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リンドグレーン15選・4
日本語版
大塚勇三訳『山賊のむすめローニャ』(リンドグレーン作品集)(岩波書店、1982)ISBN:9784001150794
同(岩波世界児童文学集)(岩波書店、1994)ISBN:9784001157241
同(岩波少年文庫)(岩波書店、2001)ISBN:9784001140926
スウェーデン語版
Astrid Lindgren: Ronja Rövardotter, Stockholm (Raben och Sjögren),1981 ISBN:9789129683844
作品紹介
 リンドグレーンの隠れた名作。1994年に『岩波世界児童文学集』(全30巻)に『やかまし村の子どもたち』とともに収録されました。C.S.ルイス、ミヒャエル・エンデ、ローズマリー・サトクリフなども入ったこのシリーズで、複数の作品が収録されているのはリンドグレーンだけ。高校生の頃に読もうと思った時に、リンドグレーン作品集の方は品切れだったので、『ローニャ』のみ、わたしはこのバージョンを持っています。山賊の頭領マッティスの娘として生まれたローニャは、森の中で、「マッティス山賊」と対立する「ボルカ山賊」の頭領の息子ビルクと仲良くなります。山賊業を嫌いながらも父を敬愛していたローニャでしたが、マッティスがボルカ山賊と取引をするためビルクを捉えたことで、砦を出て森でビルクと共に暮らし始めます。

 世の中にはすばらしい芸術家がたくさんいますが、その中でも傾向が作品ごとに全く違うのは「天才」だと思います。わたしの中で、リンドグレーンは、ゲーテとピカソに並ぶ天才です。『ローニャ』は、70歳を過ぎたリンドグレーンが創作活動の終わり近くに書いた作品で、これまでのリンドグレーン作品とは全く違っています。
 これまでの作品の舞台はストックホルムなどの町(『ピッピ』『カールソン』『カッレくん』)か農村(『やかまし村』『エーミール』)でした。中世を舞台にした『ミオよ、わたしのミオ』や『はるかな国の兄弟』には森が出てきますが、それはあくまで「冒険の場所」で、日常生活を送るのは城壁に囲まれた町です。これに対して、『ローニャ』は、生活圏が暗い森で、美しい女の顔をして背中ががらんどうになっている「鳥女」や、地下に住む「灰色小人」が登場します。ファンタジックなイメージの強いリンドグレーンですが、人間でない生き物が出て来る作品は意外と少ないんですね。わたしはそれまで、架空生物はエルフのような美しい生きものにしか興味がなかったのですが、この作品を読んで、地下でごそごそしているようなみにくい存在も面白いと思うようになりました。
 また、リンドグレーンは親子関係が希薄な作品が多いです。『親指こぞう ニルス・カールソン』に所収された短編は、いずれも両親にほったらかされた子どもが主人公です。『やかまし村』は両親はいて家族仲も良いのですが、作中の世界は子どもだけで完結していて、親はほとんど出てきません。『ミオよ、わたしのミオ』は、孤独な少年が理想のお父さんのもとに行くところから話が始まりますが、話の核心部分でお父さんは全く活躍しません。『はるかな国の兄弟』では、大人が重要な役割を果たしますが、こうした大人たちは主人公兄弟の親代わりというよりは、同志のような関係です。そうした中で、『ローニャ』は、主人公と父親の関係が話の軸になっています。父と娘を描いた作品としては『長くつ下のピッピ』がありますが、このお父さんは(少なくともピッピにとっては)完全無欠で、ピッピとの間に葛藤はなく、お互い自由に生きています。

 何よりもこの作品を特徴づけるのは、「老いて死ぬ」ことを描いた点です。『はるかな国の兄弟』は死を描いた作品として、スウェーデンの本屋さんに行くと「死を考えよう」というコーナーに必ず入っていますが、この作品では死後の世界が別の現世として書かれ、「老い」や「病」、すなわち死に至るまでの過程はクローズアップされません(主人公の一人の最初の死因が病であるにもかかわらず)。これに対し、『ローニャ』には、スカッレ・ペールという老山賊が登場し、物語は彼の死で幕を閉じます。また、同作は主人公ローニャが生まれるところで始まり、幼少期が描かれます。主人公の誕生・成長とスカッレ・ペールの老いと死を並行して描いた同作は、リンドグレーンが亡くなった時、わたしが真っ先に読み返した作品でもありました。
 「老い」「死」を児童文学で扱う試みは、リンドグレーンだけのものではなく、わたしが同じ時期に読んだものとしては、アーシュラ・ル=グウィン『ゲド戦記4 帰還』、角野栄子『魔女の宅急便その2 キキと新しい魔法』、上野瞭『三軒目のドラキュラ』がありますが、個人的には、児童文学として成功しているとは思いませんでした。言い方を変えれば、高校生の頃のわたしには、「この作者にとって、老いと死は切実な問題なんだな」ということは分かったのですが、自分に切実な問題としてはピンときませんでした。『ゲド戦記』1~3、『魔女の宅急便』その1、上野瞭の『さらば、おやじどの』や『ひげよ、さらば』は、子どもの視点で書かれていたのに(あるいは、子どもにとって切実な問題に寄り添って書かれていたのに)、老いを扱い始めると、この作者たちは「老人の視点」になってしまうんですね。もちろん、「老人の視点」で作品を書くことには価値がありますが、それならば児童文学である必要はありません。そうした中で、『ローニャ』は、子どもの視点から見た老いと死を見事に描いた作品です。

 社会の矛盾を力で解決するピッピに対し、ローニャは暴力を批判します。そうした態度と、老いと死を描くこと、暗い森の中のみにくい生き物と共生すること、父親が娘に謝って和解が成立すること、全てが上手くかみ合った、新しく、完成度の高い作品です。
他の翻訳・バージョン
【実写映画】
・ターゲ・ダニエルソン監督『山賊のむすめローニャ』(Ronja Rövardotter)、脚本:アストリッド・リンドグレーン、主演:ハンナ・セッテルベルイ、制作:スヴェンスク・フィルム、1984年
・英語版情報はこちら。劇中でローニャの母ロヴィスが歌う「オオカミの歌」(Vargsången)がすばらしいです。歌詞はこちら
【2015年4月追記】DVDが日本でも販売されています。『リンドグレーン作品集Vol.4 山賊のむすめローニャ』(ビデオメーカー、2005)

【アニメ】
・宮崎吾郎監督『山賊の娘ローニャ』、NHK、2014
書籍版は「むすめ」がひらがなでアニメ版は「娘」が漢字。予告を見たのですが、森が明るすぎる、というのが最初の感想でした。上述の通り、わたしは『山賊のむすめローニャ』の森が暗いことを高く評価しているので、わたしが思い描いているのとは別の世界が描かれるようです。
関連書籍
・アーシュラ・ル=グウィン『ゲド戦記4 帰還』清水真砂子訳、岩波書店、1993
・角野栄子『魔女の宅急便その2 キキと新しい魔法』福音館書店、1993
・上野瞭『三軒目のドラキュラ』新潮社、1993
このレビューを書いていて、上記3冊がすべて1993年に出ていることを知り、ちょっとびっくりしました。
出版社HP
日本語版 岩波書店
1.リンドグレーン作品集・初版https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/11/4/1150790.html
2.岩波世界児童文学全集http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/11/1/1157240.html
3.岩波少年文庫https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/11/6/1140920.html
スウェーデン語版 ラーベン・オ・シェーグレン社
http://www.rabensjogren.se/bocker/Utgiven/2004/Host/lindgren_astrid-ronja_rovardotter_-kartonnage/