研究調査レポート No.9
2012年5月16日
鉄道の運転設備を見る
その1 西武多摩川線白糸台駅の第2場内信号機
永瀬 和彦
はじめに
日本の鉄道における運転設備は、民鉄を含め旧国鉄の規格に沿ってほぼ統一されているように見える。しかし、これらを細かく見ると一部の鉄道にユニークな設備が存在し、国鉄民営化後はJR各社のなかにも独自色を持つものも少ないながら存在する。このレポートでは、このような毛色の変わった設備も他の話題と併せて、逐次ご紹介させて頂くこととしたい。はじめに東京近郊にありながら、地味な存在である西武多摩川線の信号設備を紹介する。
西武多摩川線
西武多摩川線は同社の他線区とは独立しており、車両の出入りは中央線武蔵境駅−新小平−所沢経由で甲種貨物輸送により行う。このため、JRとの接続駅である武蔵境は中央線八王子方から直接に西武武蔵境駅に進入するルートが構成可能で、反対に西武側から中央線下り本線に直接に進出するルートも構成可能な配線となっている。当線は全線が単線の自動閉塞方式で、中間駅は競艇場前を除き交換可能で、車両基地は白糸台にある。列車は早朝、深夜の一部を除き12分間隔で運転されている。
白糸台駅の第2場内信号機
今年、平成24年1月のある日、筆者が主宰していた研究室出身の鉄道愛好家二人と共に同駅を訪れた際、写真1に示すR,YY,Yの3現示の第2場内信号機が下り本線のホーム先端に建植されているのを見つけた。当日に筆者が目撃した下り列車は、武蔵境方の第1場内信号機の進行現示を受け比較的高速で駅に進入し、注意を現示する第2場内を停止ブレーキ減速途上に通過した。つまり、信号現示による規制を受けないのとほぼ同じ状態で駅に進入したのである。高密度線区や構内が長い駅には、時隔短縮のために複数の場内信号機や0号閉塞信号機が設置されている場合が多い。しかし、駅間には同一方向の続行列車が原則は走らない多摩川線に、このような信号機が設置されていることに筆者は大変な興味を持った。そこで、駅の配線と信号現示系統とを調べてみた。
写真1 下り第2場内信号機を武蔵境方から見る−高密度線区以外での設置は大変珍しい
多摩川線内交換駅の安全側線
西武鉄道の運転設備は民鉄としては珍しい程に非常に整っており、池袋線や新宿線などの退避駅の多くは待避線出発信号機内方に安全側線を持っている。このような高度な安全設備を持つ駅はJRでもあまり多くはない。もちろん、多摩川線の交換駅も原則、全駅に安全側線が設置されている。ところが、多摩川線随一の拠点駅でもある同駅の下り方に限っては安全側線がない。写真2は同駅の下り是政方を以前に撮影したものであるが、本線下り出発信号機の先にある分岐器は、入出区引上げ線への進路分岐用である。
写真2. 白糸台駅の下り出発信号機と是政方を見る(平成13年9月撮影)。
右から上り本線、下り本線、3番線。下り本線から左分岐した進路は入出区用引上げ線
引上げ線の使用状況
図に白糸台駅の配線略図を示す。信号現示の一部には筆者の推定も含まれる。当日は、上りと交換した下り列車は前述のように第2場内を注意現示で進入した。従って、引上げ線は安全側線の役割を果たしていたことになる。当駅はほとんど全ての列車が上下同時に進入するために引上げ線が使われている場合、第2場内がなかったら下り列車は第1場内信号機建植地点から警戒現示に従って低速で進入することになる。そのような事態を回避するために第2場内を設けたのではと筆者は思った。そこで余計なこととは思ったが、駅本屋を訪ねて駅の責任者に「下り列車が第2場内内方に警戒現示で進入するケースは多いのですか?」と尋ねた。素性の知れない年寄りから思いも掛けない質問を受けて、責任者の方は一瞬、驚愕した表情を浮かべたが、直ぐに事情を察して率直に答えてくれた。「間合いが約8分もあり、その間に入換は必ず終わるので、第2場内に警戒が現示されることはありません。もし、警戒が出たら乗務員は何が起きたかとビックリしてしまうでしょう。」と。
第2場内信号機設置の理由は
前述した状況は事実であろう。すると、白糸台の下り線に安全側線がなくても列車は注意現示で駅に進入出来るし、この駅の構内は他駅に比べ特に長くはないのだから、わざわざ、第2場内を作る必要はないのでは・・・ということにもなる。そこで、あるJRの研究熱心な専門家にこの問題についての意見を乞うた。氏は「多摩川線は単線なのに12分間隔と時隔が比較的短いから、ダイヤ乱れの時の回復余裕の設備として有効に使われているのでは。」との説を頂いた。折り返しも含めた運転時分は、当駅を基準とした場合、武蔵境方よりも是政方の方が厳しいと見られるので、遅延した下り列車に対しては、もちろん、この信号機は有用である。だが、第2場内の設置によって、下り列車だけでなく同駅で交換する上り列車の遅延防止や、さらには、上り列車が新小金井駅で交換する下り列車の遅延回復にも波及的に寄与できると考えれば、この説は非常に真実味のある説と思えるのである。西武鉄道の運転設備担当者がこの信号を設置した意図の一つに、このような理由も恐らくはあったのでないかと筆者も考えている。