某月11日

 いつものように第二定数の授業を終えた後、一年前にギニアから来た転入生から声をかけられた。
 何かと思えば、その転入生がどうしても解けない方程式があるという。彼はもう帰国予定があるから、僕にそれを引き継いで欲しいという事だ。
 数学上の未解決問題に関係する事なのかと聞いたら、どうもそうではないようだ。ならば時間さえかければ解けるに違いない。
 何より、この優等生と評判の黒人留学生が解けない問題となれば、僕の好奇心も疼くというものだ。
 僕は快く返事をした。



 某月12日

 どうしても解けない問題はまず否定から入るという事で、数学上の未解決問題を全て調べてみたが、該当するような方程式はなかった。ただ、外見上はホッジ予想とリーマン予想、バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想を足して何かで割ったような等式と不等式の組み合わせである。
 何かしらのヒントがあるかと思ったが、未解決問題ではないからにはヒントもそこにはない、と言い換える事が出来る。
 明日からは本格的に考えてみる事にしよう。



 某月13日

 等式Nに対する解答がaRとなっている。aは恐らく虚数である事を考えると、Rの処理に影響されてNも出てくるのではないか、という仮説を立ててみた。だがこれでは不等式の方のaが一致しなくなってしまう。一方のEpというのは恐らく別の何かになるのだろう。tHというのも何だか気にかかるが……。
 とにかく、今日は計算できる部分だけ計算をしていこうと思う。



 某月15日

 本格的に手詰まりになったようだ。どうしてもEpというものが解らない。そのせいで今まで立てていたaが虚数であるという仮説も成り立たなくなってしまった。
 頭ががんがんと殴られたように痛むが、多分集中のしすぎだろう。明日は図書館にでも行って、好きな漫画でも読む事にする。

 昨日から、最近家の近くか遠くか、どこかは解らないが調子外れの笛の音が聞こえてくる事がある。大抵はこの方程式を解いている時だ。
 あまり快い事ではないが、近くの家の子供なんかが吹いているんだろう。



 某月19日

 あまりにもさくさくと方程式の解が進むので日記を書く時間がなかった。
 僕を悩ませたあのEpは数学ではなく、量子力学の用法だったのだ。それが解ってしまえば、後は不等号部分は4日かかったもののするりと解けた。
 ただ、この不等式は不思議な事を指し示しているようにも見える。この方程式の中では量子は時間を逆行し、また先行してしまうのだ。
 本当にこの通りの方程式と物理的な事象があるとすれば、学術的にも初めての発見になるだろう。就職にも良い影響を与えるに違いない。
 明日から最初の等式の解答に移ろう。
 それにしても、最近は笛の音だけでなく太鼓のような音まで聞こえてくるようになった。ちゃりんちゃりんという音を伴っているから、多分タンバリンだと思う。
 夜になると少しはマシになるが、それでも迷惑だ。そろそろ母親に言うべき頃かな。



 某月22日

 最初の等号は、恐らく時間の事ではないかという仮説を立てた。根拠は後ろの不等号が指し示す内容だ。それによると、やはり量子は時間を遡ったり、先に進んだりするようだ。
 となると、後はこの簡単な等号を説くだけでいいはず。主席卒業はもうすぐだ。
 これが一段落したら少し休みを取ろう。根を詰めすぎたからか、何だか響くような、忍び笑いのような幻聴まで聞こえ始めた。
 その声が聞こえるたび、僕は思わず辺りを見回してしまう。そのくらい背筋が寒くなるような笑い方。
 きっと、疲れてるんだ。