盗賊かもめ、ともしび濡るる荒磯ゆ黒笛ぬすみて帰る明日へ

驟雨、木兎の男となりて帰りその夜は春の外套まとひつ眠る

ちちのみの父の雁書は濡れながら垂れさがりたり春の服より

ははそはの母は不老のむらにゐて鳥の子紙を漉きたまふてふ

鳥瞰図もて眼をおほひ独身の飛行士は休日の公園に眠りたり

天には雲雀、イサドラ・ダンカンは太陽紳経叢を心と呼べり

ほとほとと風鐸鳴りぬ卓上の野鵐の剥製は製作途上にて棄つ

行きゆきて菊戴を発たしむるなににとしなく飢ゑつつあれば

アルフレツド・デラーの声はさしのぼり犯されむとする雲雀

祝日の日輪垂れてほとほとと春泥を跨ぐ鴉片常用者の伯父は

オーケストラの少女の薄き鳩尾のみづひとしきり縦笛濡らす

鳥から人へ、人から人へ鸚鵡病渡る嘔吐のさま愛に宵てをり

鵯のあけぼのの水浴ぶとわが告げたきことばわづかたがへり

転向を念ひつつあをき啄木鳥のたたく日をんなひとりを娶り

白き鳥撃たむと歌ふ妹の声とだえたりしか『みづうみ』読後

十年を経て鶯友の反戦論の誤謬を笑ひたるのちしばらく寂し

頬白や頼染めて聴きしたがふにほのぼの遠しいづれの論理も

たらちねのははたらざればつかのまの浴後の妻の鳥肌あはれ

雪ほほじろの巣に墜ち来しがひつそりと冥王星の氷の鳥孵る

鳥卵をあがなひてひと戻る革命執行猶予 十字路攪拌さるる

斑鳩なく五月、来信のふち黄ばむまでみみきりの刑猶予せり

青葉木兎よりたまひたる午睡にて音なき夢はさびしからずや

鳥溶けてゆけりみなみの森の上に赤色巨星の浮かぶを見たり

メシアンの「鳥のめざめ」の暁の風景さびしほろぶがごとし

眼病みして癒えぬむなぬかははそはの母なる星へ鳥磐橡樟船

ひよどりを絞るおとうとバリトンの髭膿き歌手の肖像のうへ

ランボーのアデンの書簡、象狩銃二挺は禿鷲に奪はれたると

紅天鷲絨九リラ、釦十二ソルディ、方違へして隼を轢き殺す

日々なべてきびたき歌ひ踵は霧まとひつつあゆむといはなく

陶石の句のみそさざい、轆轤師の妻子露骨にロココ趣味なる

東雲の家族はねむり窓際にひしひしとうち寄せて来る鳥の影

五十雀みづあたふれば飲みにけりはや晩年のこころさむしも

とりかへばや読めりその夜妹はペルーの首都の午睡にしづみ

まどろみはさむき屈葬はやぶさの船は日の泡漕ぎてもどらじ

そのかみのジョンは哀しく鵙舌を聞きなずみけむ、夫婦諍ふ

アステカの絵葉書とほき巨人ゐて鳥棲む街をまたぎこすてふ

読む行為むらむらさびしつゆくさの鳩巣逸話に酒こぼれたり

をさなごの眠りつらぬくはやぶさの影を寒みと峡を行きけむ

いにしへの鴆殺すずしき舌の上にうすらひうかべたる夏料理

時代より時代に渡す問ひありやあうむは死ねり購ひ来て数日

釣天の楽とて生きむ霧ふかきこずゑひねもすひがら鳴くなり

祖父鵜匠を辞してのち咽喉を病みぬ、はつなつサンチャゴに

いなむべきもの失ひぬ曇る日の葦辺のかたにひくひなたたく

髭は剃れどもひとひ葎の露地を出ず とほどほに鳬鐘調やむ

鴻水、『カーネーションのマドンナ』の腕はなほ溶けやまず

「涙嚢に水鳥棲む」と偉丈夫のほそぼそ歌ふダウランド、夏

晩年の大司教の父なほ火薬工場へ、火喰鳥からくれなゐ飾り

パンジヤマン・ペレの肖像づたづたに割き眼球をついばむ鴉

「宿酔の六腑にくらきふくろふが巣をなせる」とぞ兄の文月

ささやかに洪水しけり コンドルと書かれて空の籠流れゆく

ブルージユの天使ならなく八月ははやぶさわけの宙吊り飛行

少年の夏服に砂、死せる一羽のさばくひたきに水あたへむと

鶏頭を切る伯母は寡婦なにものにともなき怒りもて指染めて

燕尾服着て写されてゐるーーー父よ迷走台風過ぎしかその夜

かなたなる夏の鳥屋鷹さりながら吃りたるまま声ととのはず

ぼろぼろのカンナの駅の木の椅子に坐りて一瞬の鶏盲に耐ふ

いもうとの休暇漂流記におぼれ寝台の下に信天翁の卵を隠す

かくてまたけふを閉ぢなむ黄昏に籠なるうづらいささ水飲む

鳥のゆくかなた櫟のくらやみをわがわづかなる哀しみとせむ

悔いまどひながらへゆかむならひさへ色ふかまりぬ鶏頭の花

烏座の星かがよへるこのゆふべ鳥とあそびておもひ朽ちぬる

『アメリカの伯父さん』を観て視ええざる秋に鳥肌、翡翠鳥

鷽さむき声は杉群渡りゆくへを追はむがためにのみ眼を挙ぐ

秋の瑠璃溺れ死にたるおとうとのオーボエの嘴置き惑はせる

ひとしづくくれなゐ滲む雁皮紙につつ伏して夜半目覚めたり

いちまいの雁皮紙濡れて歳月は藍もくれなゐもはなびら滲む

叢雨ゆるす牡蠣、国原の鳥の呪詞呪らば肉帰化する夢さらむ

八時、鳩 十三時、雉 二十四時、虹色の鳶描く鳥時計買ふ

売られつつ木兎籠に耳折りてもだせりけふのこころざし冷ゆ

鳥を撃ち鳥墜つるさま確かなるものと思ひてけふを終へぬる

鳥を撃ち鳥の頭はてのひらにをさまるまでにちひさかりけり

やはらかき怒りもて剥ぐ山雀のなきがらの翼ゆふぞら蘭くる

咲き腐れたる一茎の杜鵑草ほとほと暮れて天の時計座とほし

夜は妻と食す一羽のとらつぐみ、くちつぐみつつ額つき寄せ

火に燻べる尾羽の群青匂ひつつ鳥としてある日は光殴ちけむ

小鶩のオレンジ・ソース煮哀しければ動かざる雲をそらんず
小鶩のオレンジ・ソース=カナル・オ・ソランジュ

鳥の腑はふつふつ煮えて朱鳥のはじめのことをひくく誦唱す

鳥を食ふそのたましひをされどこの国のきりぎし鳥徹されず

非狩猟鳥なれど撃たるるあかねさすナチス偏愛者の大伯父に

黒鶴の風切そよぎ半島をおほふ、ことば野分に奪はれにけり

一冊の書に鳥もけものも描かれて生きてあるべく不協和音す

定家忌を経てさすらひの罪科を  山鳥の尾に霜降れる見ゆ

霜月祭 なべてかく終へたし寒禽の二羽むきあひて黙す卓上

「呂君きみならあらなみきんくろ」とのみ書き送る冬の消息

霜ひびく深夜デュシャンの「独身者」とろ火もて雁料理せり

岩礁に鷹とどまりて曇りぬるいづれわが声のおよばぬかなた

霜月の革命の書にかりがねのしをれしつばさしをりして閉づ

硝子戸のうちすら枯野そとがはの鴉けむるをおもふべからず

鳥かよふはやともがらのしもつきの破鏡の嘆もかぎろひ渡る

鷲座見ゆ白鳥座見ゆそらに棲むものことごとく国をえらばず

十二月老いし錬金術師過ぎ建築の翳肥りたる白きペリカンに

ひとは冬の遠近図法よりこぼれゆきやませみの背のはだら雪

たましひをつつめるさまに水鳥は首かくしけり雪ふりつのる

臘月の雪熱き野を踏みて戻りぬ 卓上に愛より軽きフランベ

鳥の橇もてはこばるる冬の樹はあらあらとして匂ひそめたり

四季は鳶飛びひとびとは来し戻りあはず騨消えずはありとも

橋去る胸に鳩、とはに眠る差羽、宿るさま見つ罪まさるとや

流氷のころ島々に緘口令しかれエトピリカの嘴の根の黄の轡

鳥の絵のゑがかれてゐる石鹸を使ひへらして棄つその鳥卵を

三十三歳、モーツァルトの享年を越ゆ一瞬のためらひののち



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