宇多川シーナ 1996/3/8

    列島の冬の旅窓に思ふべし右翼はしぐれ左翼は日暮れ

    キジ?ひじき?飢餓?ニガキ?詫びる琵琶?なぶるブナ?乞食?死語?

    父の日はミック・ジャガーを「肉じゃが」と聴きなしてゐる妻の横顔

    四半世紀!ああ月光に照らされて蹲りゐる黒き電話機

    黒猫や『白鹿亭』の裏庭の壁のひび割れより偲び来る

    北越の冬の雷雲ひとところはころびていまスバルぞ見ゆる

    少年が初老の男になる日々を吹きさらされて庭の草々



    歌 1996/6/9

    時代は今、君らが予言したやうな霧の墓標に薔薇の夕暮れ

    ああ、あはれ、いま人格が壊れつつ、飲む。旧友の官僚Nと

    遺言の文脈乱れゆく部分、父愛すべし。春の水雪

    さはさはと春の杣道降る雨に手のごときもの暗く濡れたり
     (ケンポナシの花梗)

    自然詠、たちまちにして天皇の国見の余白。薄墨桜

    森林太郎を識らずして何の林学ぞ、と
    塚本邦雄は書いた

    たまさかに『羽鳥千尋』を読みをれば「節奏は彗星の尾のやうに……」

    天皇の歌の盗作を載せたれば三重県版を人は記億する
     (かな?朝日新聞)



    歌 1996/7/9

    寄り添ひて若葉そよげる叙しさを慰むらむか山の桜は

    黒つぐみ来鳴けるころになりにけりこの春をまた我ら忘れむ

    後藤直二『沿岸流』読後二首

    コシアブラまたの名馬鹿の木惚けの心を伐採しつつ我は悲しむ

    木食の愚者の寂しさ、しゃがしゃがとリヨウブ飯とは強きものかな

    鳥帰りまた鳥渡る残酷な五月は人を荒涼すらむ

    夜の風見ゆるほどにも音立てて古竹折らる竹の秋かな

    マムシ草はある意味で食虫植物だぜ。

    雨一夜ありて伸びたる蝮草、毒婦たることもしみじみ寂し

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