神話1995/2/10
思ふべしシュルレアリスム栗鼠の牽く橇
国家とはことあるごとにまぼろしの伽藍の中の紫の牙
原子力発電所内清掃夫清原舷雄、牛首に死す(新聞記事)
駅前に小沢一郎あらはれてミドリトカゲもはかなく死にき
札幌のすみれホテルに振り子型大時計あり妻の絵葉書
『フーコーの振り子』を読めば老耄の母のしはぶき雪の離れに
音素とはたがひに対立するものの 「愛」は「酔ひ」ほど香しからず
全天候型雨傘も売りたれど『雨谷金物店』倒産す
神話とは、不倫、殺人、詐欺、侮辱、恐喝未遂、死体遺棄……
回文練習 19995/3/9
あられもなき女人なるべしアラレガコ
竹、破竹、竹馬、爆竹、箱、鋼、ねがはくば母朽ち果てても生きよ
蝿に雪、つつましく降る貧しさの妻、厨房にいかなればこの絵?
あさぼらけ「あれ雪篭が消ゆ!」といふ罵るごとき女の声す
思惟の石、すずろなる鈴、永遠に鳩、庭には埴輪、桜の暗さ
父、ちどり足は軍靴を柩とし
蓮は萎れて 霜月の こころの傷は おととしの……?
ざわざわと雨傘を打つ水霰、「耳なし橋」を渡るみみずく
木地師黄に、轆轤師黒に染まりけり いかなれば死者のみ黄金に
遅々として父の歩みの欅焼け、ああ自棄っぱちにしゃがみこんでら
言葉とはレディメイドの冬の鱒
神のみか言葉も死にきとこしえに「エシコトキニシモハトコカミノ」
ゆず果汁が浮いています。よく振りますと香りが引き立ちます。
鬼は兄?言葉は再従兄弟?鴫は雉?けふ紺色の傘置き忘れけり
『ファミリア』は虹色道路をひた走り「さんさ時雨か萱野の雨か…」
ひらがな短歌、漢字はニ文字ばかり 1995/5/9
ひらひらと飛ぶものたちをひらがなの昆虫としてかなしむべきか
らちもなきいひあらそひに疲れたり羅のごときもの妻はぬぎつつ
かなしみは天皇制のかなたからひとびとのうへにちりぬるものを
なつかしき虹の建築ほろほろとこばれくるところより、こぼれよ
短歌とはすぎさりし罪とげとげのこころのあはきこといかなれば
歌ふべくしづかにそよぐ春の旅にひかりのしづくちるとしもなし
漢字すなはち父たるべきをおろおろとことばをひさぐかなしみよ
字典もてしらべつつかく轣といふことばのわだちこころのわたち
はしけやしひらがなの名やみのもんたもたいまさこにつみきみは
三人のこひびとありて鮑くふくひのこされてゆくくらきこのわた
文学をはるかにわすれいさなとるこの老いびとのふぐりぬれつつ
字は声のうつせみなるかいもうとのやはらかきうしろすがたよ!
ばかばかしき縄文杉といふたとへ、ゆくりなくもあめはふりきて
かなしみのからくにのやま奴卑として樵したりしひとびとありぬ
りゅう座流星あめのごとくにふるゆふべひとりとてめざめざりき
定型を遠く離れて 1995/7/10
いまこうして抱き合っている私たちも遠くから見れば蟻にすぎない
越前平野はなんと寂しいぬかるみだろうか蓮如に実子二十七人
幻聴?まさか七月の真昼の炎天にコノハズク鳴くとは
その昔かわいそうな少女たちがエイキチ・ヤザワを背負って歩き
二・二六事件と『ツムラ』が遠く微かに出会った時代さ
妻子とはいつもヒヨドリ。おまけに世紀末などというこけおどし
天皇のことを考えていると脱臼してゆくカマドウマ
リアリズム? 1995/8/9
日盛りの熱田の杜のあららぎのリアリズムとは蟻のりズムさ
『文明論』の魑魅魍魎の木下闇、ツチノコもあり土屋文明もあり
柳田国男の南方熊楠宛ての書簡に
「 山人の女あくまで色白く背後よりその陰毛見ゆる」
写実とは偏見によって裁断された脈絡のない断片だよね
里人が山人を排除していった 夜叉が池伝説などもそんなものだよね
関所とかあんなふうなものだって新月の夜の差別なんだよね
むじな藻や天皇陵も世紀未
物の名の悲しい秋の湿原に「むじな藻」は増え「たぬき藻」減ぶ
対詠 1995/9/9
歌川シーナX西王燦
テンノウセイ?今はそれより真王星のほうが火急じゃないの
「王はすなはち擬態なすとぞ初秋の水辺に群るる漆黒の蝶」
ザ・ローリング・ストーンズを巻き戻していくと苔むす『君が代』
「少年の髦を去りてはるかなれば暁の寺の苔の杏かなし」
『JAZZ』駆って牛首峠を越える時、柳田国男の亡霊!見えた?
「赤銅の南方熊楠すら消費さるるいはんや曇天の芥子」
ブナの木から作られた自然派繊維!これってつまり『レーヨン』でしょ
「廃虚なす人絹会館屋上に奴隷的拘束の火のごとき少女ら」
二十年ぶりにポリス・ヴィアンが流行してあなたは売れ思想
「睡蓮少女吹きとぢてゆく昼つかた無事はすなはち無聊たるべし」
クリムトの絵のジグソー・パズル。あれは明治の世紀末でしょ
「ヤンバルクロギリス鳴くや九月の妊婦らの薄気味悪きまでの薄絹」
十九世紀最後の年に央国の陰欝な舗道を歩く漱石って感じ
「行く漱石と帰る熊楠擦れ違ふインド洋上泥酔の虹」
『世紀末(ファン・ド・シェルク)』とはつまり「男/女」の境界が曖昧な貝殻料理
「少女らが抑圧されてゆくからに雨の口裂け女ふたたび」
レヴィ・ストロースがサン・パウロに着いた時日本人移民はすでに千人
「サン・パウロの雨の絵葉書運び去る郵便配達夫死者の香残し」
人影まばらな遊戯場、むしろここから続いてゆく『空』
「金太郎鰯はあれど桃太郎鰯あらざり天使領アラスカ」
天使領?まさか!あなたたちに残されているのは気弱な天皇陵
「猟奇すなはち秋の気配の余呉湖畔自転車二台傾きて墜つ」
たとえば鳥海山の影が海に映ることとかはあなたを勇気づける?
*大谷雅彦から
「旨酒の『呉春』贈らる雅彦よ狸狸飲みを慎めとてか」
歌川シーナの母との対詠 1995/10/10
少年は帰っていった音楽のような月光に肩を濡らして
「飛ぶ鳥のチャーリー・パーカー忌の朝に老眼鏡を取り落としたり」
悲しみに剥き曝されているものは菊人形のガラスの義眼
「懸崖の岸とは何ぞ菊の日に女帝復活論かまびすし」
半島の漁村の路地の真昼間に「ゴルフボール積み」をしている男
「日常はすずろに過ぐるさればこそ椿事を特ため馬琴のごとく」
ゆく秋はたとえば『黄金伝説』を焚き火のために燃やしてしまう
「ゆく秋や『ヘレナの乳』の小さきを南方熊楠が語る哀しみ」
歌川シーナの姉との対詠 1995/11/11
弟は真っ青な河馬だ無意識の骨と沈黙の脂肪からできている
「行く秋の水木の花梗あかあかと人の血液のごとき寂しさ」
むろん私は真っ赤な鰐だ骨と饒舌な筋肉からできている
「ほのぼのと大正時代の『花電車』、外陰唇もすなはち筋肉」
辰巳泰子が『原子心母』を知ったのは子の父親のLPであろうか
「乳歯とはすなはち母の乳房噛むそのあはれさに生うとこそ知れ」
だってそもそも『原子心母』が売れた頃、辰巳泰子は五、六歳だろ
「母乳しづかに垂れつつあはれ革命のバリケードなす少女の胸ゆ」
歌の感じは『原子心母』というよりもキャロル・キングの『つづれおり』だよ
「われらが歌のゆくて朧に照り陰り『ブラック・サバス』の悲しみの!!」
弟がホモ・セクシャルであることを黒い安息日に知らされて
「つれづれをつづれ織りなす青春の『いちご白書』に虹の落書き」
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