甲子園は、すでに西日が傾いていた。
ほどなく照明がつけられ、センバツで経験したとき以来のナイトゲームになった。
先攻は3塁側、PL学園。
日大藤沢のピッチャーは、スクリューボールを自由に操る2年生エース、左の神崎。
1回裏の守り――。
全身に鳥肌が立った。聞いたことのない大音声が球場全体を支配する。
上から下までぎっしりと埋め尽くされた1塁側のアルプススタンドからだった。
マンモス校、日大藤沢の応援にいきなり圧倒された。
「なんやこれは。凄まじい応援やな」
PLのピッチャーは、2年生サウスポーの前川。
おそらく、このような大舞台でマウンドに上がるのは初めてのことだろう。雰囲気にのまれるのも無理はない。
ピンチで3番・佐藤にタイムリーを打たれ、あっという間に1点を先制された。
1点を追うPLの2回表の攻撃――。
先頭の福留が3塁打を放ってチャンスメークすると、続く出井のタイムリーで瞬く間に追いついた。まさに電光石火の同点劇だった。
それで勢いづいたPLは、4回にも前田のタイムリーなどで3点を追加し、序盤で4対1とリードした。ここまでは、まずまずの試合運びだった。
先発の前川はここで降板。4回裏からは大阪大会の胴上げ投手、嘉戸がリリーフとしてマウンドに上がった。
しかし、この必勝リレーを目論んだ継投が思わぬ誤算を招こうとは、この時点では誰もが夢にも思わなかった。
5回裏、日大藤沢の攻撃――。
神崎のツーベースヒットと2つのフォアボールで、無死満塁のピンチ。ここで迎えるバッターは、初回にタイムリーヒットを打っている佐藤。
明らかに、いつもの嘉戸のピッチングではない。
「点差は2点ある。無失点に切り抜けられそうにもないが、とにかくアウトカウントを増やそう」
重苦しい雰囲気を断ち切ろうと、マウンドに向かって努めて明るく声をかけた。
嘉戸もうなずき返したが、表情にゆとりがないのが見てとれる。
――カキン!
無情にも打球は右中間へ。走者一掃のタイムリーツーベースが飛び出した。
これでたちまち同点だ。尚も無死2塁のピンチ。気が遠くなるような怒濤の攻撃だ。
1塁側アルプスが、さらに大きく揺れる――。
「いつになったら、この回が終わるねん……」
ここで、ピッチャー交代が告げられた。
エースの前田を投入せざるをえない状況に、中村監督も顔をしかめていた。
できれば前の試合で完投した前田を休ませたかったところだが、そうはいかなくなってしまった。
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