短歌人3月号  1998/2/10

    獅子、連句風に

火の匂ひ悪沢に見る日の出かな  ナジーム・ハメド俺は好かない

烏賊のぼり嫌いな奴をふとく描きて  手品の鳩は夢であったか

悲しみを笑ひて潅ぐ酒杯の  喉仏にはニホンカワウソ

杣人に想ひのほかの虹立ち見ゆる  ルナティックとは狂的美的

木賃宿老子ほのぼの恋ひそめて  手紙に偽の顔写真貼れ

蓮華?否、菫?否、否、花は桜さ  咲くに嵐のたとへもあるさ

さにつらう乙女のやうな月光の桃  もんどりうって帰ってゆかな

懐かしさとはとはに禁句の  のどかに眠れ言葉の獅子ら


短歌人4月号  1998     「色」 あをによしナラティブを越えリリックへ行方も知れぬ牛皮鞄 古き良き時代の蜜も卓上にひとすじ垂れて夜の黄水仙 自由にして奔放ならざる新しき千年の蝶の黄金の蛹 朱華色「撥ね釣瓶」とは何だっけ。ゆうべあなたの夢を見ました システムとして禁色を想ふとき、ああ紫が灰になるまで 恋愛も翳るkukikukiと雪を踏む「北ホテルなどどこにでもある」? 巨大なる色神検査のやうな絵を頭上に掲げて少女歩めり 留守宅を春風襲ひひらひらと揺れて危ふき市松模様
短歌人7月号作品     象の卵 象の卵のやうな浴槽買ひ求め若草の靴履きて湯浴む、と 櫛の歯の折れ毀れたる口開き空気鮫らは空行かむとす 電気山羊髭のそよろをくぐり来て居酒屋「空」に犬も酔ひたり 帰るべき時は来にけり烏貝囁くやうな服喪の巷
短歌人8月号作品     飲食 さやさやと夏はめぐりて飲食の涼しく遠き恋の蜜かな 馬刺し食ふ天草に来て思ひ出のちひさき人を膝に乗せつつ 冷酒を飲み余したる老いびとに鳥は来つつも慰めかねつ 水貝やイデオロギーの終焉とふと意味もなく呟いてみる
短歌人9月号秋季作品特集      柔らかな隠れ家 あ、秋。海豚のうへにユリカモメ見えつつ隠れ隠れつつ見え 牽牛花、戦火のごとし恋人と恋人の家ことごとく消え 革命歌・黒人霊歌・balalaika ・▲形の胴に罅割れ ゆふべ君は雨の洋梨、軍服の襟立ててありその後知らず ある確実な存在としてあはれあはれ無声映画の中の自転車 荷造りの荷物崩れてしろじろと白鳥徳利、網膜剥離 髭を剃る、落葉は乾反る、砂浜に去年の夏のbeach parasol 大いなる樟の樹上に樽ありき。おお、吉兆として我は過ぎたり 自由都市その名も遠野、雌雄なす菊人形の赤糸縅 遠景を野分は過ぎてわが部屋に美文調恋文の鴉が! ろくでなしろくでなしとぞ磯鴫が鳴く crystal wedding、ああ 福音書、残暑のごとく長髪の青年の手に蘇る柚子 白色テロルしずかに満ちて食卓を飾るミルクの底に胡桃が 夢の意味あきらかになり目覚めたり「貘が花笠音頭を踊る」! あはれやな魚群のごとく花鶏飛ぶわれら世紀になにをし残す? きつね雨はかなく過ぎて恋歌の一節思ひ出でむか、出です 中井英夫が『カリガリ博士』を愛せりと脈絡もなく鳳仙花咲く 耳たぶに Gestapo風のピアスして少女は「飛ぶ!」と叫び、死にたり 秋海棠、旅行鞄の裏底に古き恋文出でにけるかも 秋風や旅館「恵比寿」に酔ひ臥して翡翠のカフス釦忘れき 藁塚の匂ひかすかに地下街に、睫毛を濡らすものこれは何? 通草籠しづかに編みて老い妻は「あ、尉鶲」とぞ声に言いたり



短歌人十月号作品  1998年8月6日

  会話体の試み
              
なぜここに唐辛子ある?こんなにも赤唐辛子が、鶴の絵皿に

ええっ、蘭の写真を剥がす時の音、狐の声に似ているって?

言ったでしょそこじゃないって。葡萄唐草すこし透け過ぎ、

あの時に忘れていった靴なのか?うわあっっすごいムクドリ

何故かなあ菊膾ってさ、父親のことを話題に食べるんだよね

鋏!ほら早く鋏を!あんなにも高い空から柚子を摘むんだ!

墓地裏の花屋のことは覚えてる?パノラマ・ホテル1005は?

ゐのこづちは牛の膝と書けばいいのか?天草まで後何kmだ?


短歌人十二月号作品   人称の試み 遠い火事見ながら君は地図帳の印しを指で探してゐたね 芭蕉忌に彼らは集ひひらひらと冬の桜を幻視し歩む 恋人よ、吾はこのごろ炎なす火薬仕掛けの狐の罠だ 寒満月、女人現れそこもとは貂の化身と告げて去りけり 巨大なる鮃のごときキーボード anataと打ちて愛を告げたり おお乳房悲しき秩父夜祭に母を「おまえ」と呼び初めしかな はやばやと火鉢を出してつれなくも老婆自らは「うら」と自称し だからさあ、オイラは金魚。目を逸らすたちまち全て忘れちゃうのさ
短歌人 一月号作品  1998/11/11   口語へ(連句・獅子) ローリング・ストーンズを聴け、冬の虹 滲んでいるよ霜の敷石 意識から無意識までの距離をみて ギア切替える潮の香すれば 蠅のいる民宿がいいと君は言い 意地悪な夏の手足纏わり 理科室で軽いキッスをした頃か 辛いわと書いてつらいわと読む 虫篭にピアスのような虫がいた 台風の目をなにに喩える? ?の中に見え隠れする月 キツツキは鳴く?叩いているのさ 「さらば」って死んだ言葉の辞書にない? 椅子に凭れて眠っていると 遠い日の花が零れて困ってしまう 後姿はブランコの上
短歌人 二月号作品  1998/12/13   椎葉純平(四九) 指に風、唇に霧、こころには静かに銀の箔ふるへつつ ラヴ・ホテル「兎の尻尾」に戻り来て十四、五年を俺は老いたり 洩れさうな声を堪えて捩りたる さう、その姿勢なら、砂丘 髭を剃るあひだぐらひは離れてさ、紙が珈琲を濾し出す時間 なにものにも包まれていない人体を浴槽に置き去りに 岬へ 誰か来て海へ棄てたるハーモニカ流木の上に錆びつつ光る 塔子(二九)、しづかに紙ナプキンに死にたい 海で? 「純平さん」と、我が名呼ばれて公園の楡の大樹に百舌鳥猛るころ 古九谷を写す青絵の薄皿は離婚届の上に置かれき 老い妻は旅の終りの車中にて「飢餓海峡」を読みつつ眠る

短歌へ戻る