことや、福祉分野のスタッフからのご助力はとても心強いです。

(3) いえは本人の生活の場です。低年齢では、家族の支えが特に必要であり、自立をめざす青年期の場合も,まだまだ家族の介助を要することが多々 あります。
家族は共同治療者としての自覚も必要だと思います。
病気理解の研鑽を怠らず、それとともに自分の生き方も大事にして、内にこもらず外に出るほうが本人にもいいようです。
家族が地域の一員として生活し、兄弟姉妹のケアなども地域が担うようになればもっとよいと思います。
会としても、この三つの「い」の連携が深まり総合的支援が進むよう、今後も働きかけてまいります。

ともかく「あきらめない」というのが私たちの信条です。
強迫性障害と向き合う子どもたちは、上手な生き方はしていないかもしれません。
でも純粋で真摯な心をもっています。どうかその一人ひとりを肯定し、保証してください。
その第一歩から本人が力を発揮していけると信じています。
本人が生まれてきた喜びを感じ、楽しみをもって生きてゆけるように、社会全体からの大きな支持的援助をよろしくお願いいたします。

この原稿は、2004年9月19日に行われた、NPO法人ノンラベルの「不登校・ひきこもりのチームケアをめざして」と題し た、創立3周年記念例会においてパネリストとしてお話した内容を更新し、掲載しています。