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97.卒業と就職に備えて

就職活動で受けたセレクション

大学生として過ごす最後の「解散」。
僕らは今まで味わったことのない達成感を胸に、それぞれの休みに入った。
そろそろ考えなければならないのは、就職のこと
同世代の人たちは、ここまでのんびり手をこまねいているわけでもなく、もっと早くに就職活動をしている。
去年までの僕なら、間違いなく野球への道を断ち、未練もなく社会に出ることを選んでいたかもしれない。
しかし、再熱した野球に対する想いは大きくなり、「できることなら社会人野球をやりたい」という考えが芽生えてきたのは確かだ。
近畿の企業チーム、「ミキハウス」を訪ねたのは、そんな矢先のことであった。
リーグ戦休みを利用して、僕はセレクションを受けにいった。
心からミキハウスに行きたいかといわれると疑問が残るが、監督からの推薦もあったので、今では慣れなくなってしまった金属バットを片手に、精一杯のアピールをした。

社会人野球の狭き門

「経験したことのないこの感情は何なのか?」
自分自身に問いかける。
今までは、進みたい道を歩んできた。中学・高校・大学と、野球をしてきたおかげで、全てが思い通りになった。
しかし、今おかれている状況は違う。僕を欲しがっているところなんて、どこにもない。自分で道を切り拓いていくしかない。
アクションを起こさない限りは、何も変わらないままだ。
「上で野球をやるというのはこういうことか……」
初めて胸にした想いだった。なんだか寂しかった。
社会人野球になって野球をするかどうかは、振り出しに戻った

卒業できるのかという壁

東京に戻った僕は、長い間行けなくなっていた授業に参加した。
まさかプロに行けるだけの技量と体力はないので、就職するしか選択肢はない。
社会人になって野球をするかどうかはおいといて、卒業しなければ内定が出ない
「リーグ戦で学校に来ることができませんでした。野球部が10年ぶりに1部に上がったんです! 大目に見てください!」
シーズン中に講義に出られなかった理由を受け入れてくれる教授もいれば、言い訳としか捉えてくれない場合もあった。
いずれにせよ、必修科目はテストで点数を取らないと単位がもらえない
選んだことを後悔した第2外国語のフランス語もネックだ。
「無事に卒業できるんやろか……」
不安は募るばかりだった。
野球以外で悩むのは、これまでの人生、まずなかったことだ。
「来ようと思えば、いくらでも学校に来れたのに……」
一寸の光陰軽んずべからず――。
全てを面倒くさいと思っていた時期を後悔した。

不安を紛らわせれくれる親友たち

「今日あるよ!?」
野球では、盗塁やセーフティーバント、スクイズなどで相手に何らかの動きがあるのを想定して、こういうふうに声を掛け合うことがある。
それを普段の生活の中に取り入れ、何かを仕掛けるときには「あるよ!?」と言うのが寮で流行っていた
休み中、僕らが仲間内で初めてバーベキューに出かけたときも、誰かが発したこのひと言が引き金となった。
今となってはかなりリニューアルされ、慎之助あたりは、「今日あるよ!?」と、僕が言えば、「ねえよ」と返してくる
飲みたいときなど、何かにつけてほとんどの人が使っていた。
バーベキューに行ったのは、マー坊、ナオキ、久保、そして在学中に友達になった女の子が2人
誰もアウトドアの知識があるはずがなく、食料を買いすぎたり、なかなか火がつけられなかったり、肉を焦がしたり、てんやわんやな状態は周りの団体からも心配されるほどだった。
でも、僕らは楽しければそれでよかった。
「いつまでも、このような時間が続けばいいのに……」
将来のことを考えるとそわそわしてしまうけれども、野球でつながった親友たちが、僕の心の不安を紛らわせてくれた

クラスメートのやさしさに奮起

そして、忘れてはいけないのがクラスメートの存在だ。
疎遠になっていた僕を見放さずに、ずっと友達でいてくれた。
「一緒に卒業しよう」
普通に講義に出ている彼らにとっては、僕のことなど気にする必要もないはずなのに、いつも僕の目線になって励ましてくれた
文学部は卒業論文を提出しなければならないので、かなりのパワーを使う。
野球で大変だろうということで、資料探しを手伝ってくれたり、担当の教授にひと言添えておいてくれたりと、涙ぐましい陰の支えがあった。
「僕の応援をしてくれている人たちのためにも、ちゃんと卒業せなあかん。甘えてばっかりやったらカッコ悪い。やるときはやるで」
友人たちのやさしさで、僕は勉強面でもようやく尻に火がついたのだった。

98章につづく

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