2005年短歌作品  旧かな・促音は小文字



短歌人1月号作品


狼がゐたころ



「マッチ擦るつかのま」遠し、つくづくと想へば今年マッチ使はず

去年今年わが裏庭に積もりゐる柿の落ち葉は愁ひのごとし

雪の日の子規の句集に狼の声のみありて寂しがらせる

きのこ鍋に差す盃の合ひ間にて閑吟集のさかさ言葉よ

世の中は霰よのうと呟いて九頭竜川のアラレガコ食ふ

その昔霙の中でも人待つと純情未練のダッフル・コート

あらたまの年の初めに濡らす雨を「お降りや」と言ひ傘折りたたむ



短歌人2月号作品





野木鶏卵店前の路上にひとひらの山茶花あれど鶏はをらず

冬鳥はたいてい静かな気配だと言ひつつ歩むフラミンゴ園を

遠い火事(のやうなフラミンゴ)見てゐるふたり(それぞれに別の記憶)

合ひ抱きて声を殺してゐるさまがをかしくなって笑ってしまふ

伊賀上野にただなんとなく来てゐると絵葉書を書き、送り先迷ふ

「父の死後十年ほどで突然にその寂しさに気づくものだぜ」

「霜鳥」といふ相撲取り、あはれあはれ新潟訛りの語呂合はせめき

灯を消して梟の声待つといふつまらぬものだ人の世なんて

美しい季語のひとつに「雪鳥」あり、「雷鳥」ぢゃないんだってば



短歌人3月号作品

春色



あの風は寂しい死者の上にさへあまねく吹くと思ふ檜の森

森を出でて人に逢はむと懐中に去年の椎の実ひとつぶあはれ

湖のほとりの梅林ほのぼのと咲きつつ声を殺してゐたり

水蟹の甲羅を指で剥きをればうすべにいろの絹裂くごとし

隣室のすすり泣く声消さむとて手をさしのべて水流しをり

愛するは枝垂柳の重さゆゑややぎこちなく体位変へみる

眠りゐてあらはに見ゆる草叢を戦がすともなき空調の風

こころのなかの軽き眩暈は隠さざれ窓を開ければ春の潮騒



短歌人4月号作品

春色余白



さう言へば涙ってやつも恋愛の□なんだな傘さしかけながら

春の虹、Jie Fang Hotelの後朝は心より□がヒリヒリするぜ

海髪は□と読むと思ひつつ□の薄い女抱きをり

節々に悩みを抱へてゐるやうな盆梅に□付きたりあはれ

□坊主ってなんか□ね別れ来たオトコの後姿のやうで



短歌人5月号作品

晩春余白



その内部花御堂のやうに飾られて軽乗用車あり□は不在

菊植ゑて後いささかの□あり地下街へ来て道迷ひたり

ひさびさに自転車を漕ぐ□さ、楡の木あらば煙草も吸はむ

花の名の□鯛食はむか塩を降り炭火のうへに横たへて後

雨の昼の書院にありて読みなづむ蕪村擬きの虫食ひの□