いたどり村から届いた手紙
love letter from birdland 8


『栃の実』 

泉鏡花の見たbirdland


いよいよ、『栃の実』の中のハイライト、峠の茶屋の描写です。

 山気の中に優しい声して、「お掛けなさいましな。」軒は巌を削れる如く、棟広く柱黒き峯の茶屋に、木の根のくりぬきの火鉢を据えて、畳二畳にも余りなん、大熊の皮を敷いた彼方に、出迎えた、むすび髪の色白な若い娘は、唯見ると活けるその熊の背に、片膝して腰を掛けた、奇しき山媛の風情があった。
 袖も靡(なび)く。……山嵐颯として、白い雲は、その黒髪の肩越に、裏座敷の崖の欄干に掛って、水の落つる如く、千仭の谷へ流れた。

 その裏座敷に、二人一組、別に一人、一人は旅商人、二人は官吏らしい旅客がいて憩った。いずれも、柳ヶ瀬から、中の河内越して、武生へ下る途中なのである。

(注)この茶屋の娘の描写が、いかにも泉鏡花風だね。
 国鉄が柳ヶ瀬を通っていたころのことについては次のページを参照してください。電力会社の作ったページですが、とても解りやすいので、お借りしてリンクしておきます。下のトンネルをクリックしてください。


   


 横づけの駕籠を覗いて、親仁が、「お前さま、おだるけりゃ、お茶を取って進ぜますで。」「いいえ出ますから。」
 娘が塗盆に茶をのせて、「あの、栃の餅、あがりますか。」「駕籠屋さんたちにもどうぞ。」「はい。」----其処に三人の客にも酒はない。皆栃の実の餅の盆を控えていた。

 娘の色の白妙に、折敷の餅は渋ながら、五ツ、茶の花のように咲いた。が、私はやっぱり腹が痛んだ。

(注)くどいようですが、泉鏡花の女性の描写って、、、、。

 勘定の時に、それを言って断った。----うまくないもののように、皆残して済みません。」ああ、娘は、茶碗を白湯に汲みかえて、熊の胆をくれたのである。
 私は、じっと視て、そしてのんだ。
 栃の餅を包んで差寄せた。「堅くなりましょうけれど、……あの、もう二度とお通りにはなりません。こんな山奥の、おはなしばかり、お土産に。----この実を入れて搗きますのです、あの、餅よりこれを、お土産に。」と、めりんすの帯の合せ目から、ことりと拾って、白い掌で、こなたに渡した。
 小さな鶏卵の、軽く角を取って扁めて、薄漆を掛けたような、艶やかな堅い実である。
 すかすと、きめに、うすもみじの影が映る。
 私はいつまでも持っている。

(注)長い引用でごめんね。泉鏡花『栃の実』は、次のように書き納める。
このあたりは、天才的だと思うが、いかが?


 手箪笥の抽斗深く、時々思出して手に据えると、殻の裡で、優しい音がする。



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