ダムダムの首



つつどりのほとほとたたく厨辺に人をらずして鳥煮えゐたり

廃屋に鳥煮えゐたりしろがねの鳥は煮らるるすゑのとりはだ

絵馬の絵の馬の眼にごりむまの眼に欝金の花の首うつりたり

おほいなる櫻樹を伐りて渓谷の花のこだまを聴きぬしまらく

けものみちゆきひとひらの新しき辛夷の耳を踏みにじりたり

くちなはののみどを割きて鶯の赤きたまごを採りいだしたり

草の花摘みて棲むらし遠野辺にひかりさしつつ春暮れかかる

いしくれの深き亀裂に陽は射して一笛の古謡にじみいでたり

星つかむごとき山毛欅の掌みづからの裸形にしづくせむ暁は

星蝕の夜ややみくもにさはさはと千のさはがにみづ渡りけむ

卯の花を腐しみなぬか雨降りてのちあらはるるおやこ傀偶師

ときじくのたちばなかをる少年が死ねりその夜の杉ほの白し

躑躅咲ききはまれる野をゆきてこのくれなゐの髑髏うづめむ

葬送の足洗はれて暮れなづむ黄やほつほつとむまのあしがた

ほそながき骸置かれてくろがねの縄綯ふごとく蠅ふりそそぐ

水無月の六腑ついばむ黒き嘴あざらけきかなこころをくらへ

月明にほのぼのしろき泉湧くごとくさびしきしろありの巣が

水辺よりもどり来し身のうちがはの瓶は響けり乾きたるまま

木橋はきしめり橋のなかほどのもつとも脆き木よりくたれて

杉白し驟雨はつひにありとあるやはらかきものの上に及べり

さてもあるべき身ならざり木嘯は耳底ふかきしじまを割れり

森の夜に満つる火薬の匂ひしてわれらしじまを瞠りてをりぬ

眼底に羊歯殖えゆかむさなきだに汗もてわたる夢のみなかみ

たふれたるまま春は過ぎ自転車のふたつの車輪埋む、八重葎

ほそほそと千のはがねを巻きつつみ薄紅の星咲きそろひたり

錫のごとたちくらみつつ轆轤師は柑橘の香のたなごころ伏す

石積みてつみてくづるるゆらゆらと少年蝋のごとくあゆめり

父売りてあがなひたるや蘭の室その四肢あはれ花に餞えつつ

ほたるぶくろ灯して遊び七曜のすゑに痩せたる胃の腑を曝す

てのひらのなかの茱萸の実てのひらに包む玉虫その父ならず

牛小屋の前の路上に一輪の欝金香の首ころがりてをりしかな

見知らざる橋のなかほどたじろぐはわが身よろぼふ天秤の故

草の実の爆ぜつつ熱き掌に包み雉子の受胎をまぶしみ見たり

みそはぎにたれか行方を絶つならむ輝く鯖は掌より垂れつつ

火を運ぶてのひらなればやはらかき十指煙りて蛾をうち殺す

みなそこゆ伽藍あらはれ頽緑のいらかのうへの夏至の薄ら氷

風わたるしじまはつかに水煙はかすみつつ逆立ちの炎を点す

煙るかにくだかれにけり氷の甍いかなれば少年の愛なき横死

立ちながら祈る半夏はみづうみにみづをついばむ烏をはなち

百日紅散りかかりたり呪師の家をたかだかと起重機が吊りぬ

ひとむらに世のをはり来てくたくたのみなそこの山繭うかぶ

緋の瓜はくらぐら熟れて人をらず腑分けのごとく廃井掘らる

廃屋解体の作業に倦みてをとこらが視る自昼の暗きテレヴイ

かまつかの記憶の罅やひでりつつ身元不明のをとこが映れり

みづの上に楢の葉散りぬみなそこの家がしづかに吐く息白し

みなそこゆ楽満ちひびく廃屋の梁に吊られて鳴る琵琶あらむ

えびかづら噛むくちびるに火のあぢの滲みて杳き日の夏祓へ

麻の葉を噛みつつ舞へるすはだかが櫓の上にたちあがりたり

臍のあたり虹纏ひつつあらはれし禊ぎののちのをとこら霞む

新月の夜半咲き乱れみそはぎにたれか行方を断つといふなる

そのをとこゐて眼のそこに日輪のくらぐら垂るる向日葵の乱

朱のあふひわが心臓のうへにありありと記憶の蝶はひくけれ

さびしさは車輪のごとし少年の乳首のうへの砂や、さらさら

麻シャツの薄き釦がはづされてゆきゆくりなく海鳴りきこゆ

わが一人の死は閲されて睡蓮に花あることをうたがふといへ

ひまはりの乱なれ杳き謀叛ありたちまちにして日の蝕をはる

ひとむらをかきくらしたる夕立ちののちの暑にゐて馬しづか

驟雨せりなぞへに浮かぶ網の目にねむれるごとき蹄を見しや

をちかたの雨晴るらしもみづの上の彼岸の藤は流れやみぬる

こよひこそ雨つちくれをうごかさね楝咲く野に梟されてをり

こころすら渇きてあれば蘆の穂の解れて石に散れるを見てし

樫の実の苦きはよけれ噛みながら沼を見をへり干沼見をへり

夜をし眸を拭はざりしは午後の虹滲みしままに眠らむとせり

四季のほかなるかなたより漂ひて蛇座ながきを見れば羨しも

刎頚のまじはり夜に及びつつくびきりぎすのくびのさみどり

ひぐらしの空蝉ほぐれ過ぎ去らむ風のくちびる昼のしじまを

萩一把いだきて帰るべくもなし許せかし空のかりがねのみち

しののめの桔梗はよけれうちがはのくらやみに耐へ鐘ひびく

みづがめ座水の秋ゆくひとりよりさんさんとこぼれやまざる

くれなゐにまなじり染めて断崖に立ちしや風になびけその崖

風の犂もてむざむざと犂かれたるすすき野原の朝をわれらは

耳といふ器官ほのぼの小船になりて揺るるくぬぎの森の潮騒

食まれたるちひさきむくろ十字科の花蟷螂にふたつのまなこ

赤き実をついばみ去りてそのまなこわづかに赤き鴉を見たり

ゆめかざるものとしなくてながむればむなしき空の雲の鴨道

くれなゐの小径をまがりくねりつつ鳥の剥製売りはゆきけり

漆工は愛犬「ウル」のなきがらを蔵めむための箱を塗りけむ

縄の木は踏まぬか逝きしねむる胸、四季ゆかぬ舞ふ萩のはな

走り火はかるかや越えて萱越えてありのひふきの脚に及びぬ

昼火事の納屋燃えつきぬ燃えながら縄綯ひ機が縄綯ひやまず

火の底ゆ薔薇色の釘あらはれてときのま紳のあらきほほひげ

光る魚あはれひかりに羊歯なすも生殖ののち四季のすゑにて

少年の死後牛島のごときものひとすぢ垂れてかがやくならむ

朽野をくだりて人はひびわれを唇に甜めつついづちゆくらむ

星啖ひけむ榧かきわけて神無月吐くゆふぐれの息かぐはしき

魑魅の裔たるてふ木地師の妻老いぬけふ白髪のなかの氷の星

つゆじもに晒されくづれゆく籠がゆふべ硫黄のいろに光りぬ

わたつみの暗き塩もて圧されたる盥のなかの羊歯や鳴るらむ

轆轤師は追はれたりけむ峠の路にしとどつゆけき踵まぼろし

額撃ちぬかれたるのち降りかかる雪ほほじろの頬のさざなみ

くらき瞳に冬虹滲みゐたりけり死にしけもののにほひせる森

兎の躯より草の香はしたたりて昨夜よりの雪しとどに濡らす

橇のほとほとあゆむ跡にして雪の上の玻璃、玻璃、峠を越ゆ

森に罠、たづさへる掌に臘月のふぶきまぎれて消ゆ榾あかり

屋根裏に錐錆びゐたり一羽づつ絞められてゆく冬のをんどり

雪ながら夢の講堂焼けただれたり少年の天牛虫の展翅板はや

水のうへを鳥わたるころみなそこの鬼棲みしむら星の追儺す

はだら雪めぐりてくらき廃井におほいなる牛ねむりつつ死す

樹の洞にみしらざる花咲きとぢてあたらしき水流れそめたり

雪解して廃屋の梁あらはるる この朝焼けに咆ゆるかに見ゆ



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