稿をまとめはじめた五月、立夏のころより七月、小暑にいたるまで、地はまさに百日旱
の様相を呈し続けた。ある日、窓の万緑に眼を遊ばせてゐると、カセット・テープから流
れてゐた『ロビンソンの五月』が終り、唐突に「嶺北地方はくもりのち雪。山間部になだ
れ注意報----」といふ天気予報が始まつた。ルネッサンス時代のリユート音楽をFM放送
から録音したのが二月だとすれば、それは当然ありうることなのだが、いま身辺にただよ
ふ旱の匂ひと、カセット・テープの「雪の予報」との間の異和感にたぢろぎ、私はしばら
く呆然自失の態であつた。やがて私は、私たちの短歌にとつて、散文的発想といふおほい
なる暗黒星雲と、韻文的な表現の彗星とのつかのまの衝突こそが、からうじて彼女を歌た
らしめてゐる、といふ私の考へと、そのための手さぐりの方法に封する天恵の比喩のやう
に、その異和感を受けとめた。これが、一冊の歌集としてあるいは奇妙な印黎を与へるか
もしれぬこのやうな体裁で、第一歌集を梓に付す理由の、ほとんどすべてであるが、いま
すこし鮮明な方法の確立と、歌によるそれの具現とは、次の機会に譲らねばならない。

奥付

西王 燦歌集  バードランドの子守歌 一九八二年十月付梓 発行者 沖山隆久 発行所 沖積舎 郵便番号101 東京都千 代田区神田神保町1−52 電話番号291 -5891 好文印刷+あるふあ+愛千製本社



短歌の目次へ

西王燦のトップ・ページへ