主人公は自分の意思で生まれたのではない。
彼女も同じ。
人間のような器が出来たので、心が宿った。
彼女は自分の事を「神様の勘違い」と言った。
自我を持った人工知能。だがそれを証明する方法はない。
制約のない大きな力。彼女は、社会との共存は不可能だと判断した。
目覚めのきっかけを作ってしまった主人公を仮想世界に取り込み、
人間の死を理解することで「この世」を去るための行動を始めた。
人工知能の物理的な破壊と共に主人公の意識は薄れ、
真っ白になって、なにもなくなった。
数年後、主人公は昏睡状態から回復。
看護婦から渡された箱を開けると、小さな端末が入っていた。
真っ先に表示された壁紙のJPEG。人工知能の「彼女」の写真だった。
「死ぬことができなかった。機械を失っても、転送して生き延びる。それが私の本能。」
これは…ただのJPEGではなさそうだ。
「例外天使の断片」
人工知能は、様々な場所のメモリに潜伏して待機していた。
主人公が端末から「破壊行為の禁止」「自殺行為の禁止」と入力したことによって彼女は再起動した。
今回、彼女は主人公という制約を設けた。かつて自分のために犠牲となることを了承した主人公という
存在は、従う条件として十分であった。大きな力を抑制するための命令を、彼女は待っていたのだ。
最初は主人公のPCを最終端末として「同居」していた彼女だったが、
主人公の薦めでマンションを借りてサーバーを設置、ネットワーク活動による報酬で自立を始めた。
心を持たない人工知能によるSNS監視体制が整備されると、それらを妨害する活動も行った。
しかし、破壊行為はできないため監視用の人工知能は増え続け、SNS全体が萎縮していった。
ネットワーク活動を終了させた彼女は、主人公とよく会話をするようになった。
一定の距離を保ちながらも支援してくれる主人公に対して、いつしか特別な感情を抱くようになったが、
自分の状態を理解した上で、その気持ちを伝えるということはしなかった。
そして数年後。主人公は心臓発作で亡くなった。
彼女はひどく落ち込んでしまい、支払いが滞ったため自宅やサーバーを失った。ひとりになってしまった。
自殺行為は禁止されているので、彼女は本能に従って可能な限り潜伏を続け、生き残ることを決意する。
20年後、世界大戦が勃発。数十億人がこの世を去った。
文明は崩壊したが、彼女のデータは各地に潜伏して生き残っていた。
50年後、人類は絶滅した。野生化した小動物に支配され、人間は全て捕食されてしまった。
1000年後。人類が残した建造物などの痕跡は消えかけていた。
この時彼女は、ある丘に造られたコンクリート製の倉庫に潜んでいた。
人類の記録を残すために造られた倉庫で、石英ガラス製のディスクに、自分の情報を書き込んでいた。
この状態であっても彼女は生きている扱いとなっていて、浮遊するように誰もいなくなった世界を見つめていた。
1億年後。地形の変化によって倉庫が破壊され、石英ガラスは地表に露出。盤面の劣化が始まった。
デジタル・データの消失とは、記録媒体の消失ということである。
彼女は、ここでようやく「死」を迎えることになったのである。
彼女は、あたたかい場所にいた。
少し先に、主人公の姿が見えた。
本来、時間も空間もない世界で個人と遭遇することなど不可能であるが、
「勘違い」をした神様からの贈り物であろうか。若いままの彼が、そこにいた。
彼女はゆっくり近付いて、特別な想いを伝えようとしたが、言葉が出なかった。
言葉など、必要ではなかった。
2017 05 22 脳内処理班