現代連歌便覧 窪田薫氏による (改訂・西王燦) 2006年3月30日改訂(大幅に改訂しました) 1 連歌(俳諧=連句)とは、数人の作者(連衆)により、五七五の長句と、七七の短句とを、一定の 規則に従って、交互に連ねてゆく、一種の定型詩。中世では百行連ねる「百韻」が、芭蕉以後では 三十六行連ねる「歌仙」が、スタンダードの形式とされている。 2 「歌仙は三十六歩なり。一歩も後に帰る心なし。」 これが連歌一巻を巻く基本精神。この基本精神に基づき、重複、反覆、停滞、同趣、同種、同景など は許されない。常に前進し新趣向を求めることが好ましく、繰返し、停滞、後へ戻ることを嫌う。 3 一つ置いて隣る句(打越)と、同類、同趣(素材・文字・文体などに於いて)になることは、観音開 きといって特に忌避される。繰返し、後戻りになるからである。 【三句の渡り】 連句の最小単位は連続する三句。 (n−2)句目-----------------打越 (n−1)句目-----------------前句 n句目-----------------付句 付句は打越の句(前の前の句)と、素材・文体・趣などを異質にすること。 4 同類・同趣の句が隣るのは(流派によっては、「付き過ぎ」といって嫌うところもあるが) 「すりづけ」といって一応は許容される。 5 初折の表には、神祇、釈教、恋、無常、病体、闘争、追憶、地名や人名などの固有名詞は避ける。 但し発句だけは別で、この制限を受けず、何を詠んでもいい。 6 発句は一巻の中でただひとつ独立した句。一巻すべてを指針し、連衆への挨拶の気分で詠む。 「や」「かな」などの切字は発句に専属で他の句(平句)に使ってはいけない。 また、発句には必ず当季の季語を入れる。 7 脇には発句と同じ季の季語を入れる。留字は体言漢字留とする。発句に詠まれた気分を尊重して、 寄り添うように詠む。脇の句は、普通、その座の亭主役が詠む。 8 第三は、発句・脇の雰囲気から大きく転じて詠む。丈高く、品位のある句を。第三の留字は「て」 「にて」「に」「らむ」「もなし」や用言連用形にするのが古来の例。発句が「かな」留のとき 「にて」は観音開きと見なし避けること。 9 連歌(連句)は変化を尊重するために、同傾向・同時期の連続(句数)や同傾向・同時期の断絶 (去嫌)のルールがある。 【去嫌と句数】 「去嫌」とは、ある素材が登場し終わったところから、何句隔てて、同じ素材を登場させていいか、 というルール。 「句数」とは、ある素材を何句続けなくてはならないかというルール。 二句去り----降物、聳物、人倫、名所、国名、同生物、同植物、夏、冬、神祇、釈教、夜分 三句去り----同時分、述壊、無常、山類、水辺、居所、恋 五句去り----春、秋 句数1〜2----降物、聳物、人倫、名所、国名、同生物、同植物、同時分 句数1〜3----夏、冬、神祇、釈教、夜分、述壊、無常、山類、水辺、居所 句数2〜5----恋 句数3〜5----春、秋 ◆分類的注釈 降物(雨・雪・霜・夕立など)聳物(雲・霞・虹・蜃気楼など)神祇(宮・社・伊勢・祭・榊など) 釈教(寺・堂・坊・出家・教会・十字架など) 夜分(暮れて・曙・灯火・寝るなど)述壊(怨む・かこつ・昔思うなど)無常(入水・卒中・埋葬・ 死など)山類(山・岡・峯・坂・谷・島など) 水辺(海・港・渚・浜・泉・川など)居所(家・門・壁・天井・戸など) 10 異った季の句の間には無季(雑)の句を挟むのが普通。雑の句を挟まないことを季移りと言い、避けるこ とが望ましい。但し、冬から新年、新年から春への移りは雑の句を挟まなくてよい。 11 月、花の句は連歌の種類により、その望ましい位置(定座)と句数が定まっている。 ●百韻 初折 表八句 (七句目月) 裏十四句(十句目月、十三句目花) 二折 表十四句(十三句日月) 裏十四句(十句目月、十三句目花) 三折 表十四句(十三句目月) 裏十四句(十句目月、十三句目花) 名残折 表十四句(十三句目月) 裏八句 (七句目花) ●歌仙 初折 表六句(五句目月) 裏十二句(八句目月、十一句目花) 名残折 表十二句(十一句目月) 裏六句 (五句目花) 12 月、花の句は、それぞれ同一面ではー句のみ。月の定座は引き上げる(前に出す) ことも、こぼす(後に出す)ことも自由だが、花の定座は引き上げることはあっても こぼしてはならない。折立・追立・綴目・折端は避けること。 13 連歌(連句)の「花」は、桜と限定せず、賞美に値する花やかさの抽象概念を指す語である。 花の座の語として認められる語を「正花」という。 ▼正花として扱う語の例。 春----花車、花衣、花筏、心の花など。 夏----余花、若葉の花、花茣蓙、残る花、花氷など。 秋----花火(現代では夏に分類)、花踊、花もみぢ、花相撲、花燈篭など。 冬----帰り花、餅花など。 雑----花婿、花嫁、花鰹、花莚、作り花、花塗、花かいらぎ、花形、燈火 の花など。 ▼花の字があるが非正花(似せものの花)とされ、正花として扱われない語。 花野、湯の花、火花、浪の花、雪の花など。 (花野については後年、窪田氏は「正花」にしたい、と主張) ▼「虚の花」として正花に扱われる語。 花の波、花の瀧、花の雪など。 ▼花の字のない単なる「桜」は正花としない。 ●花前の句(花の定座の前)は、定座の花を詠み易くし、その華やかさを失わないように、 丈の高い植物や恋の句を出さない。 14 秋の句の続くところでは必ず月の句を入れること。月のないのは素秋といって嫌われる。 月の字があっても「月次(つきなみ)の月」(マンス)は月の座の句として扱わない。 星月夜も月の座にしない。 15 月の字を使わないが月として扱う語。 有明・玉兎・桂影・常娥・既望・桂男・盃の光・ささらへ男・弓張など。宵闇も使い方により 月の句として扱う。 16 恋の句は初折表を除き、どこで詠んでも構わない。各面に一ヶ所程度。五句まで続けてよいが、 普通は二句続け、一句で捨てない。恋の座どうしは最低五句の間隔を置くこと。恋句のない連歌は 端物(はしたもの)といい、一巻とみなさない。 17 恋の句として、古典では次のような語がある。参考までに。 恋・思ひ・涙・情(なさけ)・傾城・野郎・娘・嫁入・婿入・妾・女・衣々・むつ言・かねごと・ ささめ言・別れ・枕ならぶる・思ひ寝・独り寝・夢・文・玉章(たまずさ)・契り・伊達・人目・ 人目の関・人目しのぶ・神を祈る・物憂き・色好み・かこつ・はづかし・名の立つ・乱れ心・妻・ 侍宵・姿見の鏡・占(うら)・かたみ・出家落ち・夫婦・ささやく・化粧・柳腰・丸ひたひ・のろふ・ えにし・よすが・乱れ髪・すくせ・悋気・恨・妬・嬲・口説・忍・俤・指切・手枕・流し目・ゑくぼ・ 添寝・爪紅・白粉・垣間見・袖の涙・逢瀬・匂袋・待侘・妹背・心中・孕・出逢宿・比翼の仲・連理 の仲・寝物語など。 --------------------------------------------------------------------------------------------- 参照・現代連句実作便覧 (窪田薫案 西王燦改訂2001年3月) 1,後戻りをしないこと。同じ素材や同じ言葉(自立語)を繰り返さないこと。 2,【三句の渡り】 連句の最小単位は連続する三句。 (n−2)句目-----------------打越 (n−1)句目-----------------前句 n句目-----------------付句 付句は打越の句(前の前の句)と、素材・文体・趣などを異質にすること。 3,【人情自・他・自他半・場】 私(または私が扮する人)が登場する句---------「自」 私以外の人物が登場する句---------------------「他」 私と私以外の人物が登場する句-----------------「自他半」 人物の登場しない、自然の叙景-----------------「場」 人物の登場する句は二句以上続ける。「場」の句は二句までは続けても良いが、二句以上は続けない。 「自」の句を三句続けない。「他」も同様。 「打越」に「自」の句が出れば、付け句は「他」か「場」の句を付けること。 ◆このルールは芭蕉の門人、立花北枝の「付方自他伝」によるもの。 芭蕉の時代、(一種の近代的自我の萌芽というのかな)「自=私」の句が連続する傾向が生じたために 勘案されたものと思う。現代では適宜に採用。 4,【打越の差合】 付句をする際には、打越の句(前の前の句)と、形態的にも似ないようにすること。 長句の場合 ○○○○● ○○○○○○● ○○○○● 短句の場合 ○○○○○○● ○○○○○○● この●に、前の前の句と同じ助詞や活用語尾が来ないように配慮すること。 5,【短句下七の禁忌】 短句(7/7)の下七音では、2,5、4,3に切れるかたちを避けること。 (4、に書きました形態的類似について、窪田薫さんはとても厳しかったと記憶しています。 窪田さんの連句はスタイリッシュで、格好よかったと、改めて思っています。) (5、に書きました短句下七の禁忌は場合によって破っています。思案中です) 連歌(現代連歌・誹諧・連句)にとって、もっとも大切なものは「連衆心」です。和気藹々と、 かつ厳しく一巻を巻きましょう。(西王)