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西王燦2007年短歌作品
純平、老いを嘆く......短歌人1月号
ふるさとの茅葺き屋根を漏る雨に濡れ光りゐる竹の篭ありき
去年今年衰へ著し性欲を恥ぢつつ蟹の甲羅剥きをり
セックスの悩みを訊くは誘はれてゐると想へど窓の外の時雨
頭を垂れてコートの襟も立てをれば野良犬のごとき闇の匂ひす
別れ来し少女の冷たき手指さへアニミズムならむと独り嗤ひぬ
牡蠣食ひに誘ふすなはち性交の約束したり若き日は贄(にへ)
ひさびさに酔ひて帰れば卓上の妻の切り置く山茶花あはれ
07'JANUARY
青山に雪......短歌人2月号
青山に雪降る冬は暖かくあらむ、老いし人の戯言
あきらかに狐の糞と見ゆるもの庭先にあり、兎の毛混じれる
なにゆゑに冬の裏山さびさびと鹿啼く夜か、我も老いたり
雪の上に落葉もればその落葉、雪を融かして沈みつつあり
薄氷を踏み渡り来て黄金なす濡れたる貂のまなこ涼しき
女人ひとりややに虐めて木蓮の花芽の上の雪も融けごろ
ゆゑもなく隠岐に行かむとガレージを引き上げたれば霰降るところ
07'FEBRUARY
病む妹......短歌人3月号
仏の座洗はれてあるビニールの青きバケツに薄ら氷あはれ
氷雨はや雪に変はるかマンホールの蓋のみ白く浮かびて見ゆる
昏睡せる妹は見ざらむ遠山に窓日の射して輝くところ
病院の中庭へ降り四、五本の煙草喫ひをり濡れたベンチに
かの遠き雪の日の朝、陰毛の生え初むること言ひて笑ひき
愚かなる兄なる我は生き泥み無頼たりしも許されざらむ
冴え返る夜は想ふべしいにしへの死者の多くは骨のみありき
07'MARCH
色......短歌人4月号
水潜る白鳥の尻、遠景はプルトニウムを燃やす原子炉
半島の恥部のごとかる襞襞に青戸の入り江ゆたゆたと凪ぐ
峠越えてふたたび海を見せる路、かりそめにこそ乙女すさぶれ
大飯郡高浜町字青郷(あをのがう)、心中未遂のやうな夕焼け
右の手は音海の浜に向かひつつ左手かすかに春の潮騒
性愛のさなかに首を絞める癖 さびしい少年期にそなはりしかあはれ
せせり食ふ若狭鰈の薄き身は昨夜の夢の贄なすごとし
07'APRIL
雛、その他......短歌人5月号
雛の首ほそほそとして人体の繊細ここに極まるらしも
女人座し、あはれあはれや雛あられ天皇制をぶつぶつと云ふ
日本海隔てられ見え水槽に拉致されしごとくアロワナ泳ぐ
テロリスト赤穂浪士を讃へつつ義士祭済むと夜のニュースに
蝿生る、明治政府の幾人もテロリストたりしといふ酒の席
恋人の軽き鼾を聞きながら、故もなく日韓合併想ふ
生き死にに遠き桃園、錆しるき鉄の梯子が捨て掛けてあり
07'MAY
ダブルイメージの試み......短歌人6月号
花に雪降りつもりたる公園を歩む女男あり崩るるごとし
櫻谷(さくらや)氷店、看板の櫻*の欠けたる*に去年の蜂の巣
あかねさす風営法に先立ちて在りけむ廃墟のラブホテル『御所』
フェラチオがイラマティオへと変はりゆく嵌め殺し窓に夜の葉桜
土曜ごとに自動車洗ふ隣人をひそかに嗤へ淡麗の<生>
憲法改定賛成五割、戦前に麻刈りにける母も老いたり
つばらつばらはなにごとの比喩?咽頭深く含みて涎垂らす唇
07'JUNE
印象......短歌人7月号
たかだかと荒杉の幹巻き登り藤の房垂るる快楽のごとし
白牡丹はつかに蘂は見えそめて経て来し人の声もさまざま
柿若葉ひかり揉みつつささやかな秘事あらむと人を歩ます
草上の食卓すでに荒れそむる過ぎ来し日々はなべて廃園
鬱々と牡丹花崩れ裏庭にちひさき鋏の錆びたるあはれ
07'JULY
つぐみとつむぎ......短歌人8月号
越前の老いの言葉の「つむぎ」とは紬にあらず鶫なるべし
イラマティオさへうかうかとイマラティオなどと書かるる蕁麻の麻
コシアブラまたの名馬鹿の木、老い人は腰危とぞ言ひつつ笑ふ
極東と東洋の間に差別あり、ファー・イーストとオリエンタルと
夏の霧とざす六甲オリエンタルにうたかたの恋うたがはざりき
たはむれにテキーラ舐めて独り寝に龍舌蘭の花の咲く夢
アベックとカップルの差異つくづくと老いつつ眠るホテル東洋
07'AUGUST
夏の獅子......短歌人9月号
夕立や、たちまち歌仙水びたしサンダル履きでホテル****
モービルを動かす空調ととのへて海洋深層水で割る酒
蓮田打つ雨を逃れて遊ぶ我は働く者らを疎みつつ、愚か
故ありて臍が脂肪にのめり込み「へ」の字に映る夏の鏡に
その昔鯨肉カレー食ひたると回顧的なる、よろしからざり
昭和十九年に双子を産みし老い母が阿弥陀経唄ふ、木魚叩きて
白々と軍艦島にふりそそぐ夕立見ゆる 戦後は辛し
07'SEPTEMBER
百姓一揆と民謡......短歌人10月号
水ぬるき郡上踊りの春駒は誰がやってもサマに(と言はれ)
しんしんと老いゆく恋の日々ゆゑに桐の下駄さへ重く蹴鳴らす
まさびしき京の五山の送り火も宗派争ひ恋のごとしも
美しき京の送り火眺めつつ焼き討ち想ふ、愚かならざり
見方郡丹土に踊る「はねそ」には国定忠治今も生きをり
日本海沿岸内陸限定の「はねそ」想へば一揆のかげり
恋人よ、郡上八幡出てゆく朝は雨も降らぬに濡れゐる世界
07'OCTOBER
廃墟......短歌人11月号
台風が軍艦島に攻め入るとテレヴィの画像鮮明、あはれ
恋人はややけだるげな口調にて海星はなぜに五角かと訊く
荒磯の夏の名残の砂浜に『もんじゅ』を見れば廃墟のごとし
敬老の日だといふのに朝まだき人妻サイトからの請求
これもまた戦後のレジュームのひとつとどチキンラーメン喰ふ人は想へ
葛の花枯れつつ匂ふ性愛のこころの廃墟すべなかるべし
07'NOVEMBER
腐ではない......短歌人12月号
柔らかな月が山端にかかるころ寂しい麩女子ら空を飛ぶらむ
やはやはと乳房が愛の対象となることすなはち性の廃墟か
あっ、と言ひ暫く後に、うっ、といふ声聞こえ来る冬の旅の夜
縛られてゐる人体の湿りゆく洞を想へば今朝の初霜
夢の世をうつつ顔して年経ると閑吟集に呟くごとし
食紅の色くすみたる加賀の麩はしばらく舌に遊びつつ消ゆ
07'DECEMBER

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