鉄道を斬るNo.28
平成23年8月1日

中国新幹線列車衝突事故の真因を探る

永瀬 和彦

中国新幹線の信号保安装置

中国新幹線のATC(CTCS2)は、EU域内の高速鉄道の標準保安方式である「ETCS」を準用している。この方式は欧州各国にある多様な保安方式(13種類もあると伝えられる)が国相互間の直通運転の大きな障壁になっていることに鑑み、EUが10年程前に制定した方式である。ETCS2は停止信号に接近した列車を車上に発生させたパターンに沿って自動減速させるものであり、この点では東北新幹線、山手線、都営新宿線などのデジタルATCとほぼ同じであるが、列車への信号伝送を軌道電流に代えて無線とトランス・ポンダとで行っている。恐らくは、新しいETCSと軌道回路を使った従来の保安システムとの競合を避けるためと思われる。
 EU域内高速鉄道の標準方式とされたこの方式の本格的な導入にEU各国は手を焼いており、方式が制定されて多くの年数が経つのに、本格使用しているのはスイス、フランス、オランダ、伊、英の一部の線区に限られている。ドイツはこのシステムの複雑さに音を上げて一時は導入を完全に断念して、このシステムを開発したEU鉄道当局を非難するが如き公式声明を出したほどである。
 欧州の高速鉄道でこのシステムを真っ先にTGV東線に導入したフランスでも、導入当初は従来のATCと重複して使った程にETCSに対しては慎重に対応している。このシステムの発祥の国であるも欧州でさえ、本格導入が難航しているのに、いきなり全面導入するという思い切った決断を下した中国では、恐らくは相当技術的な問題が発生していると思われる。

列車衝突の一般的な原因

列車衝突の原因の多くは、乗務員ミス、列車制御システム・トラブル及び列車ブレーキ装置の故障に分けられるが、今回の事故で乗務員ミスは多分あり得ないと思われるので、通常、考えられる原因は後の2つのいずれかとなる。しかし、実績のある車両をコピーした中国の新幹線と言われる程なので、ブレーキ故障の可能性は少ないと思う。恐らくは制御システム・トラブルの可能性が大であると考えるのが普通である。
 第一に考えられるのは、車上と地上との信号伝送用の無線装置が落雷で故障し、誤った指示速度、地点、列車番号を事故列車に伝えたか、又は正しい情報を地上側は発信したのに事故列車は落雷で誤った情報を受け取った可能性が考えられる。しかし、このシステムでは、誤った情報を伝送すると大変な事態になるので、何重ものガードが掛けてあると想定される。よって、これが原因である可能性は高くはないと思う。雷雨の時に携帯電話を使うと、間違った相手につながることなどあり得ないことを考えれば、ご理解して戴けよう。

デジタルATCの技術的な問題点  

デジタルATCで技術的に最もあり得る可能性として、列車の詳細な在線位置、速度及び距離などを検出する列車の車輪(速度検知軸)が雨で大きく滑走して、この情報に誤差が出たことが考えられる。このトラブルが起きると、後続列車の停止すべき位置が誤って車上システムに入力されるので、今回のような事故が起きる可能性がある。私は純技術的に見た場合、無線伝送のトラブルよりも、この可能性の方が遥かに高いと思っている。雨が少ない欧州での車輪滑走は少ないとはいえ、機関車牽引が主体の列車では、この問題がETCS2実用化の妨げのひとつになっていたと推定されるからである。
  日本のデジタルATCも列車の在線位置や速度を速度検知軸の車輪回転数情報から取得しているが、車輪が滑走しないようにブレーキ力を大幅に低減し又は東海道新幹線ではゼロとし、さらに、一定距離毎に車上で行う走行距離較正時に、速度検知軸の滑走を認めた場合には安全側に列車を制御させる等のガードが掛けてある。従って、東海道新幹線ではこの種の事故は起こり得ず、他の線区の列車でも、これを原因とする事故が起きる可能性は極めて少ない。

中国政府が発表した事故原因

今年七月末に中国当局が発表した信号が停止とならなかった原因は、前方に列車が在線したのに続行列車の停止信号の伝送がプログラム・ミスによって行われなかったとのことであるが、果たして本当に事実なのであろうか?これを分かりやすく言えば、赤信号の電球と青信号の電球とを工事ミスで間違えて取り付け、検査もしなかったのと同じである。もちろん、このような、あってはならないミスも誠に残念ではあるが、日本の在来線で最近、続けて起きている。しかし、新幹線でこの種の話は聞いたことがない。
今回のように信号の現示系統が極めてシンプルな駅間の閉塞信号該当区間で、このようなミスが起きたということは、複雑なプログラムを駆使して構築した拠点駅の連動装置では、同じようなミスが起こり得る可能性は遥かに高いということになる。勿論、人間が作るプログラムであるから、ミスも起こる。そして、プログラム・ミス等を懸念して電子連動装置の導入を今でも躊躇している鉄道も存在する。電子連動を使っている鉄道でも、事故防止のために、

・CPUなどの中枢部は二重系とする。

・重要なルートは2名が作った異なるプログラムを並行して走らせる。

・厳重なプログラム・チェックを行う。

等の対策を行っている。さらに、信号と運転関係者合同の「連動会議」で長時間かけてのチェックを行い、信号システム完成時には最終的な安全を担保するための「引き試し」テストを行うのである。
中国政府の発表は、このような基本的な対策が一部で全く行われていなかったことを示唆している。つまり、350キロで駅を通過して良いとの信号を現示しているのに、駅のポイントは待避線側に転換されているような事態があり得るのである。なんと恐ろしいことであろうか。
国の鉄道当局は、このようなことが絶対に起きないように真摯に原因を究明し、早急に事実関係を明らかにするとともに、事故防止策を講じて頂きたい。

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