短歌人2004年 一月号

  京極塔子(二九)

宋美齢百五歳にて死にたれば人の名前を喜ぶべきか

冬の月光さむざむと降りわが胸のちひさき乳房圧さるるごとし

牛小屋のやうなホテルに泊まりゐて乳首、足指別々に冷ゆ

政治家の悪夢の顔の例として石破茂と言へば君は笑ひぬ

源泉徴収はヒットラーの遺産だなどと、言ひつつ触るこの指苦し

セックスのあとはいつでも快活でバブルガムブラザーズさへ許すこの人

思ひ返せば乗ったことない観覧車は窓から見えて火星が飾る



短歌人2004年 二月号


  なにげに?

        
ウイナーズサークル
ナニゲニと聞けば芦毛の馬の名を思ひ出しをり少女らとゐて

群馬ではウマンゲといふウマンゲは馬の毛ならで旨さうな事

ナニゲニはげにげに馬の毛ではなしされど何気なしとも違ふ

ぢゃないですかぁーーの元祖とて桃井かおりを忘るべからず

道路公団新総裁シケタウドンコ氏の読みなしに我ら負けたり

劇場をシアターと読み戦場のことを示すと ものしりがほに

軍隊に馬ありしころよ 凍り田を圧し移りゆく輸送機のかげ

淡雪は黄砂に汚れひとびとはからくにのこと悪しざまに言ふ

おもひでのかけらをひらふやうな目で太白山のかぜを語りき




短歌人2004年 三月号


  初歩のアナグラム

穴熊のアナグラムとぞ人問はば「毬絵愛す」と仏蘭西語にて

沓冠=のうなしあんよ、連れだつて行かうか梅の香る園まで

初恋のくちづけにふるへしくちびるが般若心経唱ふるあはれ

天晴れとあはれの違ひ思ふころいたく汚るる富士が見え来ぬ

トンネルをやがて出づらむサーバーに繋がる指の頻りに動く

つながつてゐないといけないさびしさに梅一輪の画像の重さ

もぞもぞと携帯電話取り出して喪服の集団が降りてゆきたり

成人の日の名残にて着付けありと書かれたままの駅裏ホテル

二〇一二年地球が滅ぶといふメールゴミ箱に捨て電源を切る




短歌人2004年 四月号


  独吟短歌行『白梅』併せて短歌一首

白梅や思ひ出すことさまざまに

 春は器の色もとりどり

まづはこれ一献公魚添へられて

 旅先で書く葉書三枚

噴水のしぶきに近き木のベンチ

 サーフボードを裏向きに干す

音楽はなんでもいいがLPで

 『月』といふ曲などはだうです?

恋人を秋の遍路に誘ひみて

 朝のベッドで落花生剥く(笑)

破蓮はいつもかならずお別れね

 ボリス・ヴィアンを真似た口調で

うたかたの日々も時雨に濡れながら

 遠くに見ゆる毛皮のマリー

『毛語録』読みたる少年かく老いて

 介護保険の不備を嘆かふ

黒豆がブームであらうとなからうと

 猿の絵ばかり甲申には

さかさまに映ってゐるのは何の影

 何といふ字は人に可だもの

海の中に母なきJISも怨まずに

 今もカリスマ美容院あり

花びらの細部に至る陽の匂ひ

 風に吹かれて揺るるふらここ


梅園に

 来遊ぶ人のさやさやと

永き戦後を

 倦みつつあらし


短歌人2004年五月号

 旅の折句/うめのはな・やまざくら


うつすらと眼鏡のうへに残りゐて儚きさまの奈良路の疲れ

病む雁はまだ帰らざり残雪にくらぐらとして羅臼岳見ゆ

俯いてメーデー過ぐる野や街の花を摘みつつ泣かむとすらむ

山羊の乳はまつたりとしてざわざわと苦しむ胃の腑を楽にすと云ふ

伺ひを目上にたつる野良仕事、働けば果てに何の楽園?

八坂から円山までのざはめきに沓も汚れて楽園いづこ?

うらぶれて姪の婚家の軒借るは母の弟、なんぞこのざま

やがて来むまがまがしき日を坐して待つ 九重連山の羅のごとき沼



短歌人 2004年6月号作品

春の沼

春の沼のやや重げなる印象を曳きつつひとに逢はむとすらむ

おほるりの笛は梢に忘られてとほき日の死者いかにやすらふ

テロップは萌えつつ流るるせせらぎか鷺沢萌の自死も伝へき

天皇陵暴かれみればやほよろづの神は半島ゆわたりたまひぬ

遅春の公園にゐるウルトラマンの家族、銀色やや褪せながら

春色のポルノヴィデオを巻き戻す 都市空爆の画像観ながら

しみじみと山東出兵想はるる齋藤瀏はサブカルチャー好みき


2004年 短歌人7月号作品


雨の競輪

ふらふらと酒に酔つたるさまにして穴熊出づれば人ら笑ひぬ

うたかたの冬眠のすゑ穴熊は蕗の薹を食つて酔うといふなる

雨の日の連れ込み(ファッション)旅館(ホテル)とは何ぞ お洒落して行くラブホなり

白銀の細い車輪が重なつてさかさまに映る、まくる、目眩く

くびすじにゆえなき愛咬感じつつB級レースを楽しくハズす

いまさらに時代の名残の言葉とて美しき脚を誉めちぎりたり

老いぼれた競輪選手の九割は薬(ヤク)と酒(キス)とに溺れしといふ(昔)

競輪場横の沼地に白鳥が飛来すといふ むろん夏はゐないが

ここはさあ、と見知らぬ女が語りかく時雨の頃が優勝戦だべ


「短歌人」2004年 8月号作品

半分は脚韻を踏む

水中花昼はしづかに眠りつつ夜はあらしのすさみゆく襞

上海中華の上に乗る蟹、料亭井筒別ればなしの途切るるあひだ

アマリリス花弁を垂れて咲くからにいずことしなく声も堪へをり

飼はば栗鼠、人にも狎れて薄き羅に寄り添ひて鳴くちひさかる檻

(滴りは清水ともまた泉ともまた噴井ともなつてさびしい)

恐ろしい文語のやうな顔をして黒縁眼鏡の男が唄う

いま一度言つてしまへばあきらかに「鬼の角」とは「兎も角」に似る

野兎のちひさき愚かな子兎を素手で掴めば毛は剥がれやすし

針槐(はりえんじゅ)の樹下(こした)を行くに「鬼」てふはすなはちわれわれの怒りならむか



短歌人2004年9月号 

  物の名           

物の名の擬きは寂ししみじみとサフラン擬きもスッポン擬きも

合歓の木に日陰斑の舞ふ見ればヒカゲマダラは蝶の名に良し

菜園のトマト盗みて食ふ獣ハクビシンをば白美人とぞ

月光のはつか射し入るトイレにて「イルカは軽い」などと呟く

更科の旅館『更紗』に泊まりゐて陸軍式の呪縛を想ふ

タヌキ藻とムジナ藻との勝ち負けを想へば深きニッポンの沼

石垣の壊れた所に生えて来たニセアカシアはとてもきゆうくつ?


短歌人2004年10月号 

仏説阿弥陀経(椎葉純平の帰郷)


  
歌集『赤光』ダッシュボードに

秋風の聞こえさしむる阿弥陀経途切るるあはひのツクツクボフシ

  
冷凍の鮎を手土産に

落鮎の骨のみならず堅き身を箸に挟みて老母若やぐ

  
阿弥陀経にガンジス河の砂ありて

善男子善女人たりし死者たちの佇みをれば墓こそ奈落

  
なんとなく永井陽子を思い出す

ミソハギの小さき花の紫を初恋のごとき指もて手折る

  
戦争を遠くに措いて

自衛隊員還り来たればその髭を声なきままに村人嗤ふ

  
ラジオから聞こえてくるジャズ

ビ・バップのやうに散らばる鰯雲、助手席の妻「ほら」と指さす


「短歌人」2004年 11月号作品

椎葉純平、秋彼岸       

谷ごとに宗派ことなる仏教徒 いにしへの僧らも争ひにけむ

宿場村しづかに寂れ馬捨て場跡には白き萩こぼれをり

満ちたらぬ月は梢にかかりゐて死者は怨嗟をとほく忘れつ

骨仏いかにも亜細亜の混沌を旅人なれば仰ぎきつつ過ぐ

笑ひ声かと聞き迷ひゐたりけり秋の彼岸のツクツクホフシ



「短歌人」2004年 12月号作品

熊を撃つ          

革命を夢のしぐれと生き古りて冬眠前の熊を撃ちたり

祖母(おほはは)は熊に出会ふとあふれくる乳房を見せて懇願しけむ

あはれあはれ月の輪熊の絶滅を待つとしもなく細き啼き声

猪は「ゐ」の四肢ゆゑにやすらかに無為の草根を噛みて生きのぶ

霙ふるゆふべ食ひゐる鬼おこぜ、南方熊楠をしたしむこころ

おほいなる楠を彫り三体の地蔵になすと寒き北陸

熊胆のしんじつ苦きを舐めながら宿酔ひのまま人と別れき