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2009年
西王燦2009年短歌作品

2009年1月-12月 発表作品  西王 燦
山椒魚......短歌人1月号
古屋敷に山椒魚を飼ふ老女小さき宇宙は子宮のごとし
夢に来てしはがれ声で不可思議な船の名前を告げて去りゆく
ボリビアの戒厳令を想ふ夜半チエ・ゲバラの血乾きつつ赤し
いつよりかハシボソガラスを駆逐してハシブトガラス帰化のごとしも
韻は縄、律は鞭とぞ言ひながら女体を責める紅葉の宿に
隣室の水音漏るる独身の鹿のごとくに青年棲みて
豌豆のパスタを食へばゆくりなくマストロヤンニの笑顔思はる
鳥の祝詞......短歌人2月号
鳥の巣に隠す麻の実ほろほろと少年の自慰寂しき朝(あした)
冬ざれの公園に鳩、ほろ苦き追憶ひとつ陰翳ふかし
裁判員通知愚かに来る時雨、鸚鵡が餌を吐き戻しをり
轢かれたる鼬か狸か判然とせざる物体、鴉が啄む
ぶらさげる六羽の鴨のそれぞれに眼閉ぢをり肯ふごとし
鶫獲る霞網さへ強霜のわが鬚いたく白くなりたり
ひさびさに心晴れゐる回文のひとひらの雪「鳥の祝詞」と
生......短歌人3月号
生脚を組みかへてゐる残像を車窓の霙に打ち消すあはれ
つつましく淡麗生を飲みをれば動橋から雪になりけり
番匠のプラスチックのかにめしの朱色の容器生々しけれ
 撮り鉄とは列車の撮影を趣味とする人
撮り鉄の四、五人見えて生涯に愛した女人の数はいかほど
人生は短すぎるといふ科白、ギリシャ映画に聴けば楽しも
生首にも格差ありけむ足軽が紐でまとめて担ぐ七個を
深雪なす金沢駅に降りたてば閑散として生あくび出づ
夢......短歌人5月号
春の昼を棺のごとく家居して『紅楼夢』読み飽きるも幾日
立ち眩みする四、五分は少年の夢の名残りの蜜の味せむ
船酔ひのごとき悪夢の切れ端をうすくれなゐの袋に落とす
ガレージにはかなき獣の香は満ちて春の穴熊餓ゑつつ棲むか
やや古りしパジェロに座せば”零戦”のこと偲ばるる故ありやなし
此花区夢洲東をカーナビに呼び出す間なく百合鴎鳴く
スカパー!は『夢見る頃を過ぎても』の半ばならむか独り酔ひをり
海の辺のビジネスホテルの春暁に夢野まりあの熟れたる乳房
米......短歌人6月号
つくづくと米寿の母が食ひ残す米沢牛の佃煮あはれ
おろかにも雑穀米といふ流行(はやり)いまさら稗(ひえ)かと嘆くべからず
古古米に令法(りょうぶ)の若菜混ぜ炊けば藤原不比等の声聴くごとし
 ※ 1995年宝塚記念で骨折、安楽死
若からぬライスシャワーの記念碑に米粒ほどの雨降りそそぐ
泥臭き米米CLUB聴きをれば河童が棲むを沼と呼ぶべし
混濁米酒(どぶろく)は梅雨を越すかとささやかな恥ぢらひのまま男は寒し
米国と書く肌触り、U.S.と書く肌触り、愛は摩擦さ
磔刑のさま国ごとに違はざる夜更けて観ればすべて米の字
陰と陽......短歌人7月号
蜉蝣がフロントガラスにはりついて日野岬までついて来たりぬ
病む身ゆゑいたはるごとき食欲は出雲の蕎麦も食ひ泥みをり
いかがはしきサプリメントで飲むならば高麗人参はマカより効かむか
遠き日の少年少女手をとりて砂丘を歩む巡礼のごとし
ふるさとの五月はきびしき栃の花蜜したたりて咲きゐし峠
山陰と山陽わかつ分水嶺はおほきく陽にかたむきてをり
紙......短歌人8月号
紙を濾すはつなつの陽にくるまれて眠りゐる家族ら蝋のごとかり
ふはふはと鳥の子紙は捲られて朴の花散る死者の水辺に
三椏を煮たりし大釜伏せられて昭和のくろがね錆びつつあはれ
カーナヴィで訪ねて遊ぶ紙生里、いづこに野宿せむかと思ふ
紙漉きの村のさびしき林道に楮の実のありて棘々しかり
折り紙に鶴の模造を作る母、死者の腐臭にあらがふごとし
窓際の原稿用紙の上に置くモビールは放蕩の風に動かず
波(体言留め)......短歌人9月号
波の穂が乳房の上に見えてゐる愛の遠近著けき半夏
カーテンを洩れる夏の陽さやさやと潮満ち来れば雛尖に波
抱擁のかたちふたたび崩れゆく津波のごとき夜の葦原
 ※ クマゼミが北上している
山梨県南巨摩郡身延町波高島駅に熊蝉の声
波の音が森の奥まで聞こゆるは幻聴ならぬ青鳩の裔
鹿追ふと熊笹の波漕ぎゐたり縄文人の鋭き眼