鉄道を斬る No25

平成19511

仏国鉄の鉄道最高速度記録更新の舞台裏
−ドイツの「マグレブ」に大きな打撃−

永瀬 和彦

1. 仏国鉄は鉄道における世界高速速度記録を再度更新
 仏国鉄SNCFは今年2007年6月にパリとストラスブールとを結ぶTGV東線を部分開業させる。TGV東線は常用最高速度を世界初の320km/hに引上げ、さらに、列車遅延時に限定して営業列車の360km/h運転も検討中である。加えて、開業までの今年2月から4月までの間に、完成した当線のシャンパニュー付近約100kmの直線部分と緩やかな曲線部分を使い、運輸省、国鉄、インフラを所有するRFF及びアルストムの4者が連合して、「V150(速度150m/sの意味)と呼ぶナショナル・プロジェクトを立ち上げ、SNCF1990年に樹立した515.3km/hを上回る鉄道の世界最速を目指す試験を行った。
 通常の車両より長い中間車3両にモータを付け、所定920mm の車輪を1092mmと大きくし、低い歯車比の駆動装置を装備し、4M1T出力2kWにも達する強出力5両編成試験列車は、電圧を25kVから31kVに上昇させ、張力を2.6tから4.0tに引上げた架線の下で4月までの間に新記録の樹立を目指して実験を行った。
 この試験をめぐっては、仏政府やSNCFの本来の意図は日本の浮上式鉄道が2003年に出した最高速度を581km/hを凌駕して、鉄道におけるスピードの世界覇権を再獲得することにあるのではとの噂が絶えなかった。仏当局はそのような意図は全くないと噂を強く否定していたが、過去に再三にわたり世界の鉄道最高記録を更新してきたSNCFの動向からみると、最高速度515km/h540km/hに塗り替えるためだけのために、このような大規模な高速試験を実施するのかとの疑問が出たのは当然であろう。
 結果はご承知のように今年43日に574.8km/hという世界記録をマークしたが、近着の鉄道誌及びネット情報などにより仏が威信を掛けて実施したプロジェクトの舞台裏が明らかになってきた。


2. 当初に意図した最高速度は?
 記録を達成した直後の記者会見席上でアルストム社首脳が、この試験の目的の一つはTGVがマグレブと同じ速さで走り得ることを示すことにあると明言している。しかし、同じ席上で「なぜ、日本の浮上式の最高速度(581km/h)を超えなかったのか?」との記者の質問に対しては、「目標は当初から575km/h以下にあった」と答えるに留まった。しかし、この公式見解をそのまま信じる欧州の鉄道関係者は多くはない。そのような状況が生まれる背景には以下に述べるような、至当と思われる意見や理由が存在するからである。

  • 試験列車の出力20MWは目標達成には明らかに過剰で、公式の目標値とされた575km/hを達成するのなら、1.5MW程度の出力で充分である。
  • 「日本の最高記録を上回る記録達成の意図は全くない」と繰り返して述べては来たが、主催者の技術者チームからは「目標は日本の記録を破ることだ。」との複数の情報が漏れ出ている。
  • 当日の記者会見でアルストム首脳は「速度が架線振動伝播速度に近づくと、音速の壁に阻まれるように速度向上が困難になった」と述べて、目標速度域での集電状態の悪化が速度向上の大きな妨げになったことを示唆した。
  • 500km/hを超える速度域の試験で、架線が6回も破断したとの非公式情報がある。
  • 記録達成の日に英国鉄道施設所有会社Net Railが社内に流した情報は、目標は578km/hであった。

 これら情報から類推すると、プロジェクトでは600km/hを目標にして試験を繰り返したが、その過程で581km/hを超えるのは困難と判断して目標を578km/hに変更し、今回の記録を得たと言うのが実情なのであろう。つまり、日本の浮上式鉄道の記録を破る試みは失敗に帰したのである。


3. 「快挙」の余波
 仏はベルギーを経由してパリとケルンとを結ぶ高速列車「タリス」や、今年TGV東線で独仏を直通する「ラリス」の運行方法を巡り、独と激しい主導権争いを演じてきた。その結果は独にとって誠に厳しいもので、欧州における高速列車網の運営や構築の主導権は、今やほぼ仏の手中にあるといっても過言ではない。これに加えて、独が高速旅客輸送で唯一誇りとした「マグレブ」は今回の「仏の快挙」で昨年起きた先のエムスランド事故以上の大きなダメージを受け、欧州域内では「マグレブは役割を終えた」との見方が支配的となった。つまり、欧州の高速鉄道網は仏の一人勝ちの状態にある。
 一方、日本ではJR東海が仏の記録更新と同じ今月の26日に、東京〜名古屋間で平成37年を目標にマグレブ (JR東海は「リニア」と呼ぶ) を開業させる意向を表明した。日本国内では、幸いにして欧州のように「リニアは過去の人」と見做す認識は現段階ではあまり多くはない。そして、「TGVの最高速度はリニアのそれより上である」との大風呂敷を広げようとした仏の目論みは失敗した。とは言っても、リニアの速度はTGVのそれとほぼ同じという現実が突き付けられたことも紛れもない事実である。今回の「仏の快挙」はJR東海のリニアの将来に影を落とす可能性はあるのだろうか。そして、この懸念を払拭するためにJR東海はリニアの更なる速度向上を目指すのだろうか。

 

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