東京都立川市西砂町中里地区 重松流祭囃子 中里神明囃子連


  重松流    中里神明囃子連

囃子連紹介

紹介


結成…平成18年2月
流派…重松流
所属…立川市西砂町中里自治会立川おはやし保存会
会員数…約30名
練習日…毎週水曜日19:00~22:00 中里公会堂 ※練習風景
主な出演行事…中里ふるさと祭り、立川よいと祭り、砂川阿豆佐味天神社秋祭り、立川おはやし大会など

集合写真



山車


昭和51年作
平成27年、東京都国分寺市より譲受
製作者は国分寺市の田中為義氏
足回りは明治24年に造られた牛車を使用。
10月の地元祭礼「中里ふるさと祭り」で町内を巡行します。

山車


以前の山車


遠州二輪御所車式屋台
明治中期作
平成21年、静岡県掛川市構江区より譲受
平成27年、東京都東大和市へ譲渡


山車


半纏


二代目半纏(2010/01/01~)

色「藤紫」
衿文字「中里囃子連」
大紋「中里」

半纏


重松流祭囃子

重松流は、埼玉県所沢植宿に住んでいた古谷重松が編み出した囃子であり「じゅうま」は重松の愛称である。
幕末から明治期以降、所沢を中心として入間市・三芳町・瑞穂町・清瀬市・立川市・武蔵村山市・小平市に広まったものである。 それらは、いずれも「じゅうま」を名のり、「所沢の重松という人が囃子を教えてくれた」とその由来を伝えるところも少なくない。
古谷重松は、天保元年(1830~91)に生まれた。重松がどこで祭囃子を習得し、独自の囃子を創案したのかその経緯は明らかでない。 一説によれば、東京都府中市の大国魂神社で笛を修行したともいわれている。 幕末から明治初期にかけては、従来の神田囃子系の江戸囃子を改良し、斬新で複雑な演奏形式を持つ新囃子が各地で創作された。 重松流もこのような風潮のもとで生まれた新囃子である。
重松流の特色はテンポの良さと、屋台囃子の小太鼓二つ(地と絡み)の掛け合いにあると言われる。 このような奏法の人気と重松の熱心な指導によって、重松流の伝承地が拡大されていったと考えられる。 また、家業の麹屋のほかに副業として藍玉も商い、重松は行商のために近郊近在を歩き、その先々で囃子を伝授したといわれている。

「所沢市史(民俗)祭囃子」より

※曲名クリックで音声再生

屋台囃子 乗物にて神霊の送り迎えをする曲
早いテンポによって祭りの雰囲気を盛り上げる
宮昇殿 神霊がお宮に近付いてきたことを知らせる曲
歌うように演奏される
四方殿 神霊がいよいよお宮に入ることを知らせる曲
中ぐらいの速さで演奏される
鎌倉 世の中の安泰を祝う余興楽
ゆっくりとしたテンポで演奏される
師調目 祭りの儀式が終わり
神官が浮かれながら帰る様子を表現した曲
仁羽 一切が終わり行う余興楽
屋台囃子と並び演奏する機会が多い
子守歌 ねんねこ
江戸子守歌の調べにそった静かな曲
仁羽~屋台囃子 平成26年5月11日
一番組八雲神社例大祭にて
Copyright (C) 2008- 中里神明囃子連. All Rights Reserved.