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2008年
西王燦2008年短歌作品

2008年1月-12月 発表作品  西王 燦
続・日々の泡 1......短歌人1月号
(高校生の頃のラブホテル、今も健在)
さて、どこへ行かうかなどと呟けば『リヴァーサイド』の欅も裸
つれづれに乳房掴みてゐるところ、テレヴィは映すレーニン廟を
一度俺の、故郷に来ぬか、むらむらと草いきれなす馬捨て場など
(後藤直二氏の歌集に教へられて)
雛尖といふ美しい言葉もて触れば濡れてゆく冬の罌粟
生殖や排泄などの雑漠な用途なければ、雛尖は清ら
内陰唇は経験だもの、といふ応へ、解りはするが革命のごとし
霜荒く見ゆるこの朝ゆゑもなく、男体山はどう?などと言ふ
哀悼(頭韻:橋本俊和君を悼む)......短歌人2月号
の上にしばし駐めゐて冬の虹の消えつつ見ゆる苦しみの贄
草の好みの違ひもありしこと雲母(きらら)なす今朝の霜にこそ想へ
ならぬ愚かな我を頼むとぞ発句は時雨、挙句は朧
歌などは水に書く文字かたちなきはかなきものと哀れみき暫し
(そのひとつはローリングストーンズモデルであったか?)
の棺を飾るは三棹のギターのみ この清しさを世代と思ふ
折(を)れ残る朴の冬芽の痛ましきまた来む春のあらざらむやは
みつつ振り放け見れば曽宇の村の空に?子鳥(あとり)ら群れ遊びをり
らきもの心くだけてわが在れば青絵九谷に雪降りつのる
梅が辻......短歌人3月号
西表島からくれなゐのお兄さん辻へ行かう誘ひが来ぬか
初夢に毛沢東の笑ひ顔、どんだけーと思ひて目覚む
よこたはる女のうへにさはさはと刷毛のごとかる梅の香あはれ
若かりし父の雨衣に隠れつつ十村駅から恵比寿神社へ
ラブホテル『コットンテイル』も名を替へてうらぶれてあり今日の若狭路
老い母に若狭の梅を見せむとぞ年末の泥をクルマより剥がす
永遠(とは)の愛とは青梅のごときもの 咲き盛る白梅見つつ恥ぢ入る
巷を馬が......短歌人4月号
春なれど種(いろ)の浜辺に二人ゐて芭蕉の見ざりし原発三基
貝拾ふ姿美し墨染めのコートを脱いで脚もあらはに
関が原過ぎる頃から目の隅に桜衣の裾がちらちら
太閤記ななめ読みして嘱託は懸賞金のことと知るのみ
恥ぢ入りて恨み言葉を聴いてゐる鬼ころしの酒二合徳利
春泥を跨がむとしてあやふげなヒールの揺らぎ手に伝へ来る
菜飯には豆腐田楽付き物と寂しい宿場の名残りかあはれ
春の鏡......短歌人5月号
アンドレイ・タルコフスキーの『鏡』など観つつしあれば春の遠雷
プーチンがレーニン廟に歩み寄る青梅の香のごとき映像
去年の春山中峠に見し縊死の美しければひととせ憶(おも)ふ
少年のわが『毛語録』ふるさとの土蔵の隅に眠りつつ死ぬか
フランス領インドシナとうかぐがしき翳りはマルグリット・デュラスに発す
ラブホテル『ラ・マン』の鏡古りをれば水銀色の裸身が歪む
さむざむとレーニン廟に似るものはハノイにもあり北京にもあり
フエにある世界遺産を死ぬまでに観むとぞ言へばかすかに嗤ふ
木の芽に雨......短歌人6月号
春なれば蔓うめもどきに水昇り切らば快楽の一節あはれ
生きし日の君が好めるこしあぶら小さき春の芽つくづくと摘む
かなしみの薄き剥離のさまにして辛夷散り積む音もせざりき
山椒と合歓の若葉を見違へし前登志夫氏が夢に来る朝
かなはざる約束ひとつふたりして花の吉野を見ざるべからず
いかなれば春の木の芽は辛き香を纏ふらむかな女体のごとし
去年の春山中峠にぶらさがりし奇妙な果実を思ひつつ生く
通草籠(SとM)......短歌人8月号
陸軍の曹長にして晩年の父はヤマト(便)も縄で縛りき
荒縄で縛られてゐたチッキ(鉄道小荷物)なども緊縛趣味と想へば楽し
八月の広島平和記念資料館出て来し娘は「やばっ!」と言へり
「やばっ!」とはSM用語の失禁のごとく思へて俺(父)は笑ひき
軍隊で覚えたゆゑ(さかい)に大阪に亀甲縛りの名人(おいぼれ)ふたり
葡萄葛(えびかづら)切ればしたたる愛液に舌差し伸べて受くる儚し
通草(あけび)籠吊るされてゐる軒先に「英霊の家」の表札ありき(汚れて)
踊る人(色について)......短歌人9月号
青墓は未熟な墓と笑ひつつ云ふ女人ありき、ひそかに思ふ
『谷川健一全歌集』読み泥み美濃赤坂線に乗り換へるころ
美濃赤坂発大垣行きは十一時から十三時まで一本もなし
(石灰岩の粉で屋根が白かつた頃)
西濃鉄道昼飯駅にはあかあかと錆びたる線路のみが残りぬ
屋根の上に白き石灰降り積もり、若ければ汗みどろなりき
(群上で踊る)
つくづくと郡上の色は群青と、藍染浴衣見つつ思へり
「春駒」は踊りやすいと愚かにも下駄ならす人の末尾、しろがね
泣き面に蜂蜜......短歌人10月号
心中は対幻想の殺人かなどと夾竹桃の花に想へり
ヒロシマの焦土を嗤ふがごとく咲く禍々しく濃き桃色の花
原爆の開発スタッフに少女ありけり、上海へ行き牛飼ふあはれ
誰でもいい人を殺せば死ねるとは不義密通の重ねて二つ
このごろは群上踊りもあきらかに明るく下手になつたと便り
死ぬのなら二人で死ねと書き泥む、否、打ち泥む秋の遠雷
革命も一揆も永く笑はれて雨宿りする樟の香そぞろ
両手に花火......短歌人11月号
鰯雲
小料理屋『秋野』の女将は指だけで太き真鰯苦も無く捌く
花野
右派なのか左派なのかなどいざ知らず両手に載せて物売る少女
花野
右派なのか左派なのかなどいざ知らず不知火町に秋の花火師
美少年
広辞苑に美少女あらぬトリビアをウィキペディアに知りたるあはれ
美少年
天草に酔ひつぶれゆくつかのまに、ああ、人生は『はいや節』かと
煙草......短歌人12月号
吸殻は足元に捨て爪先で踏むこの亡骸はエンマコホロギ
この煙の九割がたは税金と呟く声も聞こゆるところ
同じ家に三十数年棲みたれば澁澤龍彦全集黄ばむ
日本一の愛煙家といはばいまここに大燻しさるる大須観音
雨に煙る青森市立莨町小学校など想へば寂し
江指駅プラットホームの北端に喫煙箇所はあらざるべからざる
「人妻」と書けば淫靡なひびきあり口紅の薔薇色の吸殻