紙飛行機を高く掲げてひゅーんひゅーんと小池光は走りけむかも

        「路地裏の機関車」という案内に従ひゆけど機関車あらず

            春寒や木乃伊を抱くここちして

        「蜜人」は蜜したたれる恋人の謂にあらざれば哀しかるべし

       「現実」に「超」を冠するたまゆらの時代を経てや老人われは

       字の面のゆゑ拒まるる書物あり『俊頼随脳』も読まで老いたり

       機関車は桜の園の端にあり 「機関車」という看板もあり

             花の種子撒く散る消ゆる飛ぶ爆ぜる

       水鳥の鴨の羽色の春の街を「超男性」は濡れつつ歩む 








空木

 
会話と独白(1997/7)
月光がしづかに照らしてゐましたね。古くてちひさな木の舟を 島がくれ漕ぎゆく小船棚無し小船風を越えつつ水は行きたり もうすこし寄り添って来てみませんか。禁色の傘そこに折りかけ まがまがしき蟹色の雲みゆるかな浮きつつ過ぎし不惑の頃も 懐古的なヨージ・ヤマモトの黒い服脱ぎ散らかしてゐたね。あの頃 そのかみの薄気味悪き呼子鳥「靴ヌギテコヨコノ奥ニ来ヨ」 ミック・ジャガーじゃないってば。「肉じゃがは好き?」って聞いたのよ 夢の庭に隠れて君は見る頃かほのかに白き夜の水木を もしかしたらカモシカを見ることができるかもしれないじゃないか 小夜更けてCD・ROMゆ流れ来るアゼルバイジャンの国歌悲しも ほらごらん、あの雲が天使の梯子----風で聞こえず---- 清潔にして潔癖な家庭ゆゑ「乞食者が詠う」は夜にこそ読め ねえ見てよ、天使の羽根が家中にうようよとして----掃除機 梯立の熊来酒屋にわが酔ひてまぼろしのごとく帰り来たりぬ 洪水におびえて山へ逃げ惑ふ夢を見たのよ。少女のころに 緑透く木々の雫に濡れながら鹿は歩めりつつしむごとく 透明と混濁の差?すこしだけけふの料理は辛くしてみた おほいなる枯野に舟を焼くけむり車窓に見えてわれら帰り来
愛人 1997/8
さらさらと栃の葉裏に陽は透きて歩みゆく妻揺らぐも楽し 妻子いま老海鼠を切らむと華やぐを塩辛き男ひとり見てをり たはむれに「さるぼぼ」を買ひ帰宅せむしばしば遠き火宅の思ひ わが窓に火星は見えて八月のみすず刈るかな未知の恋人
断絶 1997/9
晩年の岡部文夫の容貌の氷見の港のごとく悲しも 晩年の岡部文夫の蔵書中「四つ葉のクローバー」あれば悲しも ゆゑしらず底破れたる暗黒の軍靴を磨く夢みて目覚む 白昼夢とて意図的に君は見る花踏みしだく装甲車あはれ
遊べ、まどろみ 1997/10
霧、雨に変はるころほい森を出て街に向かへば黒き旗見ゆ 一九六九年思はるる、韻踏み遊ぶロンドン・ブーツ 悲しみは中井英夫のやうにして終はった時代から戻り来る 遊べ遊べ遊べ遊べと暗黒の壁星型の鋲で飾りて 秋風や、浦の苫屋の板の壁「立て看板」の名残りかこれは 恋人よきみがみむねに(照れてゐる場合じゃないぜ)睡蓮の花 ささがにの信楽に降る秋の雨、回想は歌(傘)からはみ出して 心あらばいざ伝えてよ腐りつつ毛沢東主義者老いると 都市に生れ都市に老い行く犀の上に(つらい酸性の)雨降るらむか
連歌へ 1997/11
かろやかに毬装束は透けながら 紅葉は笑ふ紅顔の日々 次に来る新世紀さへ約束されて 我が師は美髯yes・キリスト 半月のやうな微笑み耽美せよ ダリの画集に優曇華の花 打越を怖れず言へばデュシャンにも似て 夢の自転車雪に溺るる 雪の朝、「沈め、歌ふな」少年の声 童貞だった雷だった 雷神もみだしなみしてアラレガコ 九谷の青繪おっと危ない 春霞、九官鳥に「毛語録」 フリユクモノヲワスルベカラズ 五月雨をCD・ROMに聴きながら ありうべからず蠅の女王 軍服をたはむれに着て少女、汗 夏こそいづこ氷の歌仙
多武峯の蹴鞠
おほいなる多武の夜寒に目覚むれば瑟の器も夢とこそ聴け 歌仙はや蹴鞠に似ると うたびとはしずかに語る談ひの杜 紅葉濾すひかりのなかをまぼろしの毬装束は舞ひ舞ひ踊れ 天上の声のやうにもかろがろと紅葉を越えて毬は浮くかな ゆくりなく遊びせむとぞ聞こゆるは蹴鞠の庭に神遊ぶらむ
1997/12/8 遠しぐれ夜半目覚めつつゆくりなく獏の乳房はいかなるかたち 『猿蓑』にめりやすの足袋ほのぼのと元禄四年の冬思はるる 冬日射す「夏目探偵社」の扉押してさびしき女入り行く 詩歌越境してあじきなしさらさらと五黄の寅の夜の不精髭 遠き日の蝙蝠傘はさかさまに霰を掬う俺を見てゐる 忍び来て夜のふとももを暖むるナショナリズムのような雌猫 冗談として心中を語り出す年若からぬ恋人あはれ 遠景を葬列歩む川岸の尾花も透けるほどの水雪
短歌新聞 新春いろはがるた みづとりのすだく水沼を越え来れば過ぎ去りし日の虹見ゆ、楽し
1977/1/10
獅子、連句風に
火の匂ひ悪沢に見る日の出かな ナジーム・ハメド俺は好かない 烏賊のぼり嫌いな奴をふとく描きて 手品の鳩は夢であったか 悲しみを笑ひて潅ぐ酒杯の 喉仏にはニホンカワウソ 杣人に想ひのほかの虹立ち見ゆる ルナティックとは狂的美的 木賃宿老子ほのぼの恋ひそめて 手紙に偽の顔写真貼れ 蓮華?否、菫?否、否、花は桜さ 咲くに嵐のたとへもあるさ さにつらう乙女のやうな月光の桃 もんどりうって帰ってゆかな 懐かしさとはとはに禁句の のどかに眠れ言葉の獅子ら
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