発泡スチロールの薬缶 ----ニュースを詠む---- 短歌人2006年3月号
短歌人二〇〇四年二月号に次のような作品がある。
発泡スチロールのふたを外せば穴居より共和国大統領あらはれたりし /小池光
二〇〇三年十二月十四日に米軍がイラクのフセイン大統領をティクリットで拘束した。そのニュース映像を見た直後に書かれた作品であろう。スラヴォイ・ジジェクは『イラク/ユートピアの葬送』(原題「借りた薬缶」松本潤一郎他訳・河出書房新社)の中で、この時の映像について〈二〇〇三年十二月のサダム・フセイン逮捕の聖図像(iconography)は、もちろん周到に選ばれたものだった。はてしなく反復される健康診断を受けている彼のイメージであり、そこで医者が髪の毛を調べたり(シラミ?)、口のなかを覗き込んだり(WMDが隠されていないか探している!)している。これらのイメージが想起させるのは、ホームレスの極貧の老人を診断するさまというよりむしろ、ゲットーで手入れを行い、ユダヤ人を調査するナチスだ。このイメージ操作の狙い(たんにみじめな人間の屑としてそれを提示することによる、サダム像の「脱崇高化」)が明らかであるとしても、合衆国のプロパガンダこそが、いまそれが脱崇高化しつつあるそもそもをつくりだしたのだということを、われわれは忘れるべきではない。〉と書く。
小池光の作品は「発泡スチロールのふた」に注目し、あたかも「熊穴を出づ」という季題のようなのんびりとした表現によって、合衆国のサダムに対する「周到に選ばれた脱崇高化」を描いていて面白い。
後日、サダム・フセインは発泡スチロールのふたの下の穴居に隠れていたのではなく、ティクリットの民家にいるところを捕捉され、撮影のために穴居へ移された(らしい)ということが小さく報じられた。しかし、いったん私たちの網膜に焼き付いた「聖図像」は、ぬぐい去ることができない。
短歌人二〇〇四年二月号の原稿締切日は二〇〇三年十二月七日であり、小池光のように本誌の編集人である者以外には、フセイン捕捉のニュースを二月号に詠むことはできなかった。そこで、翌年一月十二日原稿締切の三月号を読んでみると、この「聖図像」を描いた作品は、すっかり影を潜める。〈フセインは吉良殿の転生?一二・一四隠れし穴より引き出されたり 秋田太一郎〉や、〈夫に似るサダム・フセインの口腔を朝に夕べに目せられてをり 青柳泉〉というような作品もありはするが、解釈的(あるいは反省的)な作品であって、リアルタイムな印象は薄い。それよりもむしろ次のような作品が目立つ。
「君のだんなはイラクに行くの?行かないの?」雪の降る町に話題増えてゆく /西勝洋一
イラクへと自衛隊員派遣されソフトターゲットにならんとすらん /正藤義文
「劣化ウラン弾に害無し」とのアメリカ声明で被爆対策は消えてしまうか /幕田直美
劣化ウランは白血病を多発させぬ涼やかな目のアッバース君五歳 /水川桂子
イラク情勢の沈静化に伴うこの日々に拉致問題はもりかえしきぬ /石澤豊子
二〇〇三年十二月十九日に、日本の小泉首相が自衛隊派遣実施要領を承認し、航空自衛隊先遣隊に派遣命令、陸上・海上自衛隊に派遣準備命令を発令しているので、二〇〇三年末から二〇〇四年初頭に詠まれた短歌は、掲出のようなものに変わっていく。西勝洋一の作品は、雪国(ここでは北海道)の相対的な貧しさと自衛隊員数との関係が暗示されていて面白い。正藤義文から水川桂子の作品を読むと、自衛隊員が派遣された場合どうなるかというのが、当時のニュースの関心事であった(らしい)ことが窺える。いわゆる「湾岸戦争」で使用された劣化ウラン弾への被爆対策さえもニュースになっていたようだ。当時の日本の(おそらくは善意の)「聖図像」に選ばれたのが湾岸戦争で劣化ウラン弾を浴びた兵士を父に持ち、放射能汚染地域であるバスラで生まれ育ったアッバース君であった。彼は、セイブ・イラクチルドレン・名古屋という団体の援助で、白血病の治療とイラクの青年医師の研修を兼ねて、この頃に来日していたようだ。後に、それほど大きなニュースとしては扱われなかったが、二〇〇五年二月五日に、この少年は、亡くなっている。
二〇〇三年十二月十九日、小泉首相が自衛隊派遣実施要領を承認した同じ日に日本政府は、弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛システム(BMD)導入を閣議決定した。ミサイル防衛システムの日本における(当時の、そして今のところの)仮想敵国の一つが北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)であり、そうした(イラク自衛隊派遣を含めた)おおきな枠組みのなかで、「拉致問題」も明滅していることが、石澤豊子の作品などを深読みすると見えてくる。
小池光の「発泡スチロールのふた」が面白いので、つい、年表を繰っているのだが、ここに私が述べようとするのは、短歌で「ニュースを詠む」ことの可能性と困難についてである。現代の私たちに与えられているニュースは、ほとんどが、スラヴォイ・ジジェクふうにいえば、「聖図像」(しかも周到に用意されたもの)であり、結果としてプロパガンダに供されるから。
もうすこし短歌人誌を過去に捲りなおしてみると、二〇〇一年十一月号に、
突入寸前「スーツの胸をひらけ」むきだしの神がそこに来てゐる /小池光
という、のちにしばしば引用されることになる作品が掲載されている。ここでも上述したように原稿締切日との関係で、二〇〇一年九月十一日にニューヨークの世界貿易センタービル、ピッツバーグ近郊、米国国防総省にハイジャックされた飛行機が激突した、いわゆる「同時多発テロ」のニュースを詠んだ短歌が多く掲載されるのは二〇〇一年十二月号になる。十一月号の編集室雁信に、中地俊夫は〈おそらくどんな作品を作ったって繰り返し放映されたあの衝撃的映像には負けてしまうであろう。しかし、それでもよいから今回のこの事件を多くの人に詠んでほしいとも思う〉と、発行人としての気の利いたコメントを書いているのであったが、じっさいに十二月号に掲載されたのは次のような作品だ。
珈琲にミルクの白き渦は巻きウサマ・ビンラディンなる名を /藤原龍一郎
ウサマ・ビンラディンに正義はありや正義とはかくにんげんを神へと堕とす /橘夏生
真珠湾忘れぬ民らひろしまの惨にはふれずテロを憎めり /海野よしゑ
報復は正義ならずや戦争へいざ聖戦へ茂吉偲ばゆ /諏訪部仁
アフガンの民のあはれはアメリカを憎むこころにわれをいざなふ /中地俊夫
藤原龍一郎や橘夏生の作品にみられるように、すでに「聖図像」はウサマ・ビンラディンという人物に取り替えられており、海野よしゑ(合衆国在住)や諏訪部仁の作品にみられるように私たちの気分は解釈的(反省的)になっている。なぜならば、中地俊夫が詠むように、この年の十月七日には、米英軍が、「無限の正義」という作戦コードネームのもと、アフガニスタン空爆を開始しているからである。
アルカーイダも、ウサマ・ビンラディンもアフガニスタンのターリバーンも、さらにはイラクのサダム・フセイン大統領も、それぞれ合衆国が容認したり援助したり肥大化させたり(プロパガンダを通して怪物的印象を与えたり)したものである。したがってこれらのものを伝えるニュースは、一種の入れ子型の迷路の様相を帯び、それらのニュースを詠んだ短歌も、合衆国の迷路の中で翻弄されているように見える。
日本国内では、最初に引用した「発泡スチロールのふた」の作品が短歌人誌で読まれた頃、すなわち二〇〇四年一月三一日の未明に「自衛隊派遣承認案」が衆議院を通過した。かつて〈フセイン大統領が見つかっていないからといってフセイン大統領がいなかったということにはならない。それと同じく大量破壊兵器(WMD)が見つかっていないからといってなかったということにはならないでしょう。〉と、ユニークなレトリックを使った小泉首相は、フセイン捕捉後も大量破壊兵器が発見されないことに関して〈そもそもイラクが国連決議に反しWMD廃棄立証を妨害したのが戦争の原因でしょ。ないならないことを立証すればよかったんですよ〉という、すこし解りにくいレトリックにすり替え、二月九日には参院本会議で、この承認案が成立した。この頃からイラク戦争のニュースを扱う短歌が激減する。短歌人四月号には〈自爆テロに会ひたる自衛隊員の知らせは嘘と夢に打ち消す 中地俊夫〉〈誤ってイラク人撃っても罰しません国会中継生理痛いたむ 谷村はるか〉などがあるが、二〇〇四年五月号以後、短歌人誌から表面上はイラク戦争が消えたように見える。はたしてイラク戦争は終わっていたのか、それとも出口が見えないのか。
二〇〇五年一月号から二〇〇六年一月号までの短歌人誌にどのようなニュースが詠まれたのかを早捲りしてみる。
二〇〇五年一月号
アラファトの老いて分厚き唇の震へのごとくラマダン終る /武下奈々子
BBCワールドニュースアラファトの昏睡伝へ続けてゐしも /山科真白
「ファルージャの戦ひ」といふはサッカーゲームにあらず血を流しをり /藤田初枝
二〇〇五年二月号
ヤクマンをテンパれば胸は高鳴って「ヨン様」どころの興奮じゃない /本田翠
イ・ビョンホンの方が好きと言えなくてヨン様パワーにおされる放課後 /森典子
ブッシュ氏が再選されし秋のあさ夢から覚めてまた夢に入る /若尾美智子
二〇〇五年三月号
歳晩の南の楽園に大津波押し寄せにけり海界越えて /三浦冨美子
繰り返す「TUNAMI」の波は仮想なるゲームのように画像の中に /斉藤和美
二〇〇五年四月号
独首相がヒトラーの墓に詣ずれば世界各国の世論やいかに /神林千代松
ぬるいポカリスェットのごと大統領就任式は始まり終わる /松木秀
二〇〇五年五月号
ライブドアバッファローズはひとときの夢のごとし野球始まる /川島眸
六本木ヒルズに春の雪が降る全能の神は眠りたもうか /西崎みどり
買収とポイズン・ピルを他人事(よそごと)と見て病棟はあるいは楽園(エデン) /藤原龍一郎
二〇〇五年六月号
パウロ二世天に召されしという報道メサイアのCD音低く流す /木村弘子
春雷は東に南になりやまずパウロ二世の死去悼むごと /青柳幸子
二〇〇五年七月号
法王の美しすぎる装ひに十一億のこゑの蜜色 /明石雅子
十一億のカトリックのその一人としあれど遙けしコンクラーベは /宮田長洋
福知山線に乗り居しや否や京の妹 いくたびかけても留守番電話 /山崎喜代子
尼崎・伊丹・川西・宝塚 再び揃いて活字となりぬ /津和歌子
速度超過、片輪走行、脱線と徐々に事実はあきらかになる /村田馨
二〇〇五年八月号
「クールビズ」とふすずしき倶れ すこしづつ核の保有で膨らむ地球 /明石雅子
ディープインパクトと名のる純血の馬あり何の予兆であるか /藤原龍一郎
当然の結果であるがあまりにも強き馬なり‥‥深き衝撃(ディープ・インパクト) /村田馨
二〇〇五年九月号
ロンドンのテロのニュースにおびえたり死は死を重ねいうべくもあらぬ /大和克子
七月七日の空の暗さやロンドンのテロのテロップテレビは流す /古川アヤ子
蕁麻(いらくさ)の萩原葉子死にましたわが父と同じ病名のもと /大森浄子
二〇〇五年十月号
刺客すなはち暗殺者なれテロを憎む世にゆゆしかる言葉とびかふ /蒔田さくら子
越前くらげあふれかへりて息づまる日本海海戦百年の後 /小池光
二〇〇五年十一月号
福田和子は逃げ切った整形と脳梗塞で世界の外へ /八木博信
水没のニューオーリンズ痛ましく木曜日からはじまる九月 /石澤豊子
二〇〇五年十二月号
調律の帝国なべて日本を征するならむ自裁せるのち /生沼義朗
見沢なる右翼の作家自殺してあっというまに忘れられたり /松木秀
二〇〇六年一月号
「万博の外国人ダンサー失踪」のその後を告ぐるニュースを聞かず /柴田朋子
しばらくの慰めとせむ本田美奈子が息たえるときほほえみしこと /八木博信
こうして恣意的・羅列的に引用してみると、私たちが日々のニュースの中から何を選び取った(選び取らされていた)かがぼんやりと見えてくる。「ニュースを詠む短歌」をこの詩型の可能性と見るか、不毛と見るかは、あなたに委ねておく。