大会初日から連日のように繰り広げられている熱戦。
有力校が順当に勝ち上がっていく中、PL学園も1回戦突破に向けた練習に励んでいた。
北海道工業のエースピッチャーは左のアンダースローという情報が入り、左投げの選手が率先してバッティングピッチャーの役割を買ってでた。
一肌脱いでくれたその選手たちの中には、ケガでメンバーから外れていた諸麦もいた。
「チームのために何ができるか――」
まだ足は完治していないというのに、その一心が彼を動かしていたのだろう。昔から、そういうヤツだ。
「モロのためにも必ず打つ」
誰もが彼の心意気をムダにはしたくないと強く思った。
あらためて気持ちを一つにした僕らは、満を持して初戦を迎えるのであった。
8月12日、天気は晴れ。
地元、大阪のPL学園が登場することで、スタンドは多くのお客さんで埋め尽くされていた。
宿舎からバスで甲子園に着くと、僕らは選手専用通路を歩いて球場の中へ。
雨天練習場で少し汗を流し、リラックスした状態で、前の試合の戦況を見つめた。
第1試合が終わるころには、3塁側のベンチ裏に移動して出番を待たなければならないからだ。
試合終了のサイレンが鳴ると、いよいよベンチ入り。全員でグラウンドに一礼をしてから、7分間の試合前ノックが行われた。
それが終わったら、応援団のいるアルプス席に向かって挨拶をして、全ての準備が終わるというのが、甲子園での試合前の段取りである。
初戦とはいえ、こうしたルーティン行動は、甲子園常連校にはお手のものだ。緊張することなく、堂々とした雰囲気がチーム内に漂っていた。
僕はいつも通り、2番・サードで先発出場。
「さあ、いよいよや。思いっきり暴れたる」
間もなく試合が始まろうとしていた。
――ウゥゥゥ〜。
サイレンが鳴り響き、PLの後攻めで試合が始まった。
北海道工のピッチャーは、2年生エースの藤本で、予想通りの左のアンダースロー。初めて見るタイプで、なかなか打ちづらそうだ。
2回裏、相手のエラーで1点を奪いPLが先制。
尚もチャンスで僕に打席が回ってきた。
バッターボックスに入るとき、僕はグラウンドを見渡した。
アルプスではPLの人文字が揺れる。スコアボードに目をやると、僕の名前の上に赤いランプが灯されている。
――思わず息を大きく吸い込んだ。
「なんて気持ちがいいんやろう。最高の雰囲気や。俺は今、甲子園に立っている。ここにいることを、しっかり心に刻もう」
――胸に手をあてた。
PLの選手がよくする、甲子園ではお馴染みのシーンだ。中には「アミュレット」というお守りが入っている。
それをギュッと握り締め、僕も精神を統一した。
ピッチャーが第1球を投げた。
――カキン!
快音とともに打球はレフトへ。
歓声が湧き上がった。ランナーが生還し、1点を加えるタイムリーヒットとなったのだ。
1塁ベース上から見たあの光景は、今でもはっきりと覚えている。
「ナイスバッティン!」
ランナーコーチの河村が、すかさず声をかけてくれた。
ずっとレギュラー争いをしてきた仲間のひと声だからこそ、余計に胸に響いたのかもしれない。
「ありがとう」
笑顔で河村のエールに応えた。
僕の手には、心地いい打球の感触がいつまでも残っていた。
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