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訳者 | 尾崎義(おざき・よし、1903~1969) |
一言でいうと | 日本におけるスウェーデン語普及の立役者。『スウェーデン語辞典』『スウェーデン語四週間』他、訳書多数。 |
解説 | 子どもの頃読んでいた北欧文学の後書きを読むと、必ずと言っていいほど、尾崎義への感謝の言葉がありました。戦前の北欧文学の邦訳は、英語やドイツ語からの重訳がほとんどでしたが、70年代とか80年代に出た翻訳には、北欧語を独学で(もしくはサイドワークで)学んだ訳者が原典から訳したものが結構あり、そうした訳者たちがかなりの高確率で書いているのが、「尾崎さんにアドバイスをもらった」とか、「尾崎さんの参考書を使った」とか、「尾崎さんの北欧語勉強会に参加した」ということでした。謝辞の書かれ方からして、人格的にも非常に優れた方だったようです。
尾崎義は、もともと文学畑の人ではなく、外務省の参事官でした。1920年代から、戦争による帰国なども挟みつつ、60年代まで、断続的かつ長期にストックホルムやヘルシンキに駐在し、現地で覚えたスウェーデン語、フィンランド語の日本における普及に尽くしました。外務省を退職後、創設されたばかりの東海大学北欧文学科に教授として着任しますが、一年足らずで急逝、尾崎の死を惜しむ声も、さまざまな訳書・参考書に書かれています。
『スウェーデン語四週間』は、四週間では決して終わらないことで有名な、大学書林の〈言語四週間〉シリーズの一冊です。英語とドイツ語ができることを前提に書かれています。スウェーデン語は1968年の学生運動以降、敬称の廃止などかなりドラスティックな変更があったため、1955年に初版が発行された本書は、現在のスウェーデンで会話をするにはあまり適していません。当時、スウェーデンに行くことよりも、日本にいてスウェーデン語作品を読むことの方が需要が高かったためでしょう、読解にかなりのウェイトが置かれています。したがって、ストリンドベルイやラーゲルレーヴのような古い作品を、まずは読みたいという方には最適の参考書です。わたしの需要もどちらかというとそこにあるので、現在でも重宝しています。
『スウェーデン語辞典』は、田中三千夫、下村誠二、武田龍夫との共著。もともと1960年頃に発案されたものの、尾崎は完成を待たずに急逝、残りの3人が後を引き継いで、1990年に上梓されています。発案が古いため、上記の理由で現在のスウェーデン語を学ぶには適していませんが、語彙が非常に豊富で、20世紀前半までの文学作品を読むのには、これ1冊あればほぼ充分です。
尾崎はこのほか、北欧文学作品も精力的に翻訳しています。ラーゲルクヴィスト『バラバ』は、「北欧文学10選」でも紹介したとおり、原作・翻訳共に北欧文学の最高峰と呼べる一冊です。尾崎はかなり早い時期からラーゲルクヴィストに着目していたようで、自宅を開放して講読会などを開いていたようです。
コラム『北欧神話』は、北欧神話を子ども向けに分かりやすく再話した作品。岩波文庫が2001年にリニューアルされた時、既刊本の中から満を持して最初にリニューアル版として刊行されたうちの一冊でした。
尾崎は、リンドグレーン作品もかなり訳しています。『名探偵カッレくん』シリーズの書き出し「血液!疑問の余地なし」の訳は秀逸。『わたしたちの島で』は、尾崎の遺稿です。完成原稿を出版社に届けて、後書きを書くまでの間に亡くなったということで、後書きのみ小野寺百合子が書いています。作品はとても楽しくて、電車の中で読んでいて大爆笑しそうになり、本に顔をうずめてフルフルしてしまったのは良い思い出です。
現在は、スウェーデンに住んで北欧語を習得した方による邦訳が数多く出ていますが、その前の世代、日本で独学に近い形で北欧語を習得した訳者を支えたのが、尾崎義ということになります。わたしはそうした訳を読んで育った世代ですし、自分がスウェーデン語を独学する際に使用したのも『スウェーデン語四週間』や『スウェーデン語辞典』だったので、わたしの今日あるも、また日本における北欧文学の今日あるも、尾崎のおかげと言えそうです。
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主な著書・訳書 |
・『スウェーデン語四週間』、大学書林、1955
・『スウェーデン語辞典』(田中三千夫、下村誠二、武田龍夫と共著)、大学書林、1990
・ペール・ラーゲルクヴィスト『バラバ』、岩波文庫、1953/74
・パードリック・コラム『北欧神話』、岩波少年文庫、2001
・アストリッド・リンドグレーン『名探偵カッレくん』、岩波少年文庫、2005
・アストリッド・リンドグレーン『わたしたちの島で』、岩波書店、1970
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リンク |
・北欧文化協会
尾崎義が設立にかかわり、初代理事長を務めた協会。トップページにメニューがないので、「北欧文化協会について」にリンクを張りました。
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