ピエタの画家*海王星からの手紙
1971年「立命短歌」12号





               



海王星、白亜紀ましゅまろ公園裏聖アンセルム九二三号室、これがぼくの新しいすまいだ。

北向きにステンドグラスの窓があり、いま海王星はほのあたたかい夏なので、やってくるときにポケットに残しておいたたったひとつの詩集、サン・ラの「空間の次元」を読み、たった一枚のLP、モントレーのミンガスのなかの「彼女のドレスはオレンジ色をしていたが、そのときそれはブルーの絹になった」を聴いてすごす日々はひどく気分がいい。

ところで、決して×××・×××にケチをつけるわけじゃないが、こんなふうにして底意地の悪い××のなかで他人によって冷えてしまった言葉、××のなかに晒されて凝り固まった言葉でしかものが言えなくなったとき、音楽であったの空間は檻の中に閉じ込められてしまうんじゃないだろか。

だから、ひとりぽっちで海王星くんだりまで来たわけだがね。

すくなくともぼくは、ぬくもりの残っているマニュエルな掌で、ぼくときみとの地平線に沸いてくる色彩や音楽をつかみとりたいな。×××××の×××で吐きすてられる×××のような言葉、彼らの靴のなかでこねまわされてしまった言葉、そんな言葉しか使えないなんていやだ。

地球ですごした最後の晩に読んだ山下俊一郎の文章を、今でも憶えている。

冬は何回もやってくるし、どのような手段を使っても地球の公転は止められないだろう。それらはオリジナリティではなく単なるパルスだからだ。物事の最初の段階は流行的であり数かぎりなく出現する流行のなかにはオリジナルもまぎれこんでいるが、ほとんどの流行は結局ベッセル函数のようにゼロになってしまうけれども、ゼロになるものか、ならないものかを流行から選択する方法はバラメトロソの原理であり、それをモンクは知っている。

これはセロニアス・モンクについての文章だが、まったくこうこなくっちゃあね。そしてこのパラメトロンの原理がぼくの場合は悲しいくらいなマニュエルな語法というわけなんだ。

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 宇宙旅行のためには四半規管が必要だってことは、きみも知ってるだろう。ぼくはひょんなきっかけで女友達からもらったやつしろ貝がこれの代用になることを発見してやってきたんだから、いわば密航だな。ところが長い旅のあいだにやつしろ貝製の四半規管がぶれたせいか、モントレーのミソガスの音色がユダヤ調のあのやさしさにあふれたトレモロを失くしてしまったのはちょっと残念だ。

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おまえだってひとり旅にはなれているんだから、そこいらにころがっているいざこざに未練がなくなったらやってくることにしたらどうだ。ひとり殺すたびに一階級進むというなつかしい火星制度をいまでも守っているこの国でおまえほどの野心家が皇帝になるにはものの三日とかからないはずだ。ぼくはいまのまんま聖アンセルム一家のアパート管理人のままでいいがね。驚くことがたくさんあるぜ。

このあいだなんかフアッツ・ナヴァロ通りを歩いていて沓のあたまで土のなかの小石を掘りあてたんだ。ところがこいつときたらとうのむかしに地球からなくなっていたキング・オリヴァーの右眼なんだなあ、これには参った。

もしやって来るんだったら抽出しのなかから「巨人トリスターノ」とウルトラ・マリリンのダッチ・ワイフのカタログを持ってきてくれないかな。研究のためさ。それから動物はだめだね。海王星の冬はひどく寒いそうだから、マフラーを編むために緬羊の種子を持って釆たんだけど、ほら、あの時肩を並ベて写真にとられただろう、あの動物園からね、でもだめだった。ここはひどいアルカリ土壌なのさ。

あ、いま聖アンセルムのところのかわいい小間使いの娘が散歩にでるところだから珈琲でもおごってやろう。だから急いでぺンを置かなくっちゃ。どうもギャングの連中は海王星までは来られなかったみたいだ。この星には酒も煙草も麻薬もジャズもなんにもないんだ。楽しみといったら珈琲ぐらい、それでいて夜が更けたらみんな眠りこけるんだから、これにこしたことはないよ。

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 追伸、お母さん、海王星の紙幣で僅かですが送ります。両替は妹にやらせて下さい。それから風邪薬のあとには胃の薬も忘れないように。電気あんま機の具合はどうですか。

さようなら、海王星暦]生十三月四十五日

実は暦がないんですが、Calliposos法によるぼくくの記憶のなかの暦のうえでは、ええっと、たしか拾七万三千六百九十年くらいじゃないでしょうか。それからもうひとつ、こんど帰るときにはばくはアトランティックの方面へ行ってサン・ラ三世、つまりファラオ・サンダースの息子になることにしましたので、妹によろしく伝えてください。
                さようなら。



「どんな鉛筆?」と黒人むすめは空っとぼけた返事をした。
「眉毛をひく鉛筆なの?」


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