♪チャラリラリラリランララ〜 ランランラララン〜♪

 日向家の嫁となった若島津に次々と襲い来る世間(義母と小姑)の荒波。
 サッカーの負け試合の悔しさ、肩の傷の痛さと比べようも無い思いを胸に秘めながら
 小次郎への愛で耐え忍ぶ若島津。
 そんな健気な姿に2度惚れ・3度惚れをしながらも、母ちゃんや直子には文句の一つも
 言えない世間並みの夫・小次郎。
 全日本のエースストライカーの肩書きはここ(日向家)では、何の意味も成さなかった。
 日向小次郎は若島津を愛することしか出来ない男でした。   (語り 石○浩ニ風)



 
第六話  義母と台所と若島津


  買い物から戻った若島津は晩ご飯の支度に取り掛かっていた。
  母や直子サイズに作ってある流し台は長身の若島津にとっては使い難い事この上なし。
  注文住宅なのだから嫁である若島津に合わせて設計が進んでたのだが、最終段階で
  義母と小姑のチェックが入ってしまった。

   『母ちゃん、台所の寸法が変よ』
   『どこがだい?』
   『私や母ちゃんが使うには流し台の高さが高すぎるのよ。これじゃ母ちゃんが
    使いにくい上に、コンロでケガしちゃうよ。兄ちゃん、もっと低くしてあげてよ』
   『しかし直子、若島津だとこれくらいで丁度なんだ』
   『兄ちゃん! サッカーだ遠征だってしょっちゅう家を空ける人の代わりに誰が家事を
    すると思っているの? 私や母ちゃんなんだよ!』
   『だかな…』
   『いいんだよ、直子。母ちゃんは2件隣りの大工さんに余り木で踏み台を作って
    もらうから…』
   『そんな!母ちゃん!!』
   『……日向さん、図面の変更をお願いしてください』
  この会話のどこに若島津が諦めずにいられる要素があっただろうか。
  そして翌日には変更され、若島津の腰以下の高さしかない流し台が完成した。


  今日はブロッコリーが目玉商品で、買い物を指示するチラシに赤く何重にも丸がつけて
  あったので2つ買ってきた。
  ざっと水洗いをし、茎を持ち、湯が沸騰した鍋の中にふさ部分からつけようとした瞬間
  空気がきぃーーーんと振動した。

  「健さん!!!!!!!!」

  名前が呼ばれた瞬間にブロッコリーを持っていた手が菜ばしで挟まれていた。
  「えっ!? お義母さん?」
  「なにするつもりなの!!!!!」
  若島津を叱りながら義母は若島津の手を菜ばしで掴んだまま、鍋から遠ざけた。
  「何って、おかずにする為にブロッコリーを茹でようと思って…」
  「茹でるのはいいけど、何で丸ごと鍋に入れるの!!!」
  「えっ…こうやって茹でるんじゃ…」
  はぁぁぁぁぁーーーー…義母は若島津の言葉を聞き、大袈裟に溜息を付いた。
  「これだから、男の嫁は困るのよね…。ブロッコリーは小さいふさごとに切り落としてから
   茹でるに決まっているでしょ。 ほら、切ってみなさい」
  「はい」
  まな板の上にブロコリーを乗せ、義母に命じられるままに包丁を握った。
  ザクッ・ザクッと少しずつ小さい塊のブロッコリーが増えていった。
  「それでいいわ」
  全てのふさを切り落としようやく承諾が降りたところで、若島津は残った茎の部分を
  捨てようと三角コーナーへ手を伸ばした瞬間にビシッ!という音が聞えた。

  「健さん!! 何をする気なの!!!!!!」
  空気を切り裂くような金切り声と一緒に、菜ばしが若島津の手を打っていた。
  先ほどのビシッ!という音はこの音だった。

  「食べる部分は切り取ったので後は捨てようと……」
  「直子〜!! 直子〜〜!!!!!」
  若島津が説明し終わる前にまたもや義母のサイレンのような声が狭い日向家に
  木霊した。
  「どうしたの母ちゃん!」
  台所に入るビーズの暖簾から顔を出した直子。
  「大変だよ、勿体無いオバケが出てくるよ!!」
  「何ですって!!!!」
  「健さんが」
  「えっ、また健さんが何かしたの?」
  直子は菜ばしを握り締めたまま震えている母に近付き、落ち着かせるように肩を抱いた。
  「健さんがブロッコリーの茎は食べるトコじゃないから捨てるって言うんだよ」
  母が普段は細い目にうっすらと涙を浮べていた。
  「何ですって!! …でもね、母ちゃん、仕方ないわよ」
  声のトーンを一段低くて直子が囁く。
  「健さんは裕福な家の子だったんだから、茎の部分は薄く切って一緒に食べるなんて
   知らないのよ」
  直子の手が母を慰めるように背中を撫ぜている。
  「ああ、そうだったね。 だから私はお坊ちゃん育ちの嫁は反対だったんだよ」
  「母ちゃん、仕方ないよ。 小次郎兄ちゃんが選んだんだから……」
  そう話す直子の細い目にも涙が滲んでいた。

  義母のサイレンからココまで若島津は言葉を発するどころか、身動き一つ出来ずに
  ただ呆然と2人のやり取りを眺めていた。
  何だか自分を放り出して話が進んでいるようだが、あまりの展開に正直付いていけて
  いなかった。
  ただ1つ、ブロッコリーはふさは小さく切って、茎は薄く切って茹でるんだということだけは
  学んだ・・・若島津の中に日向家の知識が1つ増えた。


  実はそんな3人の姿をビーズの暖簾の隙間から覗いていたものがいた。
  そう、日向家の長男であり若島津の夫である小次郎だった。
  外ではやりたい放題・怖いものなしの小次郎だったが、家族特に母と妹には弱かった。
  (すまねぇ…若島津
  心の底で愛妻に向かい詫びていた。


  その夜、詫びも兼ねていつも以上に若島津に愛を尽くした結果、疲れ果てた若島津が
  寝坊して、また義母に開眼攻撃を受けることになってしまったのだが、これは
  またいつかのお話。



  
第六話 『義母と台所と若島津』 完

                          ★補足
                                  ブロッコリーの茹で方にはさまざまな方法があり、
                                  読んでおられる方で文中の若と同じ方法でしている方も
                                  いらっしゃると思います。
                                  私はその方法をけなしているのではないので、どうぞ
                                  怒らないで下さいませ。
                                  実は姫クロ美紗で調理していたときに、姫美紗は切り派
                                  だったので、丸ごと入れようとしたクロさんを慌てて
                                  止めた所から浮んだ話です。 なのでご理解下さいませ♪

                                  それと文中で使っている用語をわざとレトロ風にしました。
                                  キッチンより台所でしょ…日向家は。