スーパーファミコン用CD−ROMアダプタお蔵入りの原因

02/02/10up
02/03/10Ver1.6

SFC用ゲーム「スターフォックス」
SFC(スーパーファミコン)用CD−ROMアダプタはソニーとの確執からお蔵入りとなってしまったと解説されることが多い。
確かにそうした側面もあるのだろうが、このアダプタは技術的側面から頓挫してしまったという面もあるのだ。
CD−ROMといえば大容量が強調されるが、「演出に凝ったソフトが制作可能になるメリットよりも、CD−DOMが遅いデバイスであるデメリットの方が大きい」という開発二部の上村雅之氏の発言(*1)からもわかるように、SFC用CD−ROMアダプタは単に大容量メディアを提供するためのものではなかった。
このアダプタはポリゴン処理可能な32bitグラフィックスチップを搭載し、3Dのゲームを提供することを目的としていた。
任天堂はカートリッジ内に内蔵し浮動少数点演算を行うスーパーFXチップを開発してポリゴンを使用したソフトを発売するなどゲームの 3D化に傾注していた。
CD−ROMアダプタはこうしたゲームの3D化傾向に沿って開発されていたのだ。

(*1)「任天堂がCD−ROMに消極的な理由」(日経ニューメディア1989/12/04所収)、(注)SFCさえ発売されていない時点での発言である。
RPGにしろアクションゲームにしろ、最近のゲームは大きな世界の中でキャラクターが実に様々な状況に出会う。そんな遠大なストーリー展開を 楽しむという傾向が強いですね。 現在は、こういったゲームをデザイナーが実に苦労しながら平面で描いているわけですよ。CD−ROMアダプタで我々が考えているのは、 3次元の世界をアニメ的に表現することで、 大きな世界感を一発でプレイヤーに伝えられるようなシステムなんですね
(上村部長)(*2)
(*2)中田宏之「架想楽園へ行こう」アスペクト
32bitのグラフィックスチップを搭載しても完全な3次元表現をゲームで実現するのは無理である。そこで2次元と3次元をうまく組み合わせようというのだ。
「必ずCD−ROMを採用すると決まったわけではない。取りあえず開発を手掛けるが、陽の目を見ない可能性も十分ある」(*1)
「来年(94年)中に、CD−ROMアダプタでずっと今まで目指していたゲーム表現が実現できれば・・・」(*2)
上村氏の言葉はSFCの後継マシンが登場してしまえば、 CD−ROMアダプタの存在意義がなくなってしまうことを意味していたと思われる。
山内社長は93年8月24日の初心会においてシリコングラフィックス社と64bitマシン構想「プロジェクト・リアリティ」をぶち上げた。一部マスコミからは 「ハッタリだ」などといった意見も聞かれたが、 これは本格的な3次元世界をゲーム化できる目処が立ったことを意味していた。
シリコングラフィックスのグラフィックワークステーションに「ドライブフライトシミュレーター」というソフトがある。
SFC用CD-ROMイメージ ドライブフライトシミュレーター
このソフトは街とその周辺のかなり広大な領域を丸ごと3D空間として表現している。
このソフトの素晴らしいところは、ユーザーが自由にこの街の中を移動することができることだ。3次元を謳うレースゲームなどは進行方向が決まっている(*3)ので、処理する情報も限定されている。しかし、自由に移動できると処理する情報量も圧倒的に多くなってしまう。だから、このソフトは画期的なのだ。
64bitマシン構想のイメージ映像はこの「ドライブフライトシミュレーター」の街並みにマリオをはじめ任天堂キャラクターが立っているというものだった。
「プロジェクト・リアリティ」イメージ
今思えば、これは「スーパーマリオ64」の登場を予告していたものだった。
と、同時にCD−ROMアダプタに対する見切りをつけた宣言でもあったといえる。
 その後、ベールを脱いだ64bitマシン「Nintendo64」と、そのソフト「スーパーマリオ64」は完璧な3次元空間を再現していた。 正に「ドライブフライトシミュレーター」の中をマリオが自在に動き回っているという感じだった。 結局、SFC用CD−ROMアダプタお蔵入りの最大の原因は、上述したアニメ的3次元ゲームの開発に失敗し、SFCの後継マシン「Nintendo64」のほうが、 はるかに優れた3次元ゲームが作れる事が判明したためだったからではないだろうか。
(*3)3Dグラフィックスということに関しては、ある特殊な条件だけでグラフィックスが描けるという、カーレースなんかがいい例ですが、カーレースは一本道ですから、3Dグラフィックスということから考えれば扱いやすいテーマなんです。そういう扱いやすいテーマだけ限ってだけしか考えられないものではなくて、自由度というものをあらゆるものに対して、本当に自由自在に「できる」という風にして作られたのが、あの当時で言うならばシリコングラフィックス社のワークステーション[ONYX]、これに搭載されていた「リアリティエンジン」という3Dグラフィックスシステムだと感じたんです。そういう自由度のあるもの子供たちに与えられれば、あそびの中に持ってこられたら、3Dグラフィックスがゲームの世界を広げるのではないか、というのはありました。技術者の考えですよね。
(竹田玄洋・Design News 235)
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