ああ、いい湯だな ! 
 
 「どこの学校ですか。東京から来たのですか。修学旅行ですか。」
 浴場の中で、近くにいた方から、そんな問いかけを受け、なんと答えたものか、一瞬困った。
「はい、・・・」、生返事であった。
 温泉町の地元の生徒たちである。
 今、クラスの2年生男子生徒、約30人と、地元の有名ホテルの大浴場にいる。
 実は、クラス替えをして、2年になったが、なかなかクラスがまとまらない。いろいろ対応を考えてみたが、これとてうまくいかないので悩んでいた。そんなある日、男子生徒に呼びかけ、
「明日、部活動が終わったら、みんなで風呂に行こう。」
「家の人に、行くことの了解を得て来て、タオルと200円もってきてほしい」
「無理な人は、タオルだけ持ってきてほしい」
「どうだろう、みんな行くかな。お風呂は、この温泉地の超一流のホテルなんだが・・・」
翌日、男子全員がそろって、部活動終了後、ホテルへ向かった。
ホテルへ着くと、各自200円を払い、大浴場へ向かった。

実は、このホテルの支配人の方が、ある生徒の保護者で、今回の計画を話したところ、快く引き受けてくれた。
このころ、まだ、今でいう「日帰り入浴」はあまりなかった。平日の空いてる時間をお願いした。

大浴場に入ると、それは、大騒ぎ、まさに修学旅行である。
それでも、すばらしい大浴場に入ったせいか、いつもより行儀がよい。
お客さんは、まばらだった。誰も嫌な顔せず、笑顔で迎えてくれた。ほっとした。
身体を洗い、湯につかると、生徒たちは、それぞれ勝手な話をしていた。お客さんと話しているものもいる。

そのうち、身体を洗ったにもかかわらず、10数人が小さな輪になって背中を洗い出した。
それが、やがて全員の輪になって、背中を洗い合い、ついには、校歌まで歌いだした。
なんということか、まわりのお客さんの手前もあるので、静かに、静かにと制するのが大変であった。

だが、意外にも、お客さんたちは、本当にうれしそうな顔で、誰一人とがめる人はいなかった。
「よかった」 そればかりか
親しく話しかけられ、
「いいですね。子供たちの元気は、感激しました。自分の修学旅行を思い出しました」とまで言われ、
生徒たちを温かく見守ってくれた。ありがとうございます。感謝です。

帰りに、支配人は、200円をまとめてそっと返してくれた。
それにプラスして、帰りに全員でラーメンを食べた。おいしかった。どの顔も満足そうであった。
全員が同じ《息継ぎ》をした時間だった。

その後、これですべてクラスがうまくいったわけではない。
でも、ことあるごとに、全員で校歌を歌い、友達の背中を洗ったときの気持ちを、みんなで思い出した。

「ああ、いい湯だな」
「人間 みな、はだかなんだよ」