短歌1993



私短歌・除夜のみそぎ


ああ、ヒトの虫垂のごとき雨降れり暖かき冬の眼らえぬ夜を

大自然の驚異もすでに遠景を死につつ歩む犀と犀の子

美少年四、五人を買ひ懐かしき冬のみそぎを我らはせむか

短歌などは今まさに透きとほりたる悪意ゆゑ天皇を褒めつつ栄ゆ

正月二日あかつきの禍々しき夢に原色の「憂国」のあの写真

わが家の正月料理のー品に黄金の鰯、故あらざれど

暖かき冬はまぼろし遠く駆け角兵衛獅子に出会ふ野末へ



私短歌・葬儀ふたたび


葬儀へ向かふ車中に読めば『風雪の中の対話』のつまらなさ

春の雪の雄琴ぬかるみ鹿皮の娘の靴は跳びつつ走る

老人の葬儀なればか「野蛮的(ソヴァージュ)」の孫娘らははなやぎて見ゆ

パンダはさ指五本だよ…唐突に通夜の席より少年の声

発つ前の夜食したる力モ鍋の胃にやはらかく痛み、瞑る

瞑りてうつうつ眠るわが書庫に『黒衣聖母』はありしや否や

武生市立図書館に仙波龍英の本はつねに貸出中なるがなにゆえか

葬儀の朝雲母なすかな声低くアンデパンダン、アンデパンダン…



自然詠?


裏表紙にちいさき犀を探すとも表表紙はもちろん浮世絵

小池詠む「錬金術」は西王のことなれど、梨田にあってあれはあれでよし

妻が我が家に来る数年前から食器棚の上にある『福井春雨』

『福井春雨』というものを正確にいへば「ハルサメ」の箱、中身は知らず

今このように書いている机の上に「ハッサク」あり、奇妙な金属片あり

晩年?のグレン・グールドは背後に聴くもニ十年前ほどおもしろからず

春の空、なにか途方もなく大きな生き物のこわれた大腿骨を…

自然詠二三首詠まむがため麺房「ふるさと」のとろろ蕎麦



私短歌・花


日々すでに浄からざれどひとときは朴の花吹き渡りくる風

父老いて深山しぐれの花の香を悪しとも言はず好しとも言はず

遠山に木の葉梟(ブッポウソウ)の鳴く夜を父は寂しき食事せりけり

棺には死者の好むを納れよとぞ麦落雁の骨脆かりき

妻と子は何処ゆきけむ卓上に楓の蜜はいたく垂れしが

「民族の誇り」とはなに?独活の芽を酢に晒しつつ思ふともなし

回文は風にふかれて那覇の砂、茄子の花、更紗、啄木鳥、妃……

降る降ると赤翡翠(アカショウビン)の鳴く昼はこころもしのに荒野のかたへ



短歌へ戻る