平成17821
鉄道を斬る No23

日本の鉄道に対するテロ対策は万全か

永瀬 和彦

1.米国鉄道の最近のテロ対策
 米国の本土安全省(Dept. of Homeland Security)が今年度、連邦政府議会で承認を得た鉄道に対するテロ対策予算の内訳が明らかになった。それによれば、アムトラック、大都市地下鉄及び大都市近郊通勤鉄道などの旅客用鉄道に170億円、貨物鉄道に22億円が振り向けられる。ここで述べた大都市とは、ニューヨーク、ワシントン、シカゴ及びボストンなどである。
 これとは全く別に911テロ以降、全米の貨物鉄道を主体とした鉄道事業者は独自に約2300億円にも達する対策費を投入してきた。内容は攻撃対象となり得る施設の割出しとそれに対するセキュリティ強化等に始まって、FBIが提示する要注意リストと自社リストとの照合にまで及んでいる。9.11テロ以来、米国ではNY及び首都近郊の鉄道施設並びに地下鉄内での写真撮影は厳しく規制され、その煽りを受けて鉄道ファンや報道カメラマンが鉄道を被写体とした写真を撮影するのもままならない状態にある。もっとも、最近はカメラマン、記者及び鉄道ファンなどは特別の申請を経て入手したIDカードを保持していれば、鉄道施設の撮影が認められる様になった。
 最近の米国におけるテロ対策の特徴は、単なる人的及び精神的な警備強化に留まらず、科学的手法を大幅に導入することである。代表的な事例に以下のようなものがある。
・機関車に常時とう載して沿線を連続的に撮影したCCTV画像を、不審な又は異常な事態が起きた時点で解析する。
・地下鉄線内に致死性ガスの検知センサーを設置するとともに、これと乗客への緊急退避指示システムとを連動させる。
・爆薬物検知犬を不定期に車内を巡回させる。

2.日本の鉄道におけるテロ対策の現状
 これまで、この問題に重大な関心を示してきたとは言えなかった日本の当局も、ロンドン地下鉄のテロ発生を契機に関心を示すようになった。そのこと自体は大変結構なことである。しかし、内容の多くは鉄道事業者への「警備強化」の要請であって、政府自体が自ら積極的に公共交通機関のテロ対策に動き出したという声は聞こえて来ない。これでは、テロ対策は鉄道の自主判断で「適当にやってくれ」といっているのと同じである。日本はテロの被害に遭っていない数少ない主要先進国の一つであって、今後は日本が狙われる可能性もあり、そして、その攻撃の対象として大都市圏の鉄道及び新幹線が選ばれる可能性が高いと言われているにも関わらずである。
 では、当事者である鉄道事業者はどうしているのであろうか。鉄道が独自に警察権を持っていた旧国鉄時代であったならば、鉄道が独自にある程度の実効性ある対策を立てることは可能だったかも知れない。しかし、鉄道は今や全くの民間企業なのだから、鉄道が独自で尋問や所持品検査など出来る筈もなく、警察当局と連携してテロ対策の専門部門などを設置しているわけでもない。鉄道会社は当局からの要請に応じ、防犯カメラの増設などの手を打ってはいる。しかし、撮影した画像を有効活用するための画像の保管や解析の手法などについて、治安当局等とどの程度協議しているのか疑わしい。主要駅の改札口への警備員の配置によって、テロリストに対する威嚇効果があることを全面否定はしないけれども、これによってテロリストがリュックの中に忍ばせた危険物を発見できるわけではない。だから、各鉄道会社は実効性ある良い方法はないかと思い悩んでいると言うのが実情ではないか。
 この中にあって唯一、具体的な対策をとっているとされる鉄道はJR東海である。JR東海は過去にテロの可能性を否定できない行為の被害を受けた経験がある。被害を受けた日時、場所、その手口、さらには、現在行われている対策などはここでは控えさせて頂く。しかし、JR東海が巨費を投じて現在実施中のテロ対策は、経営成績が極めてよい鉄道であるから可能なのであって、他の鉄道が全く同じような対策を独自にとることは困難ではないかと思う。

3.テロ対策として先ずなすべきは何か
 鉄道などの公共交通機関に対するテロの防止策として、日本で最初になすべきはなんであろうか。私は「鉄道などの公共交通機関に対するテロ防止策は、本来は国が担うべき仕事である」との認識を先ず、国民と政府が持つことだと思う。米国連邦政府は鉄道などの公共交通機関をテロから守るために、巨費を投じている。これは、「国民の安全を守るのは国の責務である」との考え方に立って行われているのである。つまり、米国ではテロ対策は国防と同じ次元の仕事として捉えられ、そして、そのための専門の中央省庁が作られ、そして、鉄道は全てを賄えるとまでは行かないまでも、相応額のテロ対策費を国家から支給されている。
 私は日本に新たな中央省庁を作れとまでは言わないまでも、国際的なテロ組織の活動に備えて日本も米国と基本的には同じ考えをとる必要があると考えている。そして、この考え方に沿って、早急に具体策を講ずることが望ましいとも思っている。では、日本で鉄道などに対するテロの予防策に国が直接に関与することとなった場合に、その対策に主導的な役割を担う省庁はいったいどこであろうか。日本でテロに関わる当局は、私の知る限り防衛庁、警察庁、海上保安庁および公安調査庁である。さらには、鉄道については行政を主管する国土交通省なども関係がないとは言えない。しかし、関係する省庁が多いということは、この問題を親身になって考える省庁がないということの裏返しでもある。これらの内のどの省庁が主導権をとって予算を確保し、対策を実行するかという話になれば、お役所の縄張りも絡んで簡単には話が進まないであろう。
 ところで、テロ対策は国防と全く同じ次元の仕事であるとの認識に立てば、その仕事を主管する省庁は防衛庁ということになる。そして、日本の常識からみれば唐突に思えるこのような考え方は、全くの筋違いではないと思う。日本の鉄道に対する初の本格的なテロ行為と言われた地下鉄サリン事件で、乗客や鉄道従業員の救護などに主導的な役割を果たしたのは陸上自衛隊であった。そして、あの忌まわしい事件と同じような手口のテロが大規模に行われたら、これに機能的に対応できる能力を持つ組織は自衛隊以外には存在しない。武器や爆薬などを用いたテロ活動について、専門的な知識を持っているのはやはり、自衛隊を置いて他にはないのである。だから、不発弾の処理も自衛隊が行っている。しかし、鉄道に対するテロについて、突然に防衛庁に主管業務を担当せよと言ったところで、とても対応できそうもないことも事実である。防衛庁に旧陸軍の「鉄道連隊」のような鉄道を担当する組織があると言う話も、最近は聞いていない。
 この問題を実行する段階になれば、先にお話したようなお役所の縄張りも絡んで話はなかなか進まないであろう。だから、この問題は省庁間の話し合いに任せるのではなく、総理大臣や内閣府が主導権を発揮して推進する以外にないと思う。

4.具体策は
 今、述べたような政府の組織が出来、具体的な対策を行うことになった場合、どのような対策をとるべきであろうか。私はテロや治安対策については全くの素人である。だから、具体的な対策を提案できる知見や見識などは持っていない。基本的な考え方だけを述べさせて頂けば、この問題で苦渋をなめた米国など諸外国を含めた専門家の意見を十分に徴し、科学的な手法を大幅に導入することに尽きると思う。近着の外国鉄道誌などにテロ対策の概要が紹介されているが、手法は何れも大幅に科学的手法を導入していることに特徴があり、日本の治安当局のお得意芸である「警備の強化」などと言った観念的な手法はとっていない。これらの手法のなかで、爆薬検知犬の不定期的な車内、ホーム及び改札口付近の巡回などの方法は、威嚇効果を兼ねてテロ対策に顕著な効果が期待できるとの意見がある。筆者もこの意見に全く同感である。
 いつ起きるか全く予測できないテロに対し、政府は一刻も猶予せずに対策に着手して欲しい。

 
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