短歌1983
飾りのついた四輪馬車 1983/l/9
はじめての子供が生まれた朝
子供の父親は森にゆき
「歌」を植えようとしたが
森のやうに見えたものはじつは荒野であり
「歌」のやうに思へたものは「歌」ではなかった
また見れば青き籠かきをあはれみたまへ、、、、、
といふ不完全な回文
それが「歌」のはじめであった、、、、、か?
綾なせる樹々と雪とを母と子がいだきてねむるとはき街から
生命のやはらかき種子運びゆく・・・飾りのついた四輪馬車
れんげ蜜あかしあの蜜たらちねの籠より香るごとく揺れゆき
しののめの羚羊の尾根、熊の尾根吹きとぢてなほしづかなる
日のあしたかがやく道はあたらしき雪の墾道、しろがねの道
のうさぎの聲ならなくに森の子のうぶ聲なども載せつつ還る
歌ふべくしづかにそよぐ去年の樹に雪の雫のごとき芽は吹き
折り句 「綾生れし日の歌」
われわれは琉拍の中の・・・1984/2/9
枯れ枯れの冠山からかなしみの雪の龍来る・・・・椿を衝へ
恐竜の骨のつららのしらじらと夜を籠めて雪降りつづきたり
椿坂峠を越えてみづゆきの人らは去りぬ。 その灯の「椿」
私たちは取り残された
ゆきぐもの入道雲のむくむくと「愛発の関」を越えゆく頃か
街道は雪に閉ぢたり一家族越冬をするライオンの……縫包み
生きて負ふ悲しみの色違へつつ樹木は泣けり・・子は泣けり
父は剥ぐその子のための襁褓なす天上の貂 地上の怒り
『春』うたふ雪の夜の母 バルト産琥珀のなかに椿一輪……
仙波龍英に回文の歌二首
世なん老いらくはした褪せ独活どうせあたしは暗いをんなよ
あたしだって負けずに暗いわ わい楽にスケまでツだしたア!
さて今朝は酒呑みの気の利かぬ柿の木の蓑 けさは下げてさ
裏山にかなしき犬は現れてしろがねの月を噛みはじめたり
酒呑童子も悲しい。
黄金のライオン遥か 酒瓶のうちがはに一家族揺れつつ眠る
父たれば、すなはち悲哀 …家族とは琥珀の中の昆蟲ならむ
歳月といふいにしへの惑星にひかりあたへし人ありて、また
「おはいなること歳屋の如し」とふかの星雲を見し人ありて
せめてこの日常の近未来「ハレーの彗星を見たい」とぞ言ふ
ヴィスコンティ嫌いのわれら讀む朝の家族の肖像とはいかに
簡略にたよりせむとも夢の梅ありありとわれゆふべは見たり
卵黄を繪の具に練りて塗りかさねたる団欒の繪を購ふ男
「腐った冬」 から「腐った春」へ静かに歩いてゆくその男
霞んでゐる冷蔵庫より取り出して鶏卵を割る「力二星雲」の
写真のやうなしみのある白木の卓に叩き付け割るふたつ割る
鳥もまた手法であると言ひそめしよりくちびるにみづの音楽
音楽を冠りてあゆむ少女らは「宝石函」といふんだ、そして
やはらかき喉をくだりてゆくときに音の卵は溶けるんだとさ
芦原町二面にてその父はジャニュスにあらず子を背負ひしが
波を見る 凍りつつなほひらひらと舞ひおりてくる波の空蝉
子は歌ふがごとくに泣けり凍りつつなは舞ひ降りる波の空蝉
鳥の声をさめをはりてその薄きテープの裏に録りにげるかも
うらがはは表に惨みうみねこの声わづかづつ融けはじめたり
もし間ふならば君に……1983/3/8
残雪のオペラ・グラスに眺むれぱ末黒野を鹿過ぎにけるかも
知れぬとや佐賀の「白石」より書簡届きし夜の星のきりぎし
きりきりと巻かれゆく時オルゴール・メリーの内部こそ海と
言ふべきならめ鳴り出でてなほ廻りはじめぬしまらくといふ
おごそかなかわきのごとき静謐に子を遊ばせる浮力よあれな
父の眼は薄明にして霧なせるポロックの絵ぞ蝦夷やまざくら
咲くころや「歌人」たちが遠き地の戦を笑ふ いざ言間はば
みちのくの岩手に「三木」と呼べる人つらつら花の幻を見き
花はまた花としてあるさびしさに狂はざりしか水邊をとほみ
散りしきて流れざりしはひらきたる繪本の上の花ならなくに
五月、子を持ちたるゆゑに恐れしは硝子のなかの花、風信子
五月は残酷な季節、という常套句が
突然、身近に感じられる。
残酷な季節ほそほそヒヤシンス・グラスに白髪およぎ遊べど
ヴィヴァルディに愛のヴィオラの名曲あるをわが欝々とすも
君はまた架空の愛に………全天は雲を支えてしづかなりしが
折り句「もし間ふならば君にこどもが
愚者の朝 1983/5/8
こころざしとほく違えて山彦が聴く虎鶫、またの名は「鶴」
ヒエロニムス・ボスの描ける愚者の繪に麦藁帽子はありしや
否や? 岩走る時の岩魚よはつなつの永き猶予を憐れみ遊べ
笹の葉に魚をつらぬきわが夕べ「時」は水晶?否、苦き草?
子の唇に岩魚は溶けつ………… 幻の水草のごときその唇に
母・妻はわれを怖るるわがうちにまよへる異邦人の棲む夜を
母の樹の山毛欅を殺しし山彦は鵺のくちぶへ吹きぬその夜半
聴く森 1983/7/11
九月、わが斧にあふれて泉なす月こそ水のメタモルフオーズ
秋白き胸を汚せる苺ジャムわが椅子よその内部腐る……な!
茜色もてつつまるる児の耳の夜はそびえたつ樹々にしたがへ
読み終えて植物的やアインシュタイン亡命の後この書を誌す
休猟期……葉月のすゑの醜悪な倦怠の日々をいかにかはせむ
ライフルに錆、山毛樫の手は軽々と空を支へて静かなりしが
ああ党派遠ざかりつつ寝室にR・シュトラウスひくく流れよ
族長の秋 1983/8/9
この秋を渡る家族の長なればわれは想へり空のかささぎ
香りたつ竹の伐りくちあたらしき惑星こよひベガに生れけり
かの内部渦巻きてこそ静かなれ鳥の卵も星の卵も
七夕の水晶體は濡れそぼちジェダイを恐る、否、否、否や
をさなごはをみなごなればやはらかき泉あふるる滅ぶなこの夜
核基地の円周率はわが庭のコスモスの花闇に咲かせて
朝、われは『文雁報』に西安の朱鷺の幼鳥そだつを読むも
涼しかる言葉や小池光よいかに「サンチャゴのピノチェトは倒るる」
むくむくと秋の乱雲 戦争を想ふちからのあらぬが嘆き
白亜紀ののちの卵は穀薄くつひに彼らの胚を守らず
恐龍のイグアノドンを齧りしが這ひ疲れてやうつぶせに寝る
うす青き地球の影のこめかみに「熱核」の花ほのかに咲きて
あまたるき象徴なれど浮き彫りの茸雲より涙垂れたり
台風はいまし過ぐらし夜の画像乱るる&%$R#W&$%
跳ぶをとこ美しけれど地に墜ちてのちのさびしさ砂噛むごとし
鶏頭の原子雲よりひとり蛾はちからなければ落ちて死にたり
油臭き黒き向日葵ゆるゆると砂が地球を覆ふころほい
愚者の冬 1983/11/9
みどろ谷を渡ろうとして、巨いなる、
老齢の玲羊に出会った。
木喰の愚者、玲羊のうからなれ学びしことをすべて忘れよ
鬱王 1983/12/9
空洞もつ樫あり、うつほと呼ぶ。昔、この樹に冬篭せる男があった。
十二月九日、かの男になり変はつて詠む。
樹木こそ鬱王の角笛みづからは風の器とつゆ思はざれ
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