第22話




 朋也たちは、座して待つ。

 電光掲示板のデジタル時計が点滅している。貴重な時間が目の前で消えていく。

 無為に。

 有効な手段を何一つ打てず。

 ただ、ひたすらに耐えて待つ。

 残り16分────

「もう限界だっ、行こうぜ岡崎っ」

「ダメだ、今のままじゃ誰も勝負してくれない。むしろ自殺行為になる」

「でもよ……!」

「耐えるんだっ、必ずチャンスはくる……!」

「いいかげんにしてくださいっ!!」

 突然、誰かの声が上がった。

 それは朋也たちに呼びかけたのではなく、体育館の生徒全員に向けられたものだった。

「こんなふうに勝負を避け続けていたって、らちが明きませんっ! 聞いてくださいっ、風子に提案があります!」

「ふぅちゃん……?」

 渚が驚いて、自分の口に手を当てた。

「自分のカードが相手に知られているかもしれない……。そんな疑念で牽制し合って動けないっていうのは、愚かしいにも程がありますっ!」

 熱心に語る風子を、朋也はいぶかりながら見つめている。

「このまま漫然と時間だけが過ぎていっていいんですか? そんなことをしても、みんなが少しずつ追い詰められていくだけですっ、誰のプラスにもなりませんっ」

 そして風子は高らかに言った。

「ですから、一度ゼロに戻しましょう! みんなのカードを集めて、シャッフルして配り直すんです! こうすれば自分のカードが知られることはなくなります! また最初と同じ状態に戻るんですから!」

「……風子のやつ」

 朋也は舌打ちしたい気分になった。

「とんでもないことを言い出しやがったな……」

「岡崎。これは、まずい展開なのか?」

「まずいなんてものじゃない。もしカードを配り直すなんてことになったら、俺たちのカード買い占めが全員にバレることになる。チョキに必勝する戦略は破綻する」

「え……? だったら、こんな話つぶしてやろうぜ。僕が文句言ってきてやる」

「いや」

 朋也は首を振る。

「あまり目立ちたくもない。ほかの生徒から変に思われて、俺たちが警戒されたらますます勝負しづらくなる」

「でもよ……」

「焦るな。俺たちが動かなくても、この案に反対するやつは出てくるはずだ」

「そこのヒトデ女っ」

 朋也の言ったとおり、生徒の一人が風子に食ってかかった。

「さっきから聞いてりゃ、なに勝手なこと言ってんだ! みんな試行錯誤の末にこの状況にたどり着いたんだぞ、今さらその流れを断ち切られてたまるかよ!」

「あなた、蛭子さんですね。1000のかさぶたを持つ男で、最近かさぶたが1001個に増えたという」

 朋也にも覚えがある。宮沢の仲間である不良の一人だったはずだが、彼もこのゲームに参加していたようだ。

「てめえ、なんで俺のことを……」

「風子はなんでも知っています。ですからあなたの手持ちのカードが今、なんであるかも知っています。風子は人に見られないで動くのが得意ですから」

 自慢げに、ない胸を反らせている。

「あなたもその口でしょう? ほかの生徒のカードの中身を把握しようとしているんです。いえ、あなただけじゃない。ほぼ全員が、です。終盤ではそれが必勝法なんですから当然と言えるでしょう。だからこそチャンスを窺い、勝負に出る機会を待っているんです」

「てめえ……」

「怒るよりも先に、やるべきことがあるはずです」

 風子は、ぴっとヒトデを向ける。

「あなたはなにを置いても、自分の危機について考えるべきです」

「なに……?」

「このままでは時間切れで、手持ちのカードを使えきれなくなりますよ。そうなったら、星をいくつ手に入れたって負けになります」

 体育館がざわつく。それは誰もが危惧している、最悪の事態だ。

「そうならないために、一刻も早く風子の案に乗るべきです。ゲーム終了は迫っているんですから」

「くっ……」

「警戒する必要はないはずです。風子が提案しているのは、みんなの手持ちのカードをまっさらな状態にするだけなんですから。イカサマの入る余地はなにもないと思います」

「チッ……わかったよ」

 結局、蛭子は風子の案に乗った。

 蛭子を発端に、次々と風子に同調する生徒が現れる。

 朋也はいよいよ悟るしかなくなった。

 朋也たち三人の窮地は深まり、そして打つ手も思いつかない。

 またしても、戦略破綻……!

「お、岡崎っ、どうするんだよっ」

「…………」

「わたしたちも、ふぅちゃんの案に乗ったほうがいいんでしょうか……」

「でも、それだと買い占めの意味がなくなるんだよね? せっかく機会を待ってたってのに……!」

 風子の周りにはもう、朋也たち以外の生徒が全員集まっていた。

 生徒からそれぞれカードを受け取った風子は、すべてを混ぜ合わせてシャッフルを始める。

「なあ……おい」

 それを眺めていた蛭子が、眉をひそめた。

「これだけの人数が集まったにしては、カードが少なすぎないか? 掲示板の表示だと、まだ90枚はカードが残ってることになってるんだぜ。まさか、誰かがまだカードを隠し持ってるんじゃねえか?」

「いえ、そうではないと思います。カードを使い切らなければ負けというこの状況で、わざわざカードを隠すメリットがありません」

「じゃあ、このカードの少なさはなんなんだよ」

「おそらく向こうにいる三人が、大量に所持しているんです。カードの買い占めでも行っていたんじゃないでしょうか」

 風子の言葉で、生徒が疑惑の目を朋也たちに向ける。

 これで、完全に戦略は破綻した……。

「くそっ、あいつ……!」

 春原が飛び出そうとするが、朋也が肩をつかんでそれを制した。

「風子……」

 朋也は精一杯、風子をにらみつける。

「おまえ、なにが目的なんだ……?」

「もう、わかっているんじゃないですか。風子は、岡崎さんと決着をつけたいんです」

 それから風子は、弱々しく首を振った。

「いえ……これは、自分自身との決着なのかもしれません。岡崎さんや渚さんが、風子のことを忘れてしまったから……」

 朋也と渚は、息を呑んだ。

「風子は、二人が忘れてしまった想い出と、決着をつけたいんです。だから、岡崎さん……」

 風子はまっすぐに朋也を見返した。

「風子は、岡崎さんに勝ちます。そうすることで、未練を断ち切るんです。だから風子は、どんなことでもするんです……」

「風子……おまえ……」

「岡崎さん。風子の案に……乗ってくれますね?」

 朋也は、うなずくしかなかった。

 ゲーム終了は刻一刻と近づいている。

 風子との決着をつける、最後の勝負が始まろうとしていた。




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