研究調査レポート No.12
2024年7月15日
ウクライナ共和国の鉄道網概要その1
東部の現況
永瀬 和彦
はじめに
2年以上におよぶ侵攻(クリミア半島等への侵攻を含めれば10年)をロシアから受けているウクライナ共和国は、国内輸送の多くを鉄道が担っている。米バイデン大統領や我が国の岸田首相を含めた要人の首都キーウへの訪問の際、ウクライナ国内に限っての移動は国営ウクライナ鉄道の専用列車を利用していることは広く知られている。一方、ウクライナの東部4州の少なからぬ線区は戦争によって甚大な被害を受け、一部はロシアの占領下にある。加えて、UZはいわゆるロシアゲージ(1520mm)を採用しているため、西側との国境では、一部を除き乗換又は貨物積替えを要する。かように厳しい状況の下にあるUZではあるが、ウクライナを訪れた西ドイツ首脳からはドイツ鉄道よりもダイヤは正確だと賞賛されたとされる。UZの従業員は戦時下にあっても、列車を定刻で運転するために懸命な努力をしているのである。
ところが、日本から遠く離れた地にあるウクライナ鉄道UZの状況については、キリル文字という言語の壁があり、さらに、最近では鉄道に係る情報はウクライナ政府及び西側近隣諸国が厳しく規制していることもあって、不明な点が多い。以下には、Googleなどの地図及び航空写真並びに
東部鉄道網の特徴
広大な路線からなるウクライナ鉄道UZの路線網の要旨を一挙に論ずるのは困難である。そこで、以下には、ウクライナを東西に分け、ここでは東部を中心に現況を述べる。図1はウクライナ及び周辺諸国を示す図であるが、ここで言う東部とは首都キーウより東側のロシアに近接する地域を言う。図示のように、この地域の多くはロシアに接し、クリミア半島は既に10年前にロシアに占拠され、それ以外の東部4州と称される地域の多くもロシアに占拠されている。
この地域は石炭を算出するため昔から鉱工業が栄え、ウクライナ屈指の鉄道網が敷かれており、その中心がドネツクである。他方、アゾフ海に面するマリウポリ、ベルジャンスク、ヘルソンは工業を中心とした港湾都市でもあるため、港への鉄道網が完備している。ソビエト時代には、ロシアからウクライナ並びにモルドバ及びルーマニアなどの当時のいわゆるソ連衛星国へ、人口第二の都市ハルキュウを経由して多くの直通列車が運転され、そのための幹線鉄道が整備されていた。しかし、いまはその面影を留めるにすぎない。
東部地域の鉄道網と戦乱の影響
ウクライナ東部の主要鉄道網を図2に示す。図には報道などによって伝えられるロシアが占拠している地域の2024年7月現在の概ねの境界を表わした。地点名は原則として旅客駅を記載している。図は戦乱以前の各種の地図などを基に作成しており、戦争が行われている地域及びその周辺の列車の運転は中止され、何故か鉄道路線図も抹消されている場合が多い。このため、多少の誤りがあることをお含み願いたい。駅名は原則、キリル文字の通常の発音に従った。
侵攻したロシア軍は、終戦後における鉄道の果たす役割を認識しているためか、激しい戦いが行われた地域の鉄道施設の損壊状況は、周辺の施設に比べると比較的軽微である場合が多い。復旧が極めて困難な長大橋梁も一部を除き、攻撃による大きな損壊は被ってはいない。しかし、駅構内で激しい地上戦が行われ又は空爆が行われたクラマトルスク等の幾つかの駅の損傷状況は目を覆うばかりで、多くの旅客や従業員の方々が犠牲になったかと思うと心が痛む。
注目すべきは、ロシア軍による軍事物資の輸送を目的とした新線建設の動きである。この動向は今年の5月に西側大手メディアによって、一部写真付で報じられた。新線はロシア領アゾフ海沿いのタガンログからウクライナ領に乗入れ、主要沿海都市マリウポリ、ベルジャンスク及びメルトポリを経由してクリミア半島に通ずる。ロシアが占拠したクリミア半島とロシア領とを結ぶ要路「クリミア大橋」が度々、ウクライナ軍の攻撃に晒されており、落橋の事態が発生した場合でも、半島に至るう回路を確保するためと言われている。その後の工事の進捗状況については、明らかではない。
(以上)。