鉄道を斬るNo.30
2012年12月24日

JR九州豊肥線の激甚災害現場を見る
― トンネル陥没現場の状況 ―

永瀬 和彦

はじめに
今年7月12日に九州を襲った集中豪雨で甚大な被害を受けたJR九州豊肥線は、現在に至るも宮地―豊後竹田間が不通である。筆者は災害によって高架橋、築堤及び橋梁などの構造物が著しく損壊した現場を昔から数え切れない程見てきた。しかし、トンネルが陥没し、加えて、トンネル内部にあった軌道のほとんどがトンネル外に流失して、後述するような「トグロ巻き」になった状態は見たことも聞いたこともない。筆者は今年の10月末にJR九州のご好意によって、復旧に忙殺される現地復旧事務所の方々のご案内の下に現場を視察させて頂いた。以下に災害の状況要旨をご紹介する。

災害発生当日の現地の降水量
 現地付近に設置されたJRの雨量計は災害で破損し記録は残されていない。筆者が調査した被災地周辺の公的機関観測所11地点の7月12日当日の降水量を国土地理院地図に記入したものを図1に示す。図示しない当日の毎時降水量は、いずれの観測点も午前4〜6時の間に80〜120mmの猛烈な値を記録している。トンネル崩落という希有の被害を被った「坂の上トンネル」(以下、Tと略記) 直近にある県波野観測所は6時に117mmの降雨を記録している。しかし気象庁の過去熊本県内のデータを見ると、この程度の降雨は日降水量で見る限りは特別の値でないことがわかる。豊肥線が平成2年7月20日の豪雨で長期間不通となった際には、内牧駅直近にある気象庁阿蘇乙姫観測所は日降水量で448mmを記録しているのである。

宮地-波野間の被災状況
 豊肥線の中間拠点駅の一つであって阿蘇市中心市街地の最寄り駅でもある宮地と、九州最高地点駅である波野との間で同線は阿蘇外輪山を超える。この間はトンネルと25‰の急峻な勾配とが連続する山岳区間でもある。災害はこの区間の波野寄り約5kmの間で集中して起きた。被災が最も激しかった天狗T付近〜坂の上T付近の間の線路略図に被災の概況を記入したものを図2に示す。主な災害は図に示すように25‰連続勾配とトンネルが連続する区間の明かり区間で起きた。これらの地点は平成2年に被災した箇所も一部に含まれるが、当時の防災工事によって災害を免れたか又は軽微な被害で済んだ箇所も多い。


最大の被害は図3に状況を示す坂の上Tの損壊で、大分方出口から約30m内方地点から熊本方へ50mの間で、土被りが約20m程度あるトンネル上部が陥没した。原因は特定されていない。現時点では、図2右側に示す豊肥線分水嶺付近にある永畑(ナガバタケ)川の氾濫による溢流水がトンネル内に流入し、25‰の急勾配軌道上を高速で流下して側壁を損壊させたことが一因と推定されている。注目すべき被害はトンネル内にあったレールと枕木の大半が熊本側に流れ出て、図4に示すように出口付近で「とぐろ巻」状態となったことであり、この原因も解明されていない。


復旧工事
 現場は人里離れた山岳地帯で、天狗Tから坂の上Tの熊本方出口付近までの接道は皆無である。このように長い区間にわたって鉄路以外にアプローチがない線区は、JR東日本の秋田新幹線岩手・秋田県境及び仙山線面白山T東口付近程度しかない。道路が使えない現場では復旧工事用機材の運搬手段整備が不可欠で、坂の上T熊本方出口付近に渓谷を越えた反対側の国道57号沿道から索道を設置して対処している。

トンネル復旧工事は、図3に示すようにトンネルの南側から陥没区間の熊本側に向けて約70mの斜坑を掘削し、ここを基点に崩落箇所を一時的に開鑿して側壁を再構築補強した後に、再度、土被りさせる作業を行ってトンネルを復元する。現場では図示のような建設作業所が設置され、既に工事に着手している。永畑川の氾濫防災対策としてトンネル大分方線路上に、広島・島根県を流域とする江川の洪水対策として三江線の線路内に設置されていると同じような陸閘門(リッコウモン)の設置も検討したが、操作員確保などに難点があり見送られた。従って、河川の氾濫対策としては、トンネル内に多量の流水が流れても軌道や側壁が損傷しない構造とする方向で検討を進めている。工期は豪華寝台列車「七つ星」の運行に合わせるべく来年10月完工を予定している。

今後の課題
 最近、中央自動車道笹子トンネルで上部構造物の落下によって大勢の方々が亡くなられる痛ましい事故が起きた。豊肥線のトンネルを含め鉄道トンネルの構造は笹子トンネルのそれとは異なっており、しかも、陥没は集中豪雨が関与したと推定されている。だから、笹子トンネルと同じような事故が鉄道トンネルでも起きることはないであろう。しかし、一般論として今回の豊肥線トンネルの陥没部分も同じであるが、トンネル入口付近で土被りの少ない箇所は施工や保守の面で要注意箇所とされ、過去に道路トンネルでは崩壊が起きた事例はある。そして、土地の権利関係が複雑で補強工事などが容易でない大都市圏の鉄道にこのようなトンネルが少なくないのである。
 豊肥線トンネルの陥没とレール・トグロ巻が起きた原因は現時点では明らかではない。JR九州は学識経験者や現場を視察した関係者などの多くの意見を徴している。そして、これらの意見と復旧工事で陥没箇所を開鑿する過程で明らかとなる現場の状況などとを併せて、前代未聞の災害の真因は遠からず明らかにされるであろう。そして、そこで得た知見は今後の鉄道トンネルの防災に貴重な情報を提供することになる。筆者も現場を拝見した結果及び過去の知見などを踏まえて、陥没とレール・トグロ巻きの原因についての私見をJR九州に既にお伝えしてある。終わりに、ご多忙の最中に視察を受け入れてくださったJR九州施設部及び豊肥本線復旧事務所の関係各位に深謝の意を表すとともに、豊肥線の無事の復旧を祈願して筆を置かせて頂く。


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