短歌1986




西王燦?の三月


1/5 晴 金闇寺の篭城男(尾上栄一氏)

めぐすりは馬琴の家のたづきゆゑ表紙の裏の「め」の文字あはれ

1/6 雪 写真 (ダーラムの寺院)

肋骨に星ちりばめてたつ樹々の攀ぢもつれあふ伽藍すさまじ

1/9 雪 穴熊料理

あたらしき言葉は解けて女童ののみどをくだりゆくぞたのしき

1/10 雪 ピ エ ール・フルニエの死亡記事

恐れつつ薔薇に触ればむらむらと「侍藤文学」懐かしき名よ

1/10 雪 岡本省吾氏死亡記事『樹木圖鑑』

近代の楓の森に権力は標張り渡し枯れはつるべし

1/15 晴 スカイライン試乗

シェラザード風にし裂かれしかあれど篠先生の「さわやか短歌」

1/8 雪 青柳千咢さんから電話

雪空を渡りおこせば聲枯れてD・シーゲルや?J・シーガルや

1/21 雪 中核派?福島慎一郎君殺される

風花のかごめ遊びのふりふららふるりふららら悲しかりけり

1/22 雪 リツキーちやん死亡記事

幽霊はぽあとあらはれちちははの真鯉のうへを緋鯉はこえつ

1/23 雪 土方巽死亡記事

肉体はしかこそ宿れさはあれどどかたせんとぞ読みし父はも

1/28 雪 「作家ソルレス」 R.バルト

さきの年栗毬をひらきて捨ひたる粟くらはばやクリステヴァはや

1/31 雪 ビニールハウス殺人事件逆転無罪

ゆるやかに桧はあすなろを襲いつつ風媒の愛涼しかるらむ

2/1 雪 宮田東峰氏死亡記事 (宮田ハーモニカ)

半音は舌に縺れて少年の恥きららかに歯も熱かりき

2/3 吹雪 「山谷殺られ」は短歌では書けない。

「大衆の短歌」なるゆゑ日本の不可触の「あれ」切り捨つるはや

2/5 雪 吉岡生男に

てにをはも餅焼く香りなつかしき同世代的犬猿の仲

2/10 晴 私

失せてのち十月ばかりの家出人ふるさとの麩のふふふふふふふ

3/3 雪 新聞短歌という馬鹿

春の雪、アホの坂田がひかえめに東京ぽん太を馬鹿と呼びをり

3/7 曇 ミッシエル・フーコーの愛人!

たはむれに三月三日の愛人を遠くから見れば………蟻!

3/9 雨 ♯?

雨宿り、居酒屋「華」に立ち寄れば かの白秋もここに酔ひける、と



的失鐵之丞氏の四月



4/1 晴 傳吉忌(祖父)

日の丸は雪に墜ちたる柿の實の春三月をいづくにあらむ

4/2 晴 厨に鼬の足跡がある

戦後派はことに重たき論調のおぼろに見ゆる月の暈かな

4/3 雨 鼬をとらへて、売つた。

イタリアの西海岸をうねうねとくねくねと来てサン・レモに死す

4/4 晴 レオナルド・ダ・ピンチの偽作?は

のつどりの雑子を食へばくちひびく神隠村「鈴屋」にて

4/5 雨 讀書『グレート・ マザー』

鐵ちゃんは雨の魔法の母親にうしろを向いて縛られてゐる

4/6 曇 鳥の聲

まぼろしのエリック・サティ「幻」を冠する修辞も俗耳に馴れて

4/7 雨 父の家が夜叉ケ池伝説に登場する理由。

ああ、的矢鐵之丞とはわが父の甥にして雨の悲しき大工

4/8 雨 ほとんど幻想である「鬼オコゼ」

悪夢、南方熊楠は現れて少年を頭から齧り始めたり

4/9 雨 春の山神祭り

鬼オコゼ椎の葉の上に干涸びて無骨なるゆゑ鐵ちゃんは食ふ




想ふ六月


*は窪田薫句集「モーツァルトが俳句を書いたなら」 より引用

6/1 晴 廃刊記念日

自転車は『現代の眼』の六月をかげろふ坂ゆあへぎはこびき

6/2 晴 ポスト・モダン?

近代の終はりの海の「我」 ゆゑに割れて砕けて裂けて散るかも

6/3 晴 吾恩ふ故にエゴの木かたつむり*

光」より「薫」に至るひとすぢはねぱねばと曳ききらきら乾く

6/4 曇 吾思ふ故に我あり・三木与志夫

きつつきはひたすらたたく日々ゆゑに頭邊の筋發達したり

6/5 曇 ほととぎすその紙山となりにけり*

かの汽車の窓より翔ちし學帽は鳥となりけむ山科あたり

6/6 晴 吾輩はマザーグースと蝿は言ふ*

「ザーグー」の古き映畫に将軍は蝿と呼ばれき王を殺めき

6/7 雲 根津美術館

あたらしき廃虚のごとし「モビールをうごかしてゐる風薫る*」

6/8 晴 下町風俗史料館

『リゾーム』に冷房の風栞して眠らなむはや車内の少女

6/9 雨『ゲームの義賊』

逃げさらむ俳句は涼し さはあれどあはれ短歌はあくまで樹木



作品七首と3分の一


人の眠れる僧侶をあかあかと陽の没る海にわれは思ひき

小池光は「ランボルギーニは空さへ航かむ」 と言った。

小池君このチョロQも空を航く そも家庭こそ中空なれば

悪しき夏ゆるゆる溶けて水玉に抱かれてゐるをのこをみなご

水城春房の歌集を読む。

有髪の鯉魚釣らむとぞこめかみに月を映してゐたりけるかも

ほのぼのと概念と化す大衆が衆の文字より腓かへりす

理由もなく突然に、人の名が思い浮かぶ。

生理する少女を見ればたちまちに張作霧…また時枝誠記…

父、魚を食ふ くらやみの歯の奥の筋ほそぼそと木洩れ陽なして

一首の3分の一

雑貨商「鳥羽屋」の息子ボクサーになりあ



六人兄弟


連休の波乗り人ら待ちかねつエルサルバドルより津波来よ

人形師欝々として朝寝せり白露しづむピンポンパンツ

山狩りの犬さへくらき靈異記の村はづれにて首あらざりき

白秋に横顔肖たる理髪師ぞ 鏡のなかを鳥渡りゆく

風説の時雨るる村や鏡の国より戻らざる少年一人

かの日々の「口裂け女」帰郷して住む駅裏のくちなし荘に

難聴の叔母の名静子カナリアを飼ふ月夜野の月いかばかり

妻子避暑より房らざり轆轤師の六郎しろき鰈をせせり

牛飼ひの五郎独身愛蔵のオートバイはや萩に溺れて

耳弱き父都市に住む三郎の百舌なす聲も聴きあぐねつつ

ニ郎女装して船を待つジェフ中佐オハイオに病めろを知らで

ー郎岩場より吊されて火のごとし玲羊の母は子を娶る

短歌によっては絶対的に書きえないものがある。 たとえば
これら六人兄弟の、ごく普通の、日々の泡。 短歌は典型を
目指す。四郎は短歌の向こう側で退屈しきつているのだ。

六月の四郎しづかに瞑目し横断歩道の「楽」を聴きをり

盲目の四即しづかに瞑目し横断歩道の「楽」を聴きをり