Le cahier (deux)





 鼻煙壷に悲しき魚は泳ぎゐて鳥より先に眠らざりけり  真白
 鳥の巣に隠す麻の実ほろほろと少年の自慰寂しき朝(あした)  燦
 後の世は鳥になりたやくれなゐの空昏るるまで溶けあひにけむ  真白
 冬ざれの公園に鳩、ほろ苦き追憶ひとつ陰翳ふかし  燦
 ひつそりと象牙の塔にこもりたるをとこの愛す鳥ぞせつなき  真白
 裁判員通知愚かに来る時雨、鸚鵡が餌を吐き戻しをり  燦
 ディケンズの本に飼はれる鳥の名は「希望」、「喜び」、「破滅」、「死」ほか  真白
 轢かれたる鼬か狸か判然とせざる物体、鴉が啄む  燦
 純白の鳥の裸身を見むとせばさくらさくらの夜の待ち伏せ  真白
 ぶらさげる六羽の鴨のそれぞれに眼閉ぢをり肯ふごとし  燦
 古に恋ふる鳥、歌詠み鳥らの棲まふ襖に月はなかりき  真白
 鶫獲る霞網さへ強霜のわが鬚いたく白くなりたり   燦
 鳥偏の漢字を交互に書く遊び すみれのいろのインク滴る  真白
 ひさびさに心晴れゐる回文は鳥の祝詞かTorinoのLithoか  燦
 宝石を運びて死んだ鳥の腑に錐より細き刃刺したり  真白
 かいつぶり水潜るときその肺の緊縛さるる音をこそ思へ  燦
 嘘吐きの鳥卜師より貰ひたる極楽鳥花を温室に置く   真白
 硝子戸の奥で湯浴みをする女遠く瓢湖の白鳥とまで  燦
 髭を剃る男にそつと寄りそひて渡りの鳥を見送りてゐる  真白
 ひとひらの風切羽根を雪の上に残すわれらの行方知らずも  燦
西王 燦 : 山科真白  2008年冬