テトリス事件

01/09/30
02/04/10ver1.2

一部のビジネス本などにおいては、テトリスの権利を任天堂がセガから奪った。テトリスが発売されていれば、メガドライブは大化けした可能性があった。などといった論調で書かれている。 実際はどうなのか。
任天堂は1989年3月に、旧ソ連の外国貿易の窓口であるソ連外国貿易協会(ELORG、モスクワ市、代表ユーリ・V・トリフォノフ博士)とテトリスの家庭用ゲーム機向けソフト販売全世界独占 ライセンス契約を結んだ。これに関しすでに業務用と家庭用テトリスを販売しているアタリ社とその子会社テンゲン社(カリフォルニア州ミルピタス)は同年4月にサンフランシスコ連邦地裁に 著作権侵害として訴えた。 これに対し、任天堂側は「テトリスの製造、販売権はテンゲンにない」と、同地裁に販売差し止めの仮処分を申請した。
ELORG社は「権利は任天堂のみに与えた」と声明を出した。
そして、同地裁は任天堂の申し立てを認めた。実質、任天堂の勝利である。 一方セガはテンゲンからテトリスのサブライセンスを受けて、業務用に販売、家庭用のメガドライブにも発売しようとしていた。ところが、その買い付け先の権利が怪しくなったため、メガドライブ版の発売は見送った。
 このことについて、「任天堂はメガドラユーザーの期待を妨害した」といった批判もあるが、「4月15日発売で、広告もうったし、製品も出来ている。でも、任天堂さんの発表を知って、発売延期しました。任天堂さんとテンゲン社の訴訟決着がつくまで静観です。」(セガ・事業部長代理・鎌田繁雄氏)(*1)と言っているし、「セガさんが家庭用を用意しているのは知らなかった。ウチは正当な権利を主張しただけ」(任天堂・今西広報部長)(*1)ということであり、任天堂が直接セガに販売中止を訴えたわけではなく、セガが自粛したにすぎない。自分の権利に自信があったのなら、たとえ訴訟に持ち込まれても販売を強行すればよい。結局、セガは調査が甘いことを自覚していたのだろう。また、どうしても販売したければ、後述するBPSのように任天堂からライセンスを取得しなおせばよい。ユーザーを裏切った責任があるとすれば、それはセガにある。 そもそもこうした問題が起こったのはテトリスの販売権がアタリに渡るまで、複雑な経路をたどっていた点にある。

(*1)Weekly Themis1989年7月5日号「任天堂のゴーマン&独占商法よ たまりかねた怒りと悲鳴を聞け!
実は、アタリ社はELORGから直接にライセンスを受けたのではなく、イギリスにあるミラーソフト社から受けていた。そしてミラーソフトの権利はその関係会社であるハンガリーのアンドロメダ・ソフトウェア社から受けたものだった。
ところが、アンドロメダはELORGからIBMパソコン互換機用にのみテトリスの権利を受けていた。これがいつのまにか拡大解釈され次々に別のハード向けに販売されていったのだった。
 任天堂はゲームボーイ用にとNOA(Nintendo Of America)社員が直接ソ連側と交渉した際、ミラー社やテンゲンに権利のない事がわかり、改めて家庭用全般について正式契約をしたのだ。   上述の通り、テトリスの権利はセガが一番速く手に入れたものではなかった。実際、メガドラ版発売前にテンゲンから権利を手に入れたBPS社がファミコン向けにテトリスを発売していた。したがって、たとえメガドラ版が発売されていたとしても、それがメガドライブの起爆剤となっていたかは疑わしい。すでにファミコン版があるのに、わざわざメガドラ版を買う人がどれだけいるだろうか。
ちなみに、BPS社は任天堂から改めて権利を取得、販売を継続した。

参考文献


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